第5話『おはよう』
4月11日、水曜日。
今日もいい天気だ。風も爽やかなので散歩をしたらとても気持ち良さそうだ。大曲さんと一緒に景色が綺麗な場所を歩いてみたい。例えば、この近くにある
学校に行くと、前川はいたけれど、大曲さんや岡庭さんの姿はない。
「おはよう、前川」
「おはよう、真宮。少しは元気になったように見えるけれど」
「昨日、大好きな漫画を読んだからね。あとは……岡庭さんから電話があったんだよ。彼女のおかげで、大曲さんのことをたくさん知ることができた。大曲さんと俺が仲直りできるように協力してくれるって言ってくれて嬉しかったよ」
「そんなことがあったのか。岡庭が協力してくれるのは心強いな」
「うん。少しだけど、大曲さんと仲直りできるときが近づいた気がする」
「ははっ、そっか。僕はだいぶ近づいたと思うけれどね」
「……そうだといいな」
多分、岡庭さんは一番と言っていいほど、大曲さんと本音で語り合える子だ。そんな子が協力してくれるのだ。前川の言うように、大曲さんと仲直りすることに向かってだいぶ前進できたと言えそうだ。
自分の席に座ってスマートフォンを確認するけれど、大曲さんや岡庭さんからのメッセージは一切来ていなかった。
「大曲が来る前に話しておくか。真宮が覗き見た例の告白の話が広まり始めている。部活の仲間から聞いた。大曲に告白した奴が、友達に告白が失敗したと話したのがきっかけらしい」
「……まあ、親しい友達には話しちゃうよな。俺も前川だけには話したし。彼の気持ちは理解できるよ」
「そうか。あと、これは岡庭から聞いたかもしれないけれど、大曲は中学のときから何度も告白された経験があるそうだ。全て振ったみたいだけれど」
「昨日、岡庭さんから聞いたよ。そのことで、周りから嫌味を言われることもあったみたいで。岡庭さん曰く、自分を守るために不機嫌な態度を取り続けるようになったそうだ」
「そうか。それが積み重なって、ひねくれ者とか噂されるようになったのかもな」
「……かもね」
一昨日の告白について話が広まっていると知ったら、大曲さんはずっと不機嫌な態度を取り続けてしまうのだろうか。もし、そうなったらストレスも溜まりそうだ。何とかできればいいんだけれど。
「おっ、噂をすれば何とやら。大曲と岡庭が来たぞ」
前川がそう言うのでゆっくりと後ろを振り返ると、こちらにやってくる大曲さんと岡庭さんの姿があった。岡庭さんは持ち前の優しい笑みを浮かべ、大曲さんは……やっぱりムッとした様子だな。ただ、一昨日や昨日までと比べるとまだマシかな。
「おはよう、大曲、岡庭」
「おはよう、前川君、真宮君」
「おはよう、岡庭さん。……大曲さん」
俺が2人に挨拶をすると、大曲さんはゆっくりと俺達の方を向く。そのまま黙って俺のことをチラチラと見る大曲さんの肩に、岡庭さんが手を乗せた。
「お、おはよう。前川君。……ま、真宮君」
俺と目を合わせることはしなかったけれど、大曲さんは確かに挨拶をしてくれた。少し頬を赤らめているところが可愛らしい。
大曲さんと岡庭さんは自分の席に座る。その際に岡庭さんと目が合うと、彼女はにっこりとした笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
「良かったな、真宮」
「……ああ」
まだ仲直りできたわけじゃないけれど、挨拶されたことはとても嬉しい。昨日、話しかけないでとか言われたからかな。これは大きな一歩だ。
今日は頑張って授業を受られそうな気がするぞ! そう意気込んだときだった。
「あなたが大曲優那さん?」
「……そうだけど」
「どうして、
ドン! と大きな音が大曲さんの方から聞こえたのでそちらを見てみると、大曲さんと見知らぬ黒髪の女子生徒が睨み合っていた。あんなに睨まれているのに、大曲さんは冷静な様子だ。
「明石……ああ、一昨日の放課後に告白してきた男子ね。やっぱり、あの告白の話が広まっていたんだ」
はあっ、とため息をつく大曲さん。そんな彼女は俺をチラッと見て、
「真宮君は誰かに話した?」
「……お、岡庭さんと前川だけです。あと、名前は出さなかったけれど、大学生の姉にもざっくりと」
隠してはいけないと思い、俺は正直に話した。あと、チラッと見られたときはゾクッとしたな。
