第10話『三角甘味』

 放課後に優那や小春と一緒に遊びに行くこともあってか、午後の授業も集中できた。

 あっという間に放課後になり、俺は優那や小春と一緒に学校を後にして、駅の方に向かって歩き始める。


「優那や小春はどこか行きたいところはある? 昼休みに、真崎駅の周りの店やショッピングモールにはあまり行ったことがないって言っていたけれど」

「うん。実はあたし、行ってみたい喫茶店があって。ショッピングモールの中にあるの。そこのスイーツが気になっていて」

「そのお店、私も行ってみたいな」

「じゃあ、今日は駅の近くにあるショッピングモールに行ってみようか。あそこにはたくさんがあるから、色々と楽しめると思うよ」

「賛成!」

「今後のお買い物とかの参考になりそうだし、私も賛成です」

「よし、決まりだね」


 俺達は真崎駅の近くにあるショッピングモールへと向かう。真崎高校からだと10分ちょっとかかった。

 あまり来たことがないからか、優那も小春も目を輝かせてショッピングモールの中を見渡していた。ここは俺が小学生くらいのときにできたところで、初めて家族で来たときは興奮して姉ちゃんと一緒に駆け回ったな。


「ここだ」


 色々なお店を眺めつつ、優那と小春が行きたがっていた喫茶店に到着する。ここは、これまでに何度か姉ちゃんと2人で来たことがある。

 平日の夕方ということもあって、そこまで混んではいないけれど、お客さんは俺達のような高校生や大学生くらいの人が多い。真崎高校の制服を着ている人もいるな。

 店員さんに案内され、俺達は奥のテーブル席へと向かう。

 俺は優那や小春と向かい合う形で座った。優那と隣同士で座りたいとも思ったけれど、こうして、小春と楽しそうに笑っている優那の姿を見られるのだからこれで良かったのかも。


「優那ちゃんはどれにする?」

「そうだね。あたしは……」


 優那と小春、メニュー表を見ながら楽しげに喋っているな。この微笑ましい光景を写真に収めたいくらいだ。あと、今の優那こそやっぱり本当の彼女の姿じゃないだろうか。


「私はこれにしよう」

「あたしはこれ。後で一口交換しよっか。颯介は何を頼むか決めた?」

「うん」


 今日はホットコーヒーだけでいいかな。

 優那が店員さんを呼んで注文を取ってもらうことに。優那はいちごのホットケーキの紅茶セット、小春はチョコレートパフェのコーヒーセットを頼んでいた。俺がホットコーヒーだけを頼んだら、優那に意外だと言わんばかりの顔をされてしまった。


「颯介は甘いものはあまり得意じゃない方なの?」

「ううん、普通には食べられるよ。たまに甘いものをとても食べたくなるときもあるし。ただ、今はホットコーヒーだけでいいかなって。優那や小春は甘いものは好きなの?」

「もちろん大好き!」

「優那ちゃんほどじゃないけれど、私も大好きだよ。中学生までも今日みたいに放課後とか、休日には一緒にスイーツを食べに行ったりしていたんだ。地元の霧林周辺のお店中心だったけれど」

「そうだったね。だから、真崎高校に合格してからはずっと、高校生になったら真崎市にあるお店のスイーツを食べてみたいって思ってたの! 定期で行けるし!」


 何だか、学校では見せないとびきりの笑みを見せてくれる。好きなもののパワーって凄いんだな。定期券で行けるというのも大きいか。


「そっか。ここのパンケーキやパフェは、前に姉ちゃんと一緒に来たときに一口分けてもらって食べたことがあるけれど、結構美味しいよ」

「そうなの。楽しみだね、小春」

「うん!」


 きっと、2人の期待に応えることのできるスイーツだと思う。

 まさか、姉ちゃんと何度か来たことのあるこの喫茶店に、好きな人とその親友と3人で来ることになろうとは。


「そういえば、颯介の話にはお姉さんが出てくることが多いよね」

「確かに、今の話もそうだけれど、お昼休みにも玉子焼きの話でお姉さんのことを言っていたね。きっと仲がいいんだろうね」

「……うん。まあ……俺にとっては姉弟として仲がいいと思ってる。ただ、姉ちゃんは……弟の俺自身が言うのはアレだけれど、俺のことを溺愛しているって言うのが一番正しいかもしれない。3歳差だからなのか、今でも子供っぽく見ている感じがするんだ」

「あぁ、颯介君のお姉さんの気持ちが分かるかも。私、3歳年下の妹がいるの。妹はたまに忘れ物をしたり、おっちょこちょいだったりすることがあるから、この春から中学生だけれど子供っぽく見ちゃうことはあるかな」

