第4話『不機嫌ノウラ』
前川と冨和さんのおかげで少しは元気になったけれど、教室に戻り、依然としてムッとした様子の大曲さんを見ると心が締め付けられた。
午後の授業を受けているときも息苦しさがずっと続いた。ただ、大曲さんの隣じゃなければ良かったとは一度も思わなかった。
昨日よりも長く感じた午後の授業もようやく終わり、放課後となった。
今日はどうしようかな。部活の見学をしてみるのも良さそうだけれど、興味がある部活が全然ないんだよな。見学や仮入部期間はしばらく続くから、部活についてはゆっくりと考えるか。
「小春、今日は部活の見学には行くの?」
「ううん、行かないよ。そういえば、優那ちゃんは部活に入らないの?」
「特に面白そうな部活はないからね。それよりも、今はバイトの方が興味ある」
「そっか。高校生だしそれもありだね」
うちの高校は、バイトをするときに学校へ申請する必要はない。部活よりもバイトの方をしてみたいと考える生徒もいるか。バイトなので当然お金を稼げるし。
「じゃあ、帰ろっか、小春」
「そうだね、優那ちゃん。真宮君、前川君、また明日ね」
「また明日な、岡庭、大曲」
「また明日、岡庭さん、大曲さん」
「……ふんっ! 行こう、小春」
鋭い目つきで俺をチラッと見ると、大曲さんは岡庭さんの手を引いて教室から出て行った。
「……告白はおろか、仲直りするまでも一苦労かもな」
「そうだね。ただ、明日からも大曲さんとは教室で会える。今はこうして隣同士だし。頑張るよ、前川」
「ああ。好きな人だから仕方ないけれど、あまり深く考えすぎるなよ。好きなことをしてリフレッシュするのもいいと思う」
「それもいいな。前川、今日も部活頑張って」
「ありがとう。じゃあ、また明日な」
「ああ、また明日」
前川は教室を後にした。
俺もそろそろ帰ろうかな。前川が言うように好きなことをして気分転換するか。今日は好きな漫画の最新巻の発売日だから、それを買って家に帰ろう。
校舎を出ると、朝と変わらずよく晴れていて空気も爽やかだ。大曲さんともこの大空のように明るい関係になりたいものである。
真崎駅の近くにある本屋に行き、買いたかったラブコメ漫画の最新巻を購入。その際、大曲さんや岡庭さんがいるかもしれないと思い、周りの様子を逐一チェックしていたけれど、2人の姿を見ることはなかった。
家に帰って、購入した漫画をさっそく読む。すると、ヒロインから告白し、恋人として付き合う展開となったので、主人公の男の子がとても羨ましく思った。
「大曲さんからの告白か……」
ひねくれていると噂されるほどの彼女が、好きだという想いを自分から伝えるイメージが全然ないな。もちろん、今の状況でそんな展開になることは絶対にないだろうけど。
『あたし、真宮君のことが好きなの。あたしと恋人として付き合ってください!』
試しに告白の妄想をしてみたら……これは凄くいい。グッとくる。ただ、実際には関わりたくないと言われてしまったので、虚しさや切なさも襲ってきて。漫画を読んで得た元気が一気になくなってしまったのであった。
明日提出の宿題も出ていないので、夕食を食べた後は自分の部屋のベッドでゴロゴロする。
スマホを手に取ると、大曲さんに電話しようか、メッセージを送ろうかと考えてしまうけれど、今朝の彼女の不機嫌な様子が頭の中で鮮明に蘇り思い留まる。それを何度か繰り返したときだった。
――プルルッ。
「うわっ!」
急に着信音が鳴ったので驚いた。
発信者を確認すると『岡庭小春』という名前が画面に表示されたのでまた驚いた。
岡庭さんから電話がかかってくるのはこれが初めてだけれど、彼女がどうして電話を掛けてきたのかだいたいの想像がつく。
「真宮です」
『お、岡庭です! こんばんは、真宮君』
「こんばんは、岡庭さん。まさか、岡庭さんから電話がかかってくるなんて。ビックリしたよ」
『ごめんね、突然電話を掛けちゃって。今、大丈夫かな』
「うん、ゆっくりしていたところだから大丈夫だよ」
僕がそう言うと、岡庭さんは「良かったぁ」と声を漏らしていた。普通の会話なんだけれど、大曲さんとのことがあったので感動してしまう。
「それで、どうしたのかな。大曲さん」
『……今日の優那のことで』
「そうか」
やっぱり、大曲さんのことについてだよな。発信者として彼女の名前を見た瞬間にその予想はついていた。
『優那がどうして、真宮君に冷たい態度を取るのかが気になって。昼休みには話してくれなかったけれど、放課後に優那ちゃんの家に遊びに行ったときに教えてもらった。昨日の放課後に、真宮君は優那ちゃんが告白されて振るところをこっそりと見ちゃったんだね』
第三者に昨日のことを話されると、心がかなり抉られるな。大曲さんの嫌がることをしてしまったと改めて思い知らされた感じがして。
「……そうだよ。どうやら、告白されることを第三者に知られることが凄く嫌みたいで。だからなのか、あり得ないとか最低って言われたんだ。本当にその通りだと思う。そのことを謝りたくて今朝話しかけたら、岡庭さんも覚えていると思うけれど、話しかけないでとか関わりたくないって言われて。もちろん、明日からも機会を伺って謝るつもりでいるよ」
いつになったら謝ることができるだろうか。出口が見えない。
『そうなんだね。まあ、今日の学校での真宮君を思い出せば、優那ちゃんが怒っていることについて反省しているんだって思えたよ』
「……そうか。大曲さんにもちゃんと伝えないといけないな。明日、少しでも機嫌が良くなっているといいんだけれど、今日の彼女を思い出すとそれは厳しそうだね」
