第11話『あの2人は何を』
冨和さん、何をコソコソとしているんだろう。あまりいい表情をしていないようだし。何かあったのだろうか。
「冨和さん、こんにちは」
俺が声をかけると、冨和さんは体をピクッと震わせ、こちらを見てくる。その瞬間は驚いていたけれど、すぐに彼女らしいふんわりとした笑みに。
「あっ、真宮君。こんにちは。そちらの2人は?」
「俺と同じクラスの大曲優那と岡庭小春。例の、俺が告白した相手が優那なんだ」
「そうなんだね。優那ちゃんもそうだけれど、小春ちゃんもとても可愛い子だね。初めまして、1年1組の冨和奈々子です」
「大曲優那です」
「岡庭小春です。よろしくね」
優那と小春は冨和さんと握手を交わす。
「まさか、颯介が他クラスの女子生徒と知り合いだなんて。もしかして、2人は同じ中学出身なの?」
「ううん、同じ中学出身なのは俺じゃなくて前川なんだ。そして、前川の恋人でもある。一昨日の昼休みに、前川の誘いで一緒にお昼を食べたときに冨和さんと知り合ったんだ」
「一昨日のお昼ってことは……あたしがまだ怒っていたときか。そういえば、あのときは昼休みになってすぐに2人は教室から出て行ったね。あと、前川君……恋人がいそうな感じはしたけれど、やっぱりいたんだ」
「……悠斗君とは付き合い始めてから3年近くになるよ」
冨和さんは笑みを崩さなかったものの、どこか悲しそうだ。それがコソコソしていることに繋がっているのだろうか。
「俺達は3人でここに来て、ついさっきまで喫茶店にいたんだけれど、冨和さんは?」
「私もついさっきまでクラスの女の子達と一緒にいたの。10分くらい前に別れてね。部活も終わりそうな時間だから、駅で部活帰りの悠斗君のことを待とうと思って、駅に向かおうとしたその矢先に……」
冨和さんの指さす先にあるのはぬいぐるみ売り場か。そこには前川がうちの制服を着た女子生徒と一緒にいるではありませんか。その女子生徒は優那より色の濃い茶髪が印象的で、かなりの美人さんだ。
「前川君、とても綺麗な女の子と一緒にいるね。奈々子も知っている人?」
「……知ってる。2年生の
「ということは、2人はサッカー部を通じてかなり親交があるんだ」
「うん。私と付き合う前、先輩が悠斗君を好きかもしれないって噂になったり、付き合ったら絶対にお似合いだとか言われたりする時期もあって。悠斗君は先輩のことを好きそうな気配が全然なかったから安心していたんだけれど、ああやって2人で楽しそうにしているのを見つけちゃったから不安になって」
「なるほど。奈々子は彼が浮気をしているかもしれないと思ったわけだ」
「……ううっ」
優那の言葉に冨和さんは涙を流し、小春の胸に顔を埋める。そんな彼女の頭を小春が優しい表情をして撫でている。
「奈々子ちゃんが不安になる気持ちも分かるよ。きっと、前川君は何か理由があって山本先輩と一緒にいるんだと思うよ。それに、彼は優那ちゃんが真面目だと認めた数少ない男の子の1人だし、それに前川君のことは奈々子ちゃんが一番分かっているでしょう?」
「……うん。2人のところに行って、何をしているのか確かめたい。けれど、万が一のことを考えると勇気が出なくて。もう、何でこんなときに見ちゃったんだろう……」
前川のことが分かっていても、万が一の可能性は捨てきれないもんな。不安になってしまい、遠くから隠れて見ていることが精一杯なんだと思う。ただ、このまま帰ってしまうと不安を大きくなるだけだよな。
「よし、2人のことを確かめるために、颯介、行ってきなさい」
「……優那ならそう言うと思っていたよ」
冨和さんが2人のところへ行く勇気が出ない以上、彼らから一番自然に話が聞けそうな人間は……俺だよな。
「じゃあ、2人のところに行ってくるよ。みんなはここで待ってて」
「ちゃんと真実を明らかにしてきなさい、颯介」
「頑張ってね、颯介君」
「うん、分かった」
俺は1人で前川と山本先輩のところへと向かい始める。こうしていると、何だか探偵になった気分だ。
「前川」
名前を呼ぶと、前川は特に驚く様子もなく俺に微笑みかけてくれる。
「おっ、真宮か。……あれ? 確か、大曲や岡庭と一緒に遊びに行くって話じゃなかったか?」