「どこの家のお姉さんも、3歳くらい年下の弟や妹は子供っぽく見えちゃうものなのかな」


 あと、小春には妹がいたんだ。でも、普段の優那との様子を見ているとそれも納得かな。小春は落ち着いたお姉さんって感じだから、優那はきっと――。


「優那にはお兄さんやお姉さんはいるの?」

「何よその訊き方。絶対に、あたしはお姉さんじゃなくて妹の方だって思ったでしょ。残念でした! あたしは一人っ子ですぅ」


 こんなにもドヤ顔で一人っ子宣言されたことは一度もないな。もしお兄さんがいるなら、俺にもお兄ちゃんって呼んでほしいと思っていたので残念だ。


「ふふっ、でも、優那ちゃんは妹に似ているところも多いし、私のもう一人の妹みたいな感じではあるかな」

「まあ、小春に助けられたことは何度もあるし、甘えちゃうときもあるし。そう考えれば、お姉ちゃんみたいだなって思うことは正直……ある」

「あらあら、素直で可愛い妹ね」


 まるで妹を愛でるかのように、小春は優那の頭をポンポンと優しく叩く。そんな状況に優那は不満げなようで。このコントラストもなかなかいい。


「お待たせしました! ホットコーヒーと、いちごのホットケーキの紅茶セット、チョコレートパフェのコーヒーセットになります」

「うわぁ、美味しそう!」

「そうだね、優那ちゃん」

「ふふっ、ごゆっくり」


 不機嫌そうだった優那も、いちごのホットケーキが目の前に置かれた瞬間、満面の笑みになった。俺はこのスイーツのような存在になれるのだろうか。

 優那と小春は自分の注文したスイーツをスマートフォンで撮影している。世の中にはSNSにアップすることを一番の目的として撮る人もいるそうだけど。俺にはまだ理解のできない世界だなと思った。


「じゃあ、ホットケーキをいただきます」

「パフェいただきます」

「俺もコーヒーいただきます」


 さっそく一口飲んでみると……うん、さすがに喫茶店のコーヒーは美味しいな。


「ううん、ホットケーキ美味しい! いちご味がたまらないなぁ」

「パフェも美味しいよ。さっそく一口交換しよっか」

「うん! じゃあ、あたしの方から。はい、あ~ん」

「あ~ん。……うん、いちご味のホットケーキも凄く美味しいんだね! じゃあ、私もパフェを一口。はい、あ~ん」

「あ~ん。……チョコレートソースと生クリームが最高! 温かいものを食べた後だからか、冷たいパフェがより美味しく感じる!」


 優那も小春もスイーツを幸せそうに食べている。尊いってこういうことを言うんじゃないだろうか。今の2人を見ていると胸がいっぱいになるよ。ホットコーヒーだけにしておいて良かったかもしれない。


「ねえ、颯介。もし良かったら、一口食べる?」


 そう言って、小春は一口サイズに切ったいちごのホットケーキをフォークに刺し、俺に差し出してくれる。


「優那がそう言ってくれるなら有り難くいただくけれど、いいの? 間接キスになるけれど」

「いいよ、颯介なら別に。小春ともしたし」

「そっか。じゃあ、遠慮なくいただくよ。ありがとう」


 俺は優那からいちごのホットケーキをいただくことに。


「……美味しい」


 甘味はもちろんのこと、いちごの酸味も感じられて。姉ちゃんが食べさせてくれたときのことを思い出すよ。


「颯介君、私のチョコレートパフェも食べる? そのフォークでホットケーキを食べた時点で私とも間接キスしたことになるし」

「確かにそうだね。じゃあ、ご厚意に甘えていただきます」

「はい、あ~ん」

「……パフェも美味しいね。ありがとう」


 優那の言うように、ホットケーキの後に冷たいパフェを食べるとかなり美味しいな。

 優那だけじゃなくて、小春とも間接キスをした関係になったのか……と思いながらホットコーヒーを飲むと、さっきよりも苦味を強く感じた。

 その後も姉妹のこと、好きな漫画や音楽のことなどを中心に話をしていき、2人好みが合っていると分かって嬉しかった。こういった話をするのを楽しめることも嬉しくて。

 話が盛り上がったこともあってかお店を出たときには、午後6時近くになっていた。


「もういい時間だね。優那ちゃんと颯介君はどこか行ってみたいお店とかある?」

「あたしは喫茶店に行けたから満足」

「俺も今日は満足かな」

「そっか。じゃあ、今日はそろそろ帰ろうか」


 俺達は真崎駅方面の出口へと向かって歩き始める。たまには、3人でこうして放課後に遊びに行くのもいいかもしれない。その想いが出口に近づく度に膨らんでいく。

 それにしても、来たときと比べてスーツを着ている人がちらほらいるな。あと、部活が終わった時間帯なのか、うちの高校の制服を着る生徒も見受けられる。


「……あれ? ちょっと待ってくれ」

「どうしたの? 颯介」

「あそこに、うちの高校に通う知り合いの子がいるんだ」


 俺が指さした先にいたのは、1人でコソコソとしている冨和さんなのであった。

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