第8話『姉と弟のブルース』

「颯介、駅まで送ってくれてありがとう」

「いえいえ」

「今日は颯介と散歩できて楽しかったよ。色々あったから思い出深い時間になった。本当にありがとね」

「それなら良かった。俺も楽しかったよ。仲直りできて、告白は……漏らした感じになったけれど、しっかりと伝えることができて良かった」

「……うん。気持ちが温かくなる告白は初めてだったよ、ありがとう。じゃあ、また明日ね」

「また明日」


 俺は優那に手を振って、改札を通った彼女の姿が見えなくなるまでずっと見ていた。彼女が見えなくなった瞬間は、昨日の朝に色々言われたときよりも寂しい気持ちになった。

 それでも、また明日会って話せるという安心感が寄り添っていて。きっと、仲直りして告白できたからこそ体験できる感覚なのだと思う。


「……幸せだな」


 絶交と言ってもいいくらいの関係になってしまったときもあったので、今の状況がとても幸せに思える。

 ただ、目指すは優那と恋人として付き合って、素敵な高校生活を送っていくことだ。いい返事がもらえるといいな。そのために俺にできることは何か考えないと。

 さてと、俺も家に帰るか。ここからよりも真崎駅からの方が近いけれど、電車を待ったりしたら結局同じくらいの時間がかかってしまうので、歩いて家に帰るか。道も分かるし、お金も浮くし、いい運動にもなるから。



 家に帰って、俺は岡庭さん、前川、冨和さんに優那と仲直りできた旨のメッセージで送った。前川と冨和さんには優那に告白して、彼女からの返事を待っているところであることも書いて。

 すると、すぐに返信のメッセージが届く。送り主は岡庭さんか。


『良かったね! 優那ちゃんのことを優那って言っているし。きっと、真宮君がしっかりと向き合ったからだと思うよ。明日からまた、笑顔の優那ちゃんが見ることができると思うと嬉しいな』


 岡庭さん、本当に優しい女の子だな。こういうメッセージだけれど、きっと昨日の放課後に一緒にいるときなどに、岡庭さんが優那に色々と言ってくれたんだと思う。

 優那に告白したこと、岡庭さんにはいずれ知られると思うし、彼女にも言っておいた方がいいのかな。

 ――プルルッ。

 そんなことを考えていると、今度は冨和さんから返信が。


『片想いの人と仲直りできて良かったね! 告白もしちゃうなんて凄いよ! こっちまでドキドキしてくる。恋人として付き合うことができるといいね。応援してるよ!』


 冨和さん、前川に告白されたときのことでも思い出しているのだろうか。あの2人は付き合い始めてから3年くらいだし、恋愛関連で悩み事が出たときには2人に相談しようかな。

 ――プルルッ。

 次々と返信が来るな。今度は前川からか。


『それは何よりだ。仲直りできて良かったな。告白までしたのは予想外だったが。明日からはまた、学校で楽しげな2人の姿を見られそうで良かった。次は大曲からいい返事がもらうことか』


 こうして、おめでとうというメッセージをもらうと、みんなに応援されていたんだなと実感する。優那だってちゃんと話せばいい女性だと分かるし、俺は本当に人望に恵まれている。

 みんなにありがとうと返信して、俺はさっき撮った優那の写真を眺める。


「本当に可愛いな」


 これまで多くの人から告白されてきたのも納得だ。それなのに、俺の告白が初めて心が温かくなった告白だと言ってくれて。これまでに告白した誰よりも、彼女の心に触れることができた気がして嬉しかった。


「颯ちゃん、ただいま」

「おかえり、姉ちゃん」

「……昨日までと比べていい顔してるね。例の子と仲直りできたのかな?」

「うん。ちゃんと謝って仲直りできたよ。あと、その流れで告白まで――」

「ええっ、告白したの! それで、その女の子とはキスとか……まさか、最後までやっちゃったの? お姉ちゃんはいつ伯母さんになるの?」


 姉ちゃんは物凄い形相で俺の肩を掴んで、矢継ぎ早に質問をしてくる。このくらいの反応はされると思っていたのでそこまで驚きはない。


「告白はしたけれど、今は返事待ちなんだ。だから、その……キスさえもしていないよ。手を繋いだことくらいで」

「へえ……」


 姉ちゃんは頷きながら勝ち誇った表情に。どうせ、自分の方が俺とたくさん手を繋いだ経験があるんだとか思っているんだろう。まったく、この姉は。


「でも、颯ちゃんは大人の階段を上ったんだね。その手助けをするのはお姉ちゃんである私の役目だと思ったのに。応援すると決めた以上、嬉しい気持ちはもちろんあるけれど、何だか複雑だな。ねえ、颯ちゃん、その子と付き合うことになったときのために、お姉ちゃんと一緒にキスとかその先のことを勉強しよっか」

「お断りします」

「……ううっ、高校生になってから颯ちゃんが冷たいよ」


 姉ちゃんは泣きながら、物凄く強い力で俺を抱きしめてくる。というか、姉に今のようなことを言われたら、弟として断るのは当然だと思うけど。


「はいはい、姉ちゃんのことは姉としてずっと好きだから泣き止んで」

「……ほんと?」

「本当だよ」


 よしよし、と俺が頭を撫でると姉ちゃんは嬉しそうに笑う。これじゃ、どっちが年上なのか分からなくなる。もし、俺と離れることになったら姉ちゃんとどうなってしまうのか不安だ。


