第24話『これまで』
今週末に優那の家でお泊まりをすること。しかも、そのときは優那と2人きり。
俺にとって、今までの中で一番と言っていいほどのイベントについて家族に報告する。もちろん、姉ちゃんにも。父さんと母さんは、
「楽しんできてね。でも、失礼のないように」
と快諾してくれたけれど、姉ちゃんは、
「颯ちゃんが女の子のお家へお泊まりに行くの? 行き先が恋人の優那ちゃんの家だからいいけれど、お姉ちゃんは寂しいよ……」
目に涙を浮かべながらそう言って、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
やっぱり、こういう反応をするか。小学校と中学校の修学旅行前日はとてもがっかりしていたし、両親曰く、旅行中も姉ちゃんは溜息ばかりついていたそうだから。あと、姉ちゃんの修学旅行のときは、自分がいなくて大丈夫なのか心配していたな。
「姉ちゃんの気持ちも分かるけれど、1泊だけだから」
「ほんと? 1泊って言っておきながら、一生優那ちゃんの家にお泊まりすることにはならない?」
「そんなことありません」
いずれは、優那とずっと一緒にいたいと思っているけれど、とりあえず今週末は一泊だけするつもりだ。
「約束だよ、颯ちゃん。あと、1つお願いがあるんだけれどいいかな」
「うん? なに?」
「……金曜日まで毎日颯ちゃんと一緒に寝たい」
「いいよ」
姉ちゃんと寝るのは嫌ではないし、それで姉ちゃんの気持ちが安らぐなら。
俺が快諾したからか、姉ちゃんはとっても明るい笑みになる。
「ありがとう! 颯ちゃん大好き! そうだ、颯ちゃんが優那ちゃんの家に泊まりに行くなら、大学の友達に家へ泊まりに来るかって誘おうかなぁ」
「それもいいんじゃないかな」
むしろ、友達が泊まりに来ることで、姉ちゃんの寂しさが少しでも和らいでほしいところ。俺が恋人の家に泊まることはこれが初めてなので、その間に姉ちゃんがどうなってしまうか分からないから。
うちの家族に伝えた後、優那の御両親に挨拶をした方がいいと思い、彼女のスマートフォンにテレビ電話をする形で、挨拶と付き合っていることの報告、今週末に泊まりがけでお邪魔することを伝えた。御両親がとても嬉しそうにしているのが印象的なのであった。
とても楽しみにしていることがあると、それまでの日々というのはあっという間に過ぎていく。優那や小春、前川達と一緒に授業を受けて、昼休みにはお弁当を食べる。それらのことが楽しかったからだろうか。
ただ、優那と泊まっているときはいつも以上に時間がゆっくりと流れてほしい。ただ、そういうときほど、一瞬のように過ぎていってしまうのだろう。例え本当に一瞬だったとしても、彼女との時間を大切に過ごしたいな。
4月28日、土曜日。
今日からゴールデンウィークが始まる。今日は優那の家に初めて泊まるので、多分、忘れられない日になることだろう。
多少の雲はあるものの青空が広がっており、この3連休は雨が降る心配はないという。いい天気になって良かった。
午後2時過ぎ。
俺は優那との待ち合わせ場所である霧林駅へと向かう。真崎駅から2駅のところにあるけれど、ここに来るのは結構久しぶりで懐かしい感じがした。そこが恋人の家の最寄り駅というのは何だか不思議な気持ちになる。
まさか、3週連続で週末に女の子と待ち合わせることになるなんて。しかも、今回は恋人の家に泊まりに行くんだ。
「颯介!」
淡い桃色のニットセーター姿の優那は笑顔で俺に手を振ってくる。今日の優那もとてもかわいい。Vネックで胸元がちょっと開いているので、今までよりも大人っぽく感じられる。
「優那、お待たせ。待ったかな」
「ううん。それに、時間通りだし、あたしも10分くらい前に来たから。ただ、恋人を待っている時間っていいね。早めに待ち合わせ場所に行く颯介の気持ちが分かったよ」
「でしょう? これから自分の家に連れて行くと思うとドキドキするよな。……あと、今日の服もかなり可愛いよ。その……大人っぽい感じもして凄くいい」
「ありがとう。お礼にあたしの今の姿を写真に撮ってもいいよ」
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく」
これに似たやり取り、小春のデートのときにもあったな。そんなことを考えながら、俺は優那の私服姿の写真をスマートフォンで撮る。……いい写真を撮れた。
「さっそくあたしの家に行こうか。ここから歩いて10分くらいだから」
「ああ」
俺は優那と手を繋いで彼女の自宅に向かって歩き始める。この恋人繋ぎも段々と慣れてきて、緊張やドキドキよりも安心感を一番強く抱くようになった。
「前に優那が言っていたように、歩くとすぐに住宅街になるんだね」
「そうだね。自然も多くてあたしは好きかな」
「そうなんだ。俺も自然の景色は好きだな。気持ちも落ち着くし。だから、優那に謝ったときは逢川まで連れて行ったんだ」
「なるほどね。確かに、逢川の景色は良かったな。……颯介にも告白されたからね。あれから、電車に乗って逢川に架かる橋を通る度にあの日のことを思い出すよ。もちろん、素敵なことだからいいけれどさ」
俺は……電車から逢川を見るのは久しぶりだったからか、綺麗な川だなぁとしか思わなかった。
「あのときはやっちゃったって思った。けれど、気持ちを伝えることができたし、あの告白を機に優那との距離がグッと近くなった気がするから、今は良かったって思ってる」
「告白の直前に、隠れて見ていたことを謝ってくれたもんね。そりゃあ、颯介との距離だって縮まるに決まってるよ。告白されて初めて心が温かくなったし。……ほ、ほら! もうすぐで家に着くよ」
照れ隠しなのか、優那は頬を赤くしながら笑った。
それから程なくして優那の自宅に到着する。白を基調とした綺麗な外観だ。見た感じ2階建てだろうか。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。さっそくあたしの部屋に案内するね」
「うん、楽しみだ」
優那について行く形で2階にある彼女の部屋へと向かう。
それにしても、家の中も綺麗だなぁ。彼女の家だからか、いい香りに包まれている気もする。
「はい、ここがあたしの部屋だよ」
優那の部屋、とっても可愛くて温かな雰囲気だ。ベッドシーツやカーテン、絨毯などの色は基本的に暖色系で統一されている。ベッドの上にクマのぬいぐるみや抱き枕があったり、勉強机には小春と、小春の妹さんらしき小さな女の子とのスリーショット写真が挟まれた写真立てが置かれていたり。可愛いって思えるものがたくさんある。
「素敵な部屋だね。可愛い感じがして。あと、とても綺麗だ」
「颯介が来るからね。頑張って掃除したの」
「そうなんだ。優那の部屋に来たいってずっと思っていたから感激だよ」
「もう、大げさなんだから。飲み物を持ってくるけれど何がいい? 紅茶、コーヒー、麦茶、日本茶なら出せるよ」
「コーヒーがいいかな。温かいやつで」
「分かった。ちょっと待っててね。……1人になったからって、がさ入れして下着を見つけようとかしちゃダメだよ」
「分かったよ、安心して」
優那じゃないんだからそんなことはしない。それでも、彼女は俺ががさ入れするかもしれないと思っているのか、ニヤニヤしながら部屋を出ていった。
恋人の部屋で1人きりというのも、なかなかドキドキするな。ここにあるもの全てが何かしらの形で優那に関わっていると思うと興味が湧いてきて、思わずキョロキョロとしてしまう。俺の部屋に来たときに、本棚やクローゼットを覗いた優那の気持ちが分かってしまったよ。
ただ、一番興味があるのは……背後にあるベッドかな。さっそく、俺は頭だけをベッドの中に潜ることにした。
「あぁ、最高だ」
ベッドはふかふかで気持ちいいし、優那の甘い匂いも感じられて。何だか優那に優しく抱きしめられているような感じだ。このまま昼寝をするのもいいかもしれない。本当に心地いいなぁ。
「まさか、ベッドに顔を突っ込んでいるとは思わなかったよ」
優那の声が聞こえたのでベッドから顔を出し、部屋の中を見てみると、すぐ側に苦笑いをして俺を見ている優那がいた。あと、コーヒーや紅茶の香りがしている。
「優那、戻ってきていたんだ」
「たった今ね。そこに本棚があるし、颯介ならそこから漫画を取り出して読んでいるかと思ったんだけど。まさか、ベッドに頭だけ潜っているなんて」
ふふっ、と楽しげに笑う優那。どうやら、ベッドに顔を突っ込んだことに怒ってはなさそうだ。
「恋人が寝ているベッドだと思うと凄く魅力的に思えてさ。ふかふかで優那のいい匂いがちゃんとしていて最高だった」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、そういうことは、菜月さんのベッドくらいしかやっちゃダメだよ」
「うん、気を付けるよ」
こういうことは優那のベッドでしかしないと思うけど。姉ちゃんのベッドにする気はないけれど、むしろ姉ちゃんの方が俺のベッドに潜って、俺の匂いを堪能していそうだ。今まさにそうしている可能性は高いと思う。
「……それに、あたしの匂いを感じたいなら、あたしを抱きしめて直接嗅げばいいじゃん……って、あたしは別にベッドに嫉妬したわけじゃないから!」
