第9話『ハピネスイエロー』

 4月12日、木曜日。

 今日もいい天気だ。春らしく空気が美味しい。

 まだ、返事待ちの状況だけれど、優那と仲直りができて学校で普通に話すことができるかと思うと、何だか世界が変わったように見えるな。大げさだろうけど。

 学校に到着して1年3組の教室に向かうと、今日は前川だけではなく冨和さんもいた。


「おはよう、前川、冨和さん」

「おはよう、真宮」

「おはよう! 真宮君! 昨日はよく頑張ったね!」


 冨和さんは俺の手をぎゅっと掴んでブンブン縦に振ってくる。小柄な体型なのに、力がとても強いな。


「ははっ、奈々子は真宮の話に凄く感動したんだな」

「うん、こっちまで嬉しくなっちゃって。それに、悠斗君が告白してくれたときのことを思い出して……」

「僕も思い出したよ」

「思い出しちゃうよね。真宮君はどんな感じなのか分からないけれど、悠斗君は普段通りの笑顔で好きだって告白してくれたよね」

「あれでも僕は緊張していたんだよ」


 どうやら、俺の告白で前川と冨和さんの思い出話に花を咲かせたようだ。その内容はまさにカップルと言えることだけれど。いつかは、俺も優那と一緒に2人のような話をしてみたい。


「じゃあ、そろそろ教室に戻ろうかな、悠斗君」

「ああ。また昼休みにそっちへ行くよ」

「うん、分かった。真宮君もいい返事がもらえるように頑張ってね!」

「ありがとう、冨和さん」


 冨和さんは俺達に手を振って教室を後にした。


「奈々子があそこまで嬉しがるのは、ここの合格発表のとき以来だよ。ちょっと嫉妬したけど、奈々子の笑顔は好きだから感謝してる」

「いえいえ」


 今なら、前川がそう言う気持ちも分かる気がする。


「奈々子のことを僕も喜ばせたいな。あいつも言っていたけれど、いい返事もらえるといいな。昨日の大曲の感じだと付き合えそうか?」

「可能性はあると思ってる。優那はも心に響く告白は初めてだって言ってくれたし、岡庭さんなんて返事待ちでも快挙だって言ってくれたから」

「それならなかなか期待できそうだな。まあ、僕は一番近くで見守らせてもらうよ」

「そうしてくれると嬉しい」


 あぁ、早く優那が登校してきてくれないだろうか。


「おはよう、颯介、前川君」

「おはよう、真宮君、前川君」


 俺の願いが届いたかのように、優那と岡庭さんの声が聞こえてきた。

 ゆっくりと後ろに振り返ってみると、そこには穏やかな笑みを浮かべる岡庭さんと、どこか恥ずかしそうな様子の優那が。今日も優那はとても可愛いな。


「おはよう、優那、岡庭さん」

「おはよう、大曲、岡庭」

「……うん、おはよう」


 優那と岡庭さんは自分の席に座る。優那はチラチラと俺を見てきて、目が合うと急激に顔が赤くなって。そんな彼女が微笑ましいのか岡庭さんはとても楽しそうに見ている。


「ふふっ、本人がすぐ側にいると照れちゃうんだね、優那ちゃん」

「別にそんな照れるとかじゃなくて。その……こういう感覚になるのは人生初だから、非現実的な感じがして物思いにふけっていただけ! 決して照れてはいないんだから! 颯介もそれを覚えておきなさい!」


 俺には照れているようにしか見えなかったけれど、それを隠すために色々と言う優那は可愛らしい。


「なるほどね。そういう可愛いひねくれは大好きだよ、優那ちゃん」

「……小春って意外とSなところがある?」

「そんなことないよ。可愛いって思ったから、可愛いって言ったんだよ」


 岡庭さんは後ろから優那の頭を撫でている。そのおかげか優那の顔にも笑みが。俺も岡庭さんを見習って、可愛いと思ったことはなるべく言葉にして優那に伝えるように心がけよう。


「そうだ。颯介、今日からはその……あたしや小春と一緒にお昼ご飯を食べよう」

「もちろんいいよ。嬉しいなぁ」

「私が一緒にいてもいいの?」

「当たり前じゃない。小春がいないと寂しいし、颯介と2人きりだと緊張するというか何というか」

「ふふっ、分かった。今日からは3人でお昼ご飯を食べようね」


 優那と2人きりもいいなとは思ったけれど、彼女と同じく緊張してしまいそうだ。今は岡庭さんと3人で楽しく昼休みを過ごしたいかな。優那と一緒に昼休みを過ごせるなんて嬉しい。

 そんな昼休みを楽しみに、俺は午前中の授業をしっかりと受けた。たまに優那の方を見て、彼女と目が合ったときは嬉しくて仕方なかった。



 あっという間に昼休みとなった。

 朝に約束したように、俺は優那や岡庭さんと一緒にお昼ご飯を食べることに。こういう時間が来るとは何と幸せなことでしょうか。


「嬉しそうだね、真宮君」

「うん。優那と岡庭さんと一緒に食べるのは初めてだからね」

「そっか。もし良ければ、私のことも名前で呼んでくれていいよ……颯介君」

「分かった、小春」

「お父さん以外の男の人に『小春』って呼ばれるのは久しぶりだからドキドキする」

「そうか」

「……何か、あたしのときよりもすんなりと下の名前で呼んだじゃない」


 そう言う優那はご機嫌斜めなようで。


「小さい頃は3歳年上の姉ちゃんの友達とよく遊んだから、女の子の名前は呼び慣れているんだ。ただ、優那は好きな人だから特別でドキドキしたんだよ」

「へ、へえ。そういうことか。なるほどね。分かった。そっかそっか」


 優那はちょっと嬉しそうにしていた。もしかして、今の俺と小春のやり取りを見て嫉妬したのかな。もしそうだとしたら、とても可愛い。 


「颯介君と3人で初めてのお昼ご飯だね。いただきます」

『いただきます』


 小春の挨拶で俺達はお昼ご飯を食べ始める。みんなお弁当だ。

 そういえば、今日は姉さんが、優那と仲直りと告白できたお祝いとして玉子焼きを作ってくれたんだっけ。この前みたいに、鼻血が入ったせいで赤みを帯びていることはなく、真っ黄色の美味しそうだ。さっそく食べよう。