「そうだよ。優那がこのショッピングモールの中にある喫茶店に行きたがっていて。さっきまでずっとそのお店にいたんだ。ただ、2人はその喫茶店に行く途中にあった……ラ、ランジェリーショップが気になったみたいで、そこに行っているんだ。さすがに、俺が一緒なのはまずいから、ちょっとの間、別行動にしているんだよ」
優那、小春、すまないな。1人でいる理由がこれしか思いつかなかったんだ。
「そういうことか。それで僕達のことを見つけたってことなんだな」
「ああ」
「……ねえ、前川君。この凄くかっこいい子は前川君のお友達?」
「そうです。真宮颯介といいます。クラスメイトで席が僕の後ろなんです」
「そうなんだね。初めまして、2年4組の山本成実です。前川君のいるサッカー部のマネージャーをしているの」
「そうなんですか。初めまして、1年3組の真宮颯介です。よろしくお願いします」
「よろしくね、真宮君」
さすがに中学からマネージャーをしているからか、人当たりがとても良さそうな人だ。
それにしても、こうやって間近で2人が一緒にいるところを見ると、美男美女カップルに見えてしまうなぁ。お似合いなのは冨和さんだと思うけれど。
さてと、そろそろ本題に入ろうか。
「そういえば、前川は山本先輩と2人きりで何をしているんだ? 冨和さんっていう恋人を知っているからか、2人が楽しそうにしているのを見ると……」
「浮気しているように見えるかな。それは違うと断言しておくよ。先輩と2人でここに来たのは、奈々子の誕生日プレゼントを買おうと思って。実は明日が奈々子の誕生日なんだ」
「へえ、明日が冨和さんの誕生日で、そのプレゼントを買いに来たのか! そうだったんだなぁ!」
冨和さん達に聞こえるように、俺は大きめの声でそう言った。誕生日前日だから、冨和さんもあそこまで落ち込んでいたんだな。
「去年までは俺1人で買っていたんだけれど、高校生になったからこれまでとは違ったプレゼントの方がいいのかなと思って。それで、アドバイスをもらうために、部活帰りに山本先輩と一緒にここに来たんだ」
「色々と回ったんだけれど、最終的には奈々子ちゃんが好きそうなものを買うのが一番だっていう結論になってね。それで、まずはこのぬいぐるみ売り場に来たの」
「そうだったんですか。その話を聞いて安心しました」
修羅場と化す心配がなくて。何事も平和なのが一番だと思う。
――プルルッ。
うん、スマートフォンが鳴っているな。優那か小春かな?
さっそく確認してみると、優那からメッセージが1件届いていた。
『嬉しすぎたみたいで、奈々子が小春の胸の中で号泣してる。もうこっちに戻ってきて大丈夫だよ』
また泣いてしまっているのか、冨和さんは。でも、今度の涙は嬉し涙で良かったよ。どうやら、冨和さんの抱いていた誤解はちゃんと解けたようだ。
「優那と小春の用事が終わったから、俺はそろそろ行くよ。冨和さんにいいプレゼントが買えるといいな」
「ああ。また明日な。奈々子にはこのことを内緒にしていてくれないか?」
「……分かった」
すまないな、もう知らせちゃって。そのせいで恋人が泣くことになって。ちょっと胸が締め付けられた。
「じゃあ、また明日。山本先輩、失礼します」
「いえいえ。じゃあね、真宮君」
2人に手を振りながら俺はぬいぐるみ売り場を後にして、優那達のいるところへと戻る。そこには涙を拭う冨和さんがいた。
「明日が誕生日なんだね、冨和さん。おめでとう」
「……ありがとう、真宮君」
「さっきの様子からして、前川ならきっと大丈夫だと思う。だから、今日はもう帰ろうか」
「そうだね。プレゼントが何なのかは明日のお楽しみにしたいし。みんな、付き合ってくれてありがとう」
ようやく、冨和さんから笑顔が見られるようになった。目元がとても赤いけれど。どうやら、心の整理がついたようだ。
俺達は前川と山本先輩に気付かれないよう、静かにショッピングモールを後にしたのであった。
翌日、冨和さんは前川から誕生日プレゼントでうさぎのぬいぐるみをもらった。嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる写真を送ってきてくれた。冨和さん、16歳のお誕生日おめでとう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます