第25話『ぬくもり』

『颯介の作った料理を一度食べてみたいな』


 お泊まりすることが決まった後に、優那からそんなお言葉をいただいたので、夕ご飯のおかずにハンバーグとピーマンの肉詰めを俺が作ることに。ちなみに、ハンバーグは優那にとって五本指に入るくらいに好きな料理らしい。

 優那はコンソメ仕立ての野菜スープ作りを担当。料理があまり得意でない優那が包丁を持つのは心配なので、俺が彼女の様子を隣で逐一確認することにした。

 ハンバーグを作っている横で優那のを見ていると、優那は慣れない手つきで具材を切っている。


「優那、何かあったらいつでも言ってきてね」

「ありがとう。颯介の方は……本当に料理好きって感じがするよ。手つきもいいし、余裕があるというか。何よりも楽しんでいる気がして」

「料理は大好きだし、家庭科の授業で早く調理実習をやりたいくらいだよ。あと、今は優那と一緒に初めて料理ができることが楽しくて」

「……そう言ってくれると、より頑張りたいなって思うよ。たまに助けを求めちゃうかもしれないけれど」

「それでいいと思う。でも、包丁で指を切らないように気を付けてね」

「うん!」 


 やる気は俺よりもずっと強そうだ。

 2、3回ほど危なっかしいときがあったけど、優那はちゃんと野菜スープを作った。俺もハンバーグを作り、無事に夕ご飯が完成した。


「いただきまーす」

「いただきます。ハンバーグ、口に合うといいな」


 さっそくハンバーグを一口食べてみると……うん、今回も美味しくできているな。むしろ、いつもよりも美味しい気がする。


「すっごく美味しい!」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

「うん。今までの中でも一番美味しいかも……」


 優那、幸せそうな様子でハンバーグを食べてくれている。とても気に入ってくれたようだ。それがとても嬉しくて、今の優那の姿をスマートフォンで撮影した。

 優那が作ってくれた野菜スープを一口食べてみることに。


「うん。野菜スープも美味しいよ。野菜の大きさがかなりバラバラだけれど、練習を重ねていけば上手になっていくと思うよ」

「……良かった。これから、たまに料理を教えてもらってもいいかな」

「もちろん」


 この前の玉子焼きもそうだったけれど、しっかりと教えていけば、優那の料理の腕は確実に上がると思っている。

 夕ご飯を美味しく食べ終わり、後片付けをした後は、リビングで温かい紅茶を飲んでゆっくりする。


「何だかこうしていると、颯介とここで一緒に暮らしているような気がしてくるよ。ドキドキもするんだけど、ゆったりとできているからかな。自分の家っていうのもあると思うけれどさ」

「それは大きいかもね。俺もお邪魔させてもらっている気持ちはあるけれど、優那と2人きりだからなのか凄く居心地がいいなって思える。優那と一緒で同棲したらこんな感じなのかなってちょっと思った」

「そっか。……いい響きだね、同棲って」


 優那ははにかみながら、俺の右手をそっと掴んでくる。いずれは本当に同棲をする日が来るのだろうか。来てほしいな。来るように頑張らないとな。


「ねえ、颯介。……お風呂、どうしよっか」

「お、お風呂か……」


 夕ご飯も食べたし、今日は泊まるんだから、やっぱりそういう話になりますよね! 優那からお風呂という単語を言われるだけでドキドキしてくるよ。

 優那は顔を真っ赤にさせて、俺をチラチラと見てくる。


「颯介、先に入る? お客さんだし」

「優那が先に入っていいよ。女の子なんだし。俺、家ではいつも最後に入っているからさ」

「……颯介がそう言うなら、お言葉に甘えて先に入るね。ただ、颯介さえ良ければ……一緒にお風呂に入ってもいいけれど」

「へっ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 俺達は恋人同士だし、一緒に入ってもいいとは思うけれど、服や下着を纏っていないタオル1枚だけを持つ優那のあんな姿やこんな姿が、次々と頭の中に思い浮かんでしまう。