「うん、美味しい」


 ふんわりとしていて甘味も程良くてとっても美味しい。完璧じゃないだろうか。


「そんなに美味しそうな玉子焼きがあると、何だか悪い気がしてくるな」

「うん? どうしたのかな、優那」


 玉子焼きについて何かあるのだろうか。

 優那はチラチラと俺を見てくる。


「……あたし、2人に玉子焼きを作ってきたの。今日はいつもより早く起きちゃったから。それだけの話」

「へえ、そうなんだ。嬉しいなぁ」

「優那ちゃん、あまり料理はしない方なのに。頑張ったんだね」

「人様に食べてもらうんだから手は抜いたらダメだよ」


 そう言われるとかなり期待できそうだな。小春情報だと、優那はあまり料理をしないそうだけれど。

 優那はバッグから小さめの容器を取り出し、蓋を開ける。すると、そこには――。


「黄色よりも黒い部分の方が多めの玉子焼きだね、優那」


 なかなか個性的な見た目の玉子焼きが。思わず、姉ちゃんの作った美しい玉子焼きと見比べてしまう。


「多少の焦げ目はあるかなって思ったけれど、これはなかなかだね、優那ちゃん。……ちなみに味見はしてみた?」

「玉子の味はちゃんとしていたよ」

「……それならまだ食べられそうだね」


 苦笑いをしながら小春が言うと、優那は不機嫌そうな様子になる。


「何よ、小春ったら。中学のときに比べたら多少はできるようになったから! ほら、頑張って作ったから2人とも食べてみて」

「じゃあ、いただきます」

「私もいただきます。颯介君、私がせーのって言ったら一緒に食べよう?」

「分かった」

「せーの!」


 俺は小春と同じタイミングで、優那の作った玉子焼きを食べてみる。


「な、なるほど……」


 やっぱり、黒いのは単なる焦げた部分だった。砂糖をたくさん入れたからなのか強い甘味と苦味が一気に押し寄せてきて、そこから遅れて玉子の味がやってくるという。


「どうかな? 玉子焼きは甘い方がいいと思って、砂糖を多めに入れたんだけれど」

「砂糖の甘味が強いね。ただ、それと同じくらいに苦味も押し寄せるというか。玉子の味が負けているかな。ふんわりしているのはいいね。小春はどうかな?」

「……中学のときに比べたら大分良くなったよ。砂糖と重曹を間違えた玉子焼きを食べたことあるし……」

「それは致命的な間違いだね」


 そんな経験をしていれば、この玉子焼きも成長の証と言えるのか。


「これでも結構上手にできたと思うけれど……今食べてみると甘味だけじゃなくて苦味も強いね。チョコレートみたい」


 優那は複雑な表情を浮かべながら食べている。あと、チョコレートの苦味と、この玉子焼きの苦味は全く違うものだと思う。


「颯介のお弁当に入っているような玉子焼きを目指さないといけないね」

「じゃあ、食べてみる? たくさんあるし、小春も。ちなみに、この玉子焼きは姉ちゃんが作ってくれたんだ」

「そうなの。じゃあ、遠慮なくいただきます」

「私もいただきます」


 優那と小春は姉ちゃんの作った玉子焼きを食べる。すると、


「凄く美味しいね、優那ちゃん!」

「確かに、これは美味しいわね! 教わりたいくらい……」


 2人とも幸せそうな顔をしてそんな感想を言ってくれた。これを姉ちゃんに伝えたらきっと喜ぶだろうな。


「それは良かった。姉ちゃんにも伝えておくよ。……もし、姉ちゃんに玉子焼きの作り方を教わりたいなら週末にでも家に来るか? 実は、昨日の夜に姉ちゃんに優那のことを話したら、優那に会ってみたいって言っているんだ」

「そうなの? それならお言葉に甘えようかな。颯介の部屋とかもちょっと気になるし。小春はどうする?」

「私はいいよ。玉子焼きは作れるし。それに優那ちゃんと颯介君、2人きりの時間も楽しんでほしいな。ただ、後でたくさんお話聞かせてね」


 小春は優那と俺に気を遣ってくれているようだ。姉ちゃんに玉子焼きの作り方を教えてもらうのもあるけれど、考え方によってはお家デートとも捉えられるし。


「……分かった。じゃあ、週末はあたし1人だけで行くよ。その代わり、今日の放課後は3人で遊ぼう。あたし達、真崎駅の周りにあるお店やショッピングモールはあまり行ったことがないから」

「それいいね、優那ちゃん。颯介君は大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」


 まさか、姉ちゃんの玉子焼きをきっかけに、週末に優那が家に来てくれることになり、今日の放課後は小春と3人で遊ぶことができるなんて。家に帰ったら姉ちゃんに何かお礼をしないといけないな。

 優那が遊びに来るので、姉ちゃんの予定が大丈夫かどうかを確認するため、その旨のメッセージを送る。すると、すぐに土日とも大丈夫だと返信が来た。この週末はとても楽しいものになりそうだ。

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