第6話『ごめんなさい』

 少しでも信頼を得られたのは、俺にとっては大きく、とても嬉しかった。そのためか今日は授業に集中できたような気がする。何度か大曲さんの方をチラッと見たけれど。彼女の真面目な横顔は美しく思えた。

 あっという間に今日の全ての授業が終わり、放課後となった。


「大曲さん」

「うん? 何か用?」

「今日はいい天気だし、一緒に散歩でもしない? 大曲さんに話したいこともあるし。もちろん、大曲さんさえ良ければだけれど」


 今朝のことで少しは大曲さんとの関係が良くなったし、放課後になったら、一昨日のことについて大曲さんに謝ろうとずっと考えていた。

 大曲さんは真剣な表情になって腕を組む。


「あたしは別にこの後は予定ないけれど。変なところに連れて行くつもりじゃないよね?」

「大丈夫だよ。逢川っていうところだから。学校から歩いて10分くらいだよ」

「……逢川って、電車に乗ると途中にある大きな川かな。駅もあったね」

「綺麗な川だよね。せっかくのお誘いなんだから行ってきなよ、優那。真宮君なら大丈夫だと思うよ」

「別に嫌だなんて一度も言ってないから。分かった、付き合うよ」

「ありがとう、大曲さん」

「……お礼を言われるほどじゃないもん」


 照れくさいのか、大曲さんは俺と目を合わせようとしなかった。そんな彼女とは対照的に、岡庭さんは俺を見てにっこりと笑みを浮かべながら頷いた。


「じゃあ、真宮君。優那をよろしくね」

「ああ、分かった。行こうか、大曲さん」

「うん」


 校門までは岡庭さんも一緒で、そこから先は大曲さんと2人きりになった。緊張するけれど、大曲さんと一緒に歩けるなんて嬉しいな。興奮しすぎて、1人で先に歩いてしまわないように気を付けないと。


「ねえ、真宮君。逢川ってところまでの行き方は分かっているの?」

「うん。今までに何度も行ったことあるし大丈夫だよ。もちろん、逢川からの最寄り駅までの行き方も分かっているから安心して」

「そ、それはどうも。それなら安心」


 大曲さん、ほっとしている様子だな。道に迷いやすいのかな?

 謝る場所に決めた逢川は、学校からだと歩いて10分ほどのところにある。川自体も立派だけれど、河川敷もきちんと整備されているところが多い。つい先日まではお花見で盛り上がり、夏休みには花火大会も開催される。休日や行楽シーズンにはバーベキューなどをする人も多く、真崎市有数の人気スポットだ。


「まさか、真宮君から散歩に誘われるとは思わなかった」

「そっか。今日はいい天気だからね。散歩は好きだよ。電車に乗っているから知っているかもしれないけれど、逢川から見える景色は綺麗で気に入っているんだ」

「へえ、そうなの。あと、真宮君ってそういうのに興味がなさそうなイメージだから意外」

「そうかな」


 何も考えずに、ぼうっと景色を眺めるのは結構好きだ。


「大曲さんは散歩とかは好き?」

「普段はあまり散歩しないけれど、今日みたいな日に歩くのは気持ち良くていいなって思うよ」

「そっか。それなら誘って良かった。あと少しで逢川に着くよ。……そうだ、そこの自動販売機で何か1つ飲み物を奢るよ。好きなものを飲みながら話そう」

「いいの? 奢ってもらって」

「もちろんだよ。まあ、一昨日のお詫びとか、今、こうして付き合ってもらっているお礼っていうのもあるけれど」

「……なるほどね、そういうことか。じゃあ、遠慮なく奢ってもらおうかな」


 そう言うと、大曲さんの口角がわずかに上がった。

 約束通り、俺は大曲さんに紅茶のストレートティーを奢る。そのときに俺が飲むボトル缶のブラックコーヒーを買った。

 それから程なくして、俺達は逢川に沿った道に出る。

 立派な川だけあって景色は美しく、とても広いもので。今は人があまりおらず、近くにはランニングをしているご老人や、買い物帰りと思われる自転車に乗った女性くらいしかいない。