「颯介、顔が真っ赤になっているけれど」

「……色々と想像しちゃって。優那こそ、さっきから顔が真っ赤だよ」

「……あたしも想像くらいするもん」


 不機嫌そうな様子で頬を膨らませる優那。そんな彼女がとても可愛くて、俺は彼女の頭を撫でる。


「今でさえこんなに体が熱くて、ドキドキしているんだ。もし、一緒にお風呂に入ったら、確実にのぼせる気がする。だから、今回は1人で入るよ。もちろん、優那と入りたい気持ちはあるけれどさ」

「……分かった。あたしもどうなっちゃうか分からないし。今回は1人ずつ入ろうか」

「うん。ゆっくり入ってきてね」


 優那は俺にキスをして、1人でお風呂に入りに行った。

 その間、俺は優那の部屋でテレビを観ながらゆっくりと過ごすことにした。恋人の部屋で恋人がお風呂から戻ってくるのを待つというのも、なかなかドキドキするな。

 何かしようと思ったけれど、どうも優那のことが意識してしまって何もできない。とりあえず、ベッドにある抱き枕を抱きしめてぼうっとすることに。


「……いい匂いだな」


 普段、これを抱きしめて寝ているのか優那の匂いが香ってくる。そのせいもあって、より優那のことを考えてしまうけれど、何だか心地よい。それもあってか、ウトウトしてきて眠くなってきた。


「颯介、お風呂上がったよ」


 気付けば、桃色の寝間着姿の優那が部屋の中にいた。ボディーソープなのかな。優那から普段以上に甘い匂いがしてくる。


「早かったね、優那」

「……うん。お風呂の中で颯介のことを考えたら体が熱くなっちゃって。1人で入って正解だったかも。颯介の言うとおり、2人だったら絶対にのぼせて酷ければ溺れて死ぬ。いわゆる溺死ね」

「ははっ、そっか。じゃあ、俺もお風呂入ってこようかな」

「うん。ラベルを見れば分かると思うけど、白色のボトルがボディーソープで、青色がシャンプーだからね」

「分かった。行ってくるね」

「うん。あたしもここで待っているから。いってらっしゃい」


 俺は替えの下着や寝間着、バスタオルを持って浴室の側にある更衣室へと向かう。

 ついさっきまで優那がお風呂に入っていたからか、更衣室に入った瞬間にさっき優那から感じた甘い匂いがしてくる。


「あっ……」


 一部分ではあるけど、洗濯カゴに入っている優那の下着が見えてしまった。今日は黒い下着を着けていたのか、優那は。……これには優那の匂いがたっぷり付いていると思ったけど、さすがに手にとって嗅ぐことはしない。

 ドキドキながら浴室の中に入ると、ボディーソープの甘い匂いが強く感じられる。さっきまで優那がここにいたのだと思うと……ああっ。


「ダメだ! 早く髪と体を洗って、さっさと湯船に浸かろう!」


 ここに居続けたらのぼせてしまうだけだ。無心になれと念じ続け、髪と体を高速で洗い、湯船に浸かる。


「あぁ、気持ちいい……」


 さすがに、興奮よりも湯船の気持ち良さが勝った。お風呂は好きだし、湯船には長く浸かる方なのでそれが良かったのかも。


「これなら、優那と一緒にお風呂に入っても良かったかもな」


 きっと、かなり緊張してしまうんだろうけど、優那と2人でこうして湯船に浸かれば、今みたいにまったりとした気分になれたかもしれない。

 体が十分に温まったところで、俺はお風呂から出ることに。


「そういえば、今日ってどうやって寝るんだろう?」


 浴室から出たところでふとそんな疑問を抱く。

 優那はもちろん自分のベッドに寝るだろうけど、俺は……ベッドの隣にふとんを敷いて寝るのかな。それとも、あのベッドで一緒に寝ることになるのだろうか。恋人だし、それもあり得そうかな。

 そんなことを考えながら寝間着に着替えて、俺は優那の部屋に戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る