『きっと大丈夫だよ。優那ちゃん、ひねくれているところも少しあるけれど、根は優しい子だから。それに、昨日や今日みたいに1日中不機嫌になることは、中学のときからたまにあって。そうなるのは、だいたい告白された直後だったの。今回は知らない人から手紙で呼び出されたから、告白される前から不機嫌だったけれど』
「中学のときから、大曲さんは告白されたことがあったんだね」
笑顔がとても素敵な女の子だから、それも納得だな。
『うん。ただ、その告白を全て振ってきたけれどね。結構人気のある子から告白されたこともあって。その彼を振ったことが知れ渡ったときは、彼に好意を持っていたからなのか直接文句を言ってくる女の子もいて。そのときの優那ちゃんは、今日以上に怒ってた。あたしは自分の気持ちを素直に言っただけだって』
「じゃあ、告白されたことを知られたくなかったのは、嫌なことを言われたくなかったからだったんだ……」
『そうだね。連日告白されたときもあって。そのときはずっと不機嫌だった。きっと、そうすることで優那ちゃんなりに自分を守っていたんだと思う。不機嫌なら、告白してくる子も減るだろうし』
「確かに、それは言えているね」
大曲さんの笑顔を見て一目惚れしたけれど、彼女の怒った顔も個人的には結構可愛いと思っているから。ただ、不機嫌な顔より笑顔がいいと思う人の方が多いだろう。
『それもあってか、優那ちゃんは短気とか、ひねくれ者とか言われるようになったの。私達と同じ中学出身の子は何人もいるから、高校でも広まり始めているかも』
「昨日、クラスの女子がひねくれ者って言っているのを小耳に挟んだよ」
『やっぱり。学校の外だと笑顔が基本なんだけれどね。クラスでも時間を掛けて、優那ちゃんの優しいところを分かってもらえて友達もできていくの。だから、入学初日や2日目に真宮君や前川君と普通に話しているのを見て凄いなって思ったんだよ。高校っていう環境に変わったからかもしれないけれど。あと、優那ちゃんも2人はクラスの男子の中ではまともそうだって言っていたよ』
「そうだったんだ」
そんな風に俺を評価してくれていたなんて。
ただ、それも昨日の放課後の一件で崩れ去っただろう。だからこそ、あそこまでキツい言葉をぶつけたのかもしれない。
『昨日の告白を見られたことはまだ許せないみたい。でも、自分が怒っても真宮君はこれまでの人とは違うって言ってた。あんなにキツく言ったのに、それまでと変わらずに挨拶はしてくれたからかなって』
「昨日のことは絶対に謝りたいし、また楽しく喋りたいなって思っているから。挨拶さえしなかったら、大曲さんと凄く距離ができちゃう気がして。謝ることもさえできなくなる気がして。それは寂しくて嫌だったんだ」
ただ、その挨拶が少しでもいい影響を与えたみたいで良かった。明日からも挨拶はしっかりとしよう。
『そっか。優那ちゃんがまともだって言っていたのも納得した。私も2人が仲直りできるように動いてみるね』
「ありがとう、岡庭さん。とても心強いよ」
『いえいえ。優那ちゃんの親友ですから。じゃあ、また明日ね』
「うん、また明日。早いけど、おやすみ」
『おやすみなさい』
そう言って、岡庭さんの方から通話を切った。彼女が協力してくれるのはとても心強い。どうにか機会を伺って大曲さんに謝ろう。
「電話でも、女の子とたくさんお喋りしている颯ちゃんを見ると、お姉ちゃんは嫉妬しちゃうな」
「うわああっ!」
ベッドの影に隠れていたのか、姉ちゃんが急に姿を現したので驚いた。一瞬、心臓が止まったかもしれない。
「そこまで驚かれると、お姉ちゃんもさすがにショックだよ」
「……いつの間に部屋に入ってきたんだよ。あと、俺が電話で女の子と話していたことをなぜ知っている」
理由によっては叱らないといけないから、ちゃんと訊かないと。
「昨日と同じく元気がなかったからこっそりとお部屋に入ったの。そうしたら、颯ちゃんが電話でお話し中だったから、ベッドのすぐ側で静かに耳をすませていたの。そうしたら女の子の声が聞こえて」
「なるほど、そういうことか」
意外と普通の理由だった。姉ちゃんのことだから、盗聴器の一つでも仕掛けているかと思ったんだけれど。
「ねえ、颯ちゃん。岡庭さんって颯ちゃんとはどういう関係なの?」
「高校のクラスメイトで、怒らせちゃった片想い中の子の親友だよ。片想いの子について色々と話してた」
「そういうことね」
「そういえば、お弁当の玉子焼きありがとう。美味しかったよ。ただ、いつもの玉子焼きに比べて赤っぽかったのが気になったけれど」
「ああ、それは私の鼻血だよ。玉子焼きを喜んで食べる颯ちゃんの姿を思い浮かべたらつい興奮しちゃって」
「そ、そっか……」
想像もしていなかった真実だったのでそれ以上の言葉が出なかった。まさか、血が入っちゃったからかなり甘めにしたのだろうか。全然気付かなかった。
「でも、美味しかったならいいよね!」
「……血が入っているのは今回限りにしてくれよ。今度は血の入っていない真っ黄色な玉子焼きをお願いするよ」
「任せて! 颯ちゃん!」
姉ちゃんは嬉しそうな様子で俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。ここまで嬉しそうなのは、自分の血が俺の体に入ったからじゃないだろうか。本当に弟への愛情の深さが底知れない。
いつかは大曲さんを抱きしめられる日が来るのだろうか。姉ちゃんを抱きしめ、頭を撫でながらそんなことを考えるのであった。
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