「へえ、なかなかいい景色じゃない」

「だろう? 小さいときからこの景色が好きなんだ」


 大曲さんと一緒に見る景色は、今まで以上に美しく思えるけど。


「そうなんだ。そういえば、向こう側の景色は昨日の帰りに電車から見た」

「そっか。ちなみに、少し遠くに見えているあの橋に、大曲さんや岡庭さんが乗っている電車が走っているんだよ」

「本当だ。今、電車が走ってる」

「あの方向だと霧林駅の方に向かっているね」

「じゃあ、もしかしたらあの電車に小春が乗っているかも。あたし達の家の最寄り駅は霧林駅だから」

「そうなんだ。時間的にも、あの電車に岡庭さんが乗っていそうだね」


 俺がそう言うと、大曲さんは電車に向かって大きく手を振っている。何だか子供っぽくて可愛らしい。

 岡庭さんは俺達が逢川に行くと知っているので、電車から俺達を見つけているかもしれないな。


「大曲さん、あそこのベンチに座ろうか」

「うん」


 俺と大曲さんは近くにあったベンチに座る。その際、大曲さんは俺との間にさっき奢った紅茶のペットボトルを置いた。

 ここで謝ろうと決めたからか、ベンチに座った途端に急に緊張してきた。とりあえず、さっき買ったブラックコーヒーを一口飲む。


「この景色、なかなかいいね。気に入ったよ。ありがとう」

「それは良かった」

「……それで、あたしをここまで連れてきて話したいことってなに?」


 大曲さんは真剣な表情で俺のことを見つめてくる。こんなにもしっかりと見られるのは初めてなのでドキドキしてしまうけれど、しっかりと言うべきことを言わなければ。

 一度、深呼吸をして、


「一昨日の放課後のことを謝りたくて。大曲さんが告白されたところを隠れて見てごめんなさい」


 大曲さんの目を見てそう言い、俺は深く頭を下げた。

 大曲さんにとってとても嫌なことをしてしまったんだ。ここで大曲さんに何をされても受け入れるつもりでいる。

 無言の時間が辛い。川の流れの音を聞いて穏やかになれないのは初めてだ。


「……やっぱり、一昨日のことを謝るためだったんだ。ほら、顔を上げて、真宮君」


 大曲さんの言う通りにゆっくりと顔を上げると、そこには先週は見ることのできていた快活な笑みを浮かべる彼女がいた。


「確かに、真宮君のしたことはあたしにとって嫌なことだったけれど、今日までの真宮君を見ていれば、許しても大丈夫だって思ったよ。今まであたしが怒ってきた人達とは違って、真宮君は真剣にあたしに向き合おうとしてくれて、挨拶は欠かさずにしてくれて。やっぱり、真宮君は真面目な人なんだって確認できた。だから、あたしこそごめんなさい。感情的になって、真宮君に酷いことを言ったり、冷たい態度を取っちゃったりして。それこそ、あり得なかったり、最低だったりするよね」


 笑みは崩さなかったものの、大曲さんはとても大きなため息をついた。


「気にしないで、大曲さん。あのときに、俺が隠れて告白の場面を見たのがそもそもの原因なんだし」

「そう言われちゃうとなぁ。……そうだ。さっき買った飲み物で乾杯しよう! それで、今回のことは仲直りってことで終わりにしよう。それでいいかな?」

「もちろんだよ。じゃあ……乾杯」

「うん、乾杯!」


 俺のボトルコーヒーの缶と、大曲さんの紅茶のペットボトルを軽く当てる。そのときに鳴った音が、今回のことが平和に解決したのだという合図のようにも思えた。

 大曲さんはゴクゴクと紅茶を飲んで、


「美味しい」


 そう言って俺に見せてくれる笑顔はとても可愛らしかった。一目惚れをしたあのときと同じくらいに。そんな笑顔をまた見せてくれるようになったことを、とても嬉しく思うのであった。

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