第1話『不機嫌な彼女』

 大曲さんと恋人として付き合いたい。


 その願いを叶えるためには、どうしても告白をしなければいけない。大曲さんが俺のことが好きであり、告白してくれる可能性もゼロではないけれど、自分から告白しないといけないくらいに考えておいた方がいいだろう。

 すぐに告白すべきか。

 それとも、大曲さんと色々と話す関係になってから告白すべきか。

 週末もそのことばかり考えていた。電話やメッセージで告白しようかとスマートフォンを何度も手に取ったけれど、告白するまでには至らなかった。



 4月9日、月曜日。

 今までは月曜日という曜日が一番嫌いだったのに、今は月曜日が待ち遠しかった。今日から授業が始まるけれど。

 これは高校生になったからだろうか。

 いや、大曲さんという素敵な女の子と学校で会えるからだろう。恋というのはとてつもないパワーを持っていると身を持って実感している。


「休み明けでも、真宮は何かをずっと考えているみたいだけど、何かあったのか?」


 そう言うのは、俺の前の席に座っている前川悠斗まえかわゆうと。高校に入学して初めてできた男子の友人である。優しい雰囲気に包まれた金髪の超絶イケメン君であり、別のクラスに中学時代から付き合っている恋人がいるとのこと。

 大曲さんのことが好きだと誰にも話していないけど、既に恋人のいる前川であれば、何かいいアドバイスをくれるかも。それに、俺のことを下手に言いふらさないだろうし。しかも、今は大曲さんや岡庭さんもいない。


「実は、俺……大曲さんに恋をしているんだ。入学式の日に一目惚れをした。告白しようかどうかずっと迷っているんだよ」


 俺がそう言うと、前川は静かに微笑んで、


「そうか。大曲さんは可愛らしい子だもんな。恋をしたら告白のことも考えるよな」

「だよね。だから、恋人のいる前川様に何かアドバイスを受けることができればと」

「様付けされるほどじゃないけれど……事情は分かった。一目惚れじゃなかったけれど、気付けば僕も奈々子のことが好きになっていたな」


 さすがに恋人の話になると、前川も幸せな表情を見せるんだな。


「そうなんだ。あと、恋人は奈々子さんって言うんだね」

「ああ。冨和奈々子ふわななこ。名前の通り、ふわふわした柔らかい雰囲気の可愛い女の子だよ。前にも話したと思うけれど、彼女とは同じ中学出身で今は1組の生徒なんだ」

「そうなんだね。前川の言う通り、名前を聞いただけで恋人さんがふわふわしているんだなって想像できるよ」


 その想像が合っているかどうか、実際に確かめてみたくなるな。

 ははっ、と声に出して笑う前川。


「近いうちに紹介するよ。きっと、その想像は当たっていると分かるから。それよりも、告白か。僕も奈々子へ告白したことをきっかけに、付き合い始めるようになったんだ。それまでも、奈々子は笑顔で僕に接してきてくれていた。いつしか、そんな奈々子のことを好きになっていて、勇気を出して告白したんだ」

「なるほど……」


 前川ほどのイケメンだと、相手から告白されて付き合うものだと勝手に考えていたけれど、実際は違うんだな。


「今の話を聞くと、親交を深めてから告白した方がいいのかな」

「まあ、僕の場合は出会ってから好きだと自覚するまでが結構長くてさ。自覚してからすぐに告白したから何とも言えないな。ただ、大曲とは普通に話せているようだし、親交を深めてからでもいいかもしれない。変に焦ると失敗するかも」

「確かに、それは言えているね。とりあえずは大曲さんと仲を深めて、頃合いを見計らって告白してみるよ」

「ああ、応援しているよ。ただ、そんな真宮に言っていいのか分からないけれど、大曲のことが気になっている男子が何人もいたり、気難しくてひねくれていたり……っていう話も聞いたことがある。一緒にサッカー部に仮入部した奴らの中に、彼女と同じ中学出身の奴が何人かいてさ」

「そうか。一筋縄ではいかないってことだね」

「そう考えておいた方が無難だろうな。何かあったら遠慮なく相談してくれ」

「うん、ありがとう」


 どうやら、俺は人望に恵まれているようだ。前川がこんなにも頼りになる人だなんて。応援してくれる彼のためにもこの恋を実らせたい。


「おはよう、真宮君、前川君」

「……おはよう」


 岡庭さんは彼女らしい柔らかい笑みを浮かべているけれど、大曲さんは何だか不機嫌そうだ。こういう表情を見るのは初めて。気難しくてひねくれ者という前川の言葉を思い出す。


「おはよう、大曲、岡庭」

「おはよう、岡庭さん、大曲さん。ええと……大曲さん。何かあった? 何だか不機嫌そうに見えますけれども」


 俺がそう問いかけると、大曲さんは鋭い目つきのまま俺の方を見てくる。丁寧な口調で訊いたのがまずかっただろうか。


「……月曜日が嫌だってだけ。ただ、今日は特に嫌な日になりそう」

「そ、そうなんだね」


 月曜日が嫌な人はもちろんいるよな。大曲さんが今日が特に嫌だと思うのは、今日から授業が始まるからなのかな。


「優那ちゃんの気持ちは分かるけれど、そのイライラを真宮君や前川君達にぶつけないように気を付けようね」

「……分かってる」


 はあっ、とため息をつきながら大曲さんは自分の席に座った。今日は告白はおろか、あまり話さない方がいいのかなと思うのであった。



 理由は分からないけれど、今日は岡庭さんと話すとき以外、基本的に大曲さんはご機嫌斜めのようで。それもあってか、何人かの女子生徒による大曲さんの陰口を小耳に挟んだ。それによると、中学時代は今日のように不機嫌そうな日が多かったらしい。