「僕はその話を聞いたけれど、真宮から悩みを相談された中で話されただけだ。もちろん、僕が他の人に話したりはしていないよ」
「……そう。それならいいよ。お姉さん以外はあたしの予想内だから。じゃあ、あの明石っていう男が広めたってことか」
「ちょっと、私の質問に答えてよ!」
「答えるから黙りなさい。あの男はあたしに対して好きだと告白してきて、自分のような人と付き合うべきなんだって一方的に意見してきた。それにムカついたから、あなたみたいな人は大嫌いだし、絶対に恋人として付き合わないって言っただけ。まあ、あたしも言葉を選ぶべきだったかもしれないけれどね」
明石君と言ったか。あのときも思ったけど、彼の告白の仕方はどうも自分勝手な感じがした。なので、大曲さんがムカつくのも納得できるかな。あと、振るときの彼女の言葉選びがかなりキツかったけれど、その自覚はどうやらあったようだ。
「それで、その話を聞いてムカついたから、あたしにこうして文句を言いに来たと。なあに? あの男のことが好きなの?」
「……そうだけど」
頬をほんのりと赤らめながら答える黒髪の女子生徒。
ふうん、と大曲さんは口元をニヤリとさせて、
「それで、あたしに文句を言って、あの男に謝らせることで、自分の株を上げようとしているの?」
「そ、それは……」
大曲さんの指摘に黒髪の女子生徒は怒りの表情が崩れ始めて、視線をちらつかせるように。両眼には涙を浮かべている。
「図星か。そんなことをしても、あなた自身の価値は全く上がらないと思うけど。今のあなたよりも、手書きの呼び出しの手紙をあたしの下駄箱に入れて、自分勝手だけれど好きだって告白した彼の方がよっぽど立派ね。そんな彼に対しては、自分の言葉で想いを伝えるのが一番いいと思うけれどね。彼はきっとあたしにフラれて傷心中。今はチャンスかもしれない。どうかしら?」
明石君のときのように、鋭い言葉をいくつもぶつけてノックダウンさせるかと思いきや、まさか告白のアドバイスをするとは。意外だ。俺と同じようなことを考えていたのか、岡庭さんも驚いた様子である。
すると、黒髪の女子生徒は右手で涙を拭う。
「……分かった。近いうちに彼に告白してみる。ありがとう」
「はいどうも。結果には興味ないから、報告しに来なくていいからね」
大曲さんがそう言うと、黒髪の女子生徒は軽く頭を下げて教室を出て行った。
「……あぁ、良かった。行ってくれて」
はぁーっ、と大曲さんは長く息を吐く。
「凄いね、優那ちゃん。あの子の怒りもすっかり消えた感じがするよ」
「今までの経験からして、このタイミングで文句を言いに来る女子は大抵、あたしが振った人に好意を抱いている。だから、そうなのかどうか確認して、告白のアドバイスをしただけ」
「そっか。でも、優那ちゃん、高校生になって凄く成長したね」
「そんなことはないと思うけどなぁ。小春がすぐ側にいてくれたから落ち着いていられたんだよ。今の女子はまだマシだったけれど、こういう文句を言いに来る人がいるから、特に知らない人からの告白は嫌だ……」
ぐったりする大曲さん。
今の一幕を見て、昨日の夜に岡庭さんが話してくれたことがより深く理解できたような気がする。こういうことが何度もあったら、特に告白された直後は不機嫌になるのも納得だ。
「さっきの大曲は、今回のようなことを幾多に経験した達人のように思えたな」
「場慣れしている感じはしたね」
岡庭さんも成長したと言っていたので、これでも穏やかな方だったのだろう。
「そういえば、真宮君」
「は、はい!」
月曜日のこともあってか、大曲さんに声をかけられると緊張してしまう。あまり気分も良くなさそうだし。
「小春と前川君とお姉さんには話したそうだけど、あたしの忠告を守ってくれたことには感謝するわ。ちょっとは信用してあげてもいい」
「ありがとう。ちょっとでも信用してくれて俺はとても嬉しいよ、大曲さん」
「……大げさなんだから」
大曲さんはそう言うと、まだ疲れが取れていないのか机に突っ伏してしまう。そんな彼女のことを岡庭さんがクスクスと笑いながら見ているのが印象的だった。
昨日の状況を考えると、大曲さんと話せて何歩も前進したと思う。これをきっかけに仲直りできるようにしたいな。
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