「あははっ、優那の言うとおりだね。今日はまだ優那のことを抱きしめていないから……抱きしめたいな」
「……しょうがないなぁ。颯介がそこまで言うなら」
そう言いながらも、優那はとても嬉しそうだ。ちょっとひねくれているところが可愛らしい。俺が抱きしめやすいように俺の目の前に座る。
俺は優那のことを抱きしめて、彼女の匂いはもちろんのことを、温もりや柔らかさもしっかりと堪能する。
「こうしていると幸せな気持ちになるよ。優那、甘くていい匂いがする」
「あたしも幸せだよ。……好き」
優那はうっとりとした表情で俺のことを見つめて、俺にキスをしてきた。優那、何かお菓子でも食べたのかな。いつも以上に甘く感じるよ。
唇を離してテーブルの方を見るとそこにはクッキーが。あれを食べたんだな。
「優那、そろそろ優那の淹れてくれたコーヒーを飲みたいな」
「うん。颯介のご希望通り、温かいコーヒーを淹れたよ」
「ありがとう。いただきます」
俺は優那の淹れてくれたホットコーヒーを一口飲む。
「美味しい」
「良かった。……じゃあ、何しよっか。夜ご飯は2人で一緒に作るってこと以外、何も決めていなかったけれど」
「そうだね……アルバムを見てみたいかな。勉強机に写真があったからさ。そういえば、あの写真に写っているのは小春と小春の妹さん?」
「うん、そうだよ。小春の妹だけあって、凄くかわいい子なんだ」
「そうなんだね」
いつか小春の妹さんと会ってみたいな。
「妹さんと写っている写真はアルバムにもあったと思う。ええと、アルバムは本棚の下の段にあったはず……」
四つん這いになってアルバムを探している優那の後ろ姿もなかなかいい。スカートなので下着が見えてしまいそうだけれど。あと、優那の裏太ももが白くて綺麗。
「あったよ」
優那は俺の家に来たときのように、俺の右隣に身を寄せた状態で座ってくる。この距離感、ドキドキするけれど安心もできてやっぱり好きだ。
優那から受け取ったアルバムを開くと、そこにはお母さんに抱かれている赤ちゃんのときの優那の写真が。
「赤ちゃんの頃の優那、かわいいね」
「……ううっ、自分のアルバムを他人に見られるのってちょっと恥ずかしい。ほら、あたしのお母さんは綺麗でしょ!」
「俺の視線を自分から逸らそうとしているね。……綺麗な人だ。髪の色が同じだし、顔の雰囲気も似ているから、優那は将来こんな感じになるのかなって思うよ」
「そうかな? でも、髪の色はお母さん譲りだし、お母さんと2人で歩くと姉妹ですかって言われるほど、見た目が若くて綺麗だからね。あたしも将来はお母さんみたいになれるかな」
「きっとなれるよ」
この前、テレビ電話で話したときも優那のお母さんはとても若々しかった。
きっと、優那もこれから大人の女性になっていくだろうけど、可愛らしさはずっと変わらないと思う。
それからもアルバムを見ながら、優那の成長過程の一部分を追っていく。御両親や親戚の方が撮った写真だけあって、楽しそうな写真が多いな。
中学に入学してから、小春や小春の妹さんと一緒に写った写真も挟まれている。優那にとって、中学はひねくれた時期でもあるけれど、写真を見る限り岡庭姉妹の前では心を開いていたようだ。それとは対照的に、学校関連の写真だと不機嫌そうな表情になっていたのが印象的だった。
「いいアルバムだったよ。見せてくれてありがとう」
「どういたしまして。……このアルバム、まだまだ空きのページがあるから、そこには颯介との写真をたくさん貼りたいな」
「嬉しいなぁ。その写真は俺の方のアルバムにも貼りたいかな」
「それいいね。今度、颯介の家に行ったときにはアルバムを見せてくれる?」
「もちろんいいよ」
もし、その話を姉ちゃんが知ったら、これでもかっていうくらいに大量の写真を優那に見せそうだ。最近はさすがに減ったけれど、俺が小学生くらいまでの間は写真を撮られない日はなかったから。
「あたしが持っているプライベートのアルバムはこれだけだけれど、小学校と中学校の卒業アルバムならあるよ」
「いいね、それも見てみたい」
「ふふっ、分かった」
その後、日が暮れるくらいまで卒業アルバムやホームビデオを観て、これまでの優那をたくさん知ることができた。
分かったことは、優那は産まれたときからずっと可愛いということだった。当の本人は時々、俺の右隣で恥ずかしがって顔を赤くしていたけれど。それもまた可愛らしかったのであった。
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