「ごめんね、颯ちゃん。お姉ちゃん、取り乱しちゃって」

「別にいいよ。こうなると思っていたから」

「……お姉ちゃんのことをどんな風に思っているのかな」


 不機嫌そうな表情で頬を膨らませる姉ちゃん。今まで俺にしてきたことを忘れてしまったというのか。この溺愛姉ちゃんは。


「まあ、それはいいよ。ところで、颯ちゃんが告白した女の子ってどんな子なの?」

「スマホに今日撮った写真があるから見せるよ」


 逢川で撮った優那の写真を姉ちゃんに見せる。告白した子の写真なのでどんな反応をするのか恐いな。

 しかし、例の写真を見せるとすぐに、


「へえ、とってもかわいい女の子じゃない!」


 姉ちゃんは目を輝かせてそう言った。意外な反応だな。


「名前は何ていうの?」

「大曲優那っていうんだ。クラスメイトで席も隣同士なんだよ」

「そうなの。確かに、こんな笑顔を実際に見たら好きになるのも分かる気がするな。何だか目覚めちゃいそうな気がする。大学にも可愛い女の子はたくさんいるし……」

「そ、そっか」


 姉ちゃんは女の子の友達がたくさんいるからなぁ。もしかしたら、姉ちゃんが誰か女性と付き合う未来もあるかもしれない。

 とにかく、優那に好意的な印象を持ってくれて良かった。


「じゃあ、いつかはこの優那ちゃんっていう女の子が、私の義理の妹になるかもしれないんだね」

「気が早いなぁ、姉ちゃんは。でも、そうなったら一番いいな」

「ふふっ、この子のことが本当に好きなんだね。今までで一番素敵な笑顔になっているよ。嫉妬しちゃうけれど、お姉ちゃんとして弟が幸せになれるならそれに越したことはないよ。いい返事がもらえるといいね」

「うん。恋人として優那と付き合いたいって思ってる」

「……そう。いつか、優那ちゃんと会わせてね」

「分かった」


 写真を見ただけで気に入ったくらいだから、姉ちゃんと会わせても大丈夫だろう。


「待てよ……」


 姉ちゃんが会いたがっているし、それを理由に優那を家に招待することもできるんじゃないか? 優那のいる自分の部屋を想像してみると……これはとてもいい。しかし、何とも厭らしい感じもするし……ううん。


「色々と考えているみたいだね、颯ちゃん」

「そうだね。優那と仲直りができて、告白もしたから色々な未来を思い描いちゃって」

「ふふっ、そうなの。でも、幸せそうに見えるよ。お姉ちゃん以外の女の子のことで色々と考えるなんて、颯ちゃんも大人になったんだなぁ。寂しいけど、嬉しいよ」

「中学生と高校生だと一つ大きな区切りはある気がする。こういう経験は初めてだし、ワクワクはするかな」

「なるほどね。ただ、楽しむのはいいけれど、優那ちゃんのこともしっかりと考えるように心がけなさい。そうすれば、きっと2人にとっていい未来を歩めると思うよ」

「そうだね。そういうことを言うなんて、姉ちゃんも大人になったね」

「だって、大学生だもん」


 姉ちゃんはドヤ顔でそう言ってきた。小さい頃ほどじゃないけれど、今でも3歳差は結構大きくて、姉ちゃんが大人に思えるよ。

 そんな姉ちゃんの言うように、優那の気持ちを考えられるようにならないと。それが恋人になるための大切なことであり、大きな一歩だと思うから。



 それは夕食後、明日提出する英語の課題を終わらせたときのこと。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴ったので確認してみると、岡庭さんから1件のメッセージとスタンプが送られてきた。


『優那ちゃんから聞いたけれど、今日の放課後に優那ちゃんに告白したんだね。しかも、返事待ちだなんて。これは快挙だよ!』


 というメッセージの後に、サムズアップした右手のスタンプが送られる。返事待ちとはいえ、岡庭さんがここまで称賛してくれるとは。優那が今までどれだけの多くの人に告白されて振ってきたのかが何となく分かった気がした。

 あと、優那は岡庭さんに俺から告白されたことを話したんだな。中学からの親友だし、学校でもとても仲が良さそうなので相談もするか。


『ありがとう。今朝までのことを考えると、今は本当に夢のようだよ』


 岡庭さんにそんな返信する。彼女がいなければ、もしかしたら今も優那とはまともに話せていなかったかもしれない。

 そんなことを考えていると、すぐに岡庭さんから返信が。


『良かったね。優那ちゃんからいい返事がもらえるといいね。何か悩み事ができたら、いつでも相談してね』


 岡庭さんからの優しさに溢れたお言葉、有り難く受け取っておこう。入学初日にも思ったけれど、やっぱり彼女は恋の神様なんじゃないだろうか。女神様にお礼のメッセージを送った。

 今日は色々とあったので、いつもよりも早く眠ることにした。ただ、ベッドに入った直後、


『今日はありがとう。また明日ね。おやすみ』


 優那からそんなメッセージが届いたのだ。そのことにもちろん興奮したけれど、それよりも温かく幸せな気持ちが勝ったのでどんどんと眠気が襲ってくる。

 優那におやすみのメッセージを送り、それから程なくして眠りにつくのであった。

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