 好きな人に関するマイナスな言葉を聞いてしまうと、どうも気持ちがモヤモヤしてしまう。けれど、入学式の日、岡庭さんに向けた可愛らしい笑みが本当の彼女であると信じたい。



 放課後。

 前川は仮入部したサッカー部へ。これから部活だからか、いい笑顔をして教室を後にした。

 岡庭さんは1人で文芸部の見学しに行くとのこと。てっきり、大曲さんも一緒だと思ったけれど、彼女はもう入部したい部活があるのかな。

 俺は入りたい部活は今のところはないので、今日は真っ直ぐ家に帰るか。その前に自販機で缶コーヒーを買おう。外で買うよりも安いから。

 ブラックコーヒーを買って昇降口に向かうと、


「あれは……」


 大曲さんだ。彼女は電車通学だから、俺とは別方向なんだよな。

 真崎駅まで一緒に歩きたいけど、そんなことを言ったら彼女にどう思われるだろうか。今朝以上に不機嫌になってしまうかもしれない。今日は止めておいた方がいいかな。


「……あれ?」


 大曲さん、校門とは別の方向に歩いていくぞ。運動系の部活へ見学しに行くのかな。ちょっと気になるので、こっそりとついて行ってみるか。

 急いで靴を履いて、俺は大曲さんの後をついて行くことに。

 どこかの部活の見学に行くのかと思いきや、校舎の裏を歩いているからか段々と人気がなくなってきている。いったい、彼女の目的地はどこなんだ? そこには何が待っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、大曲さんは歩みを止める。

 大曲さんの立ち止まった先には、茶髪の男子生徒が彼女の方を向いて立っていた。かなりのイケメンだ。陰で様子を見守ろう。


「あなた? この手紙であたしをここに呼び出したのは」

「……ご名答」


 うわぁ、ドヤ顔で言うとは。イケメンなのは顔だけかも。あの男子生徒が胡散臭そうなのは分かった。

 もしかして、今朝から不機嫌そうな様子を見せたのは、呼び出しの手紙のせいだったのかな。


「それで、あたしに何の用? だいたい想像は付くけれど」

「単刀直入に言おう。僕は君のことが好きだ。一目惚れした。僕と恋人として付き合ってほしい。あと、君のような可愛らしい女の子は、僕のような容姿端麗な男と付き合うべきだと思うんだ」


 やっぱり告白だったか。最後の一言は余計だと思うけど。しかも、僕と同じく一目惚れだなんて。あの男子生徒に先を越されてしまった感じが半端ない。気付けば、両脚がガクガクと震えていた。

 大曲さんは今の告白にどんな返事をするんだろうか。凄く緊張する。


「そういうこと……か」


 大曲さんはそう言うと、


「あり得ない! あんたのような人と付き合うなんてあり得ないから。あんたみたいな自分最高な気持ちをひけらかす人間が一番嫌いなの。さっさと消えて」

「そんな……!」


 容赦ないな、大曲さん。

 あの男子生徒を振ったことにほっとしているけれど、言葉選びが凄すぎて、俺が言われているわけではないのに腰を抜かしてしまった。

 あのナルシスト系告白が癇に障ってしまったのか、大曲さんがとても恐い。


「言っておくけれど、今後、あたしと恋人になる可能性は一切ないわ。だから、しつこく付きまとわないでよね。そんなことをしたら先生達にすぐに伝えて、内容によっては警察に通報するから。あと、このことを誰かに言いふらしたりするのもしないでよね。こういう話が広まるのも大嫌いだから。まあ、そういう意味ではここに呼び出したことだけは褒めてあげる。それじゃ、永遠にさようなら」

「は、はい……」


 告白した男子生徒は憔悴しきった様子でその場に崩れ落ちた。大曲さん、容赦ねえ!

 大曲さんは物凄く不機嫌な表情を浮かべながらこちらに向かってくる。早く逃げないと、僕が見ていたことを彼女にバレてしまう。


「いたっ!」


 そうだ、俺は腰を抜かしているんだった! 体が思うように動かない! ううっ、腰を中心に痛みが。

 どうにかして大曲さんに気付かれずに、この場をやり過ごさなければ!

 とりあえず、俺は持っているバッグで顔を隠すことにした。


「ま、真宮君……」

「……えっ?」


 ゆっくりとバッグをどかすと、そこには怒っている様子で俺を見下ろす大曲さんが。


「……き、奇遇だね。大曲さん。こんなところで会うなんて。というか、顔を隠していたのにどうして俺だって気付いたのかな」

「痛いって真宮君の声が聞こえたから。それに、顔を隠すってことは……ここであたしと会ったのは絶対に偶然じゃないでしょ」

「……はい、そうです。あの男子生徒と何があったのかも知ってます」


 隠していてもしょうがないと思ったので、俺は正直に告白のシーンを見てしまったことを話した。

 すると、大曲さんは顔を赤くして、頬を膨らまし、


「人が告白されていたところを覗き見ていたなんて。真宮君もあり得ない! 最低! 絶対に許さないから!」


 俺にそう罵倒して足早に去っていった。そんな彼女の後ろ姿を見ていると、彼女と恋人として付き合うなんて夢のまた夢になってしまったなと思う。

 明日から大曲さんとどんな顔をして会えばいいのだろうか。彼女とは隣同士だし。


「とりあえず、家に帰って……これからどうするか考えよう」


 俺のせいで、大曲さんにとって更に嫌な日になってしまったと思う。

 告白されていたところを隠れて見たことを謝りたい。それだけは今の段階ではっきりとしていることだった。

 立ち上がることだけでも一苦労で。普段なら10分もかからない通学も、今回は30分以上もかかってしまったのであった。

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