第22話『続・甘美なるとき』
いざ、恋人となった優那と一緒に歩いてみると、緊張してしまってなかなか話しかけることができない。初めての恋人繋ぎをしているせいなのか。それとも、俺の自宅に向かって歩いているからなのか。
「……颯介の家に行くのはこれが初めてじゃないのにね。颯介と恋人同士になったからか、何だか緊張するよ。颯介と2人きりになりたいって言ったのはあたしなのにね」
「俺も同じような理由で緊張してるよ。今日は母親もパートで6時くらいまでは帰ってこないから、それまでは優那と2人きりかな」
「……そうなんだ。それはそれで緊張するけど、2人きりになれるのは嬉しい」
優那はにっこりとした笑みを浮かべる。本当に可愛い女の子を恋人にしたなと思う。そう思った瞬間、緊張が段々と取れてゆく。
そんな中、優那は俺から手を離すと、そっと腕を絡ませてきた。そのことで腕に柔らかい感触が。
「こっちの方がより颯介とくっついていられると思うんだけれど、お家に着くまでこれでもいいかな」
「もちろんいいよ。手を繋ぐ以上にドキドキするけれど、より恋人らしい感じがして好きになれそうだ」
「颯介がそう言ってくれて良かった。でも、確かに……颯介の言うようにこうしていると付き合っているカップルらしいよね」
「カップルか……いい響きだ」
カップルとなった相手が、俺にとって初恋の相手でもある優那だからとても嬉しい。
彼女に一目惚れをしてからおよそ20日。一時は優那とまともに話せなかっただけに、優那と恋人という関係になることができて本当に良かった。
「ねえ、颯介。家に行く前にあそこのコンビニで飲み物とお菓子を買おうよ」
「そうだね」
すぐ近くにあるコンビニでコーヒーや紅茶、優那が大好きだというチョコレートマシュマロを買った。
自宅に帰り、俺は優那を自分の部屋へと連れて行く。
今は午後4時過ぎだから、2時間くらいは俺と優那で2人きりでいられるのか。幸せを越えているけれど、幸せという言葉しか思いつかない。それが悔しかった。
「颯介の部屋に入るのは2回目だけれど、颯介の恋人になったからかこの前とは違う感じがする」
「そっか。俺は自分の部屋だから全然変わらないけれど、この前とは違って俺と優那しかいないからドキドキするかな。その優那も恋人になってくれたし」
「前に来たときは菜月さんもいたもんね。……あたしもドキドキしてきた」
「ははっ、ドキドキするよね。俺もいつかは優那の家に行きたいな」
「ぜひ来てよ! まずは今度のゴールデンウィークにでも。ただ、今日は颯介の部屋にお邪魔します」
そう言うと、優那は勉強机の側にバッグを置いて、クッションに正座する。ドキドキしてきたと言うだけあってか、この前来たときよりも緊張している様子。コンビニで買った紅茶をゴクゴクと飲んでいる。
俺もバッグを勉強机の上に置いて、優那の左隣にあるクッションに腰を下ろした。コンビニで買ったブラックコーヒーを飲む。
「颯介が左隣にいると学校にいるときみたい」
「確かにそうだね」
「でも、とても落ち着けて好きだな。コーヒーを飲む颯介もかっこいいし」
「それは嬉しいな。俺も右隣に優那がいると落ち着くよ」
「……嬉しい。ずっと、颯介がこうして隣にいてくれるといいな……なんてね! マシュマロ食べよう!」
優那はさっき買ったチョコレートマシュマロの袋を開けるけど、勢いよく開けてしまったからか、中身を思い切りぶちまける。
「ご、ごめん!」
「気にしないで。俺もそういうことあるよ」
個別包装しているもので良かった。ポテチとかだったら悲惨な事態になっていた。
俺は拾ったマシュマロのうちの1つを食べてみる。
「うん、美味しいね」
「でしょ? あたし、このマシュマロ大好きなんだ。紅茶にも合うし。……うん、美味しいなぁ」
マシュマロを食べている優那、とても幸せな表情をしている。大好きだからか、今度は2個同時に食べているよ。今の優那の頬をつねったらきっと柔らかいんだろうな。
「どうしたの、颯介。あたしのことをじっと見つめて」
「マシュマロがとても好きなんだなと思って」
「うん! でも、颯介の方がもっと好き」
「嬉しいけれど、マシュマロと比べられてもなぁ」
「いいじゃないの。どっちも好きなんだから」
そう言って、優那は俺にキスをしてくる。そのことでチョコレートマシュマロの甘い匂いが。中学のとき、恋人のいる友達から「キスは甘酸っぱいレモン味だぜ!」と自慢されたけど、俺の場合はキスの味は甘いチョコレート味になりそうだ。
「ねえ、颯介。今度は颯介からキスしてほしいな。あたしからしたキスよりも凄いものを」
「凄いものって、例えばどういう感じ?」
俺がそう問いかけると、優那は顔を真っ赤にして不機嫌そうな様子を見せる。
「そ、それをあたしに言わせるの? 恥ずかしいから敢えて具体的に言わなかったのに」
「ごめんね。じゃあ、自分で考えてみて、俺なりに凄いキスをしようと思う。それでいいかな」
「……うん、分かった。楽しみだな」
優那はゆっくりと目を閉じて俺からのキスを待つ状態になる。今の優那もとても可愛い。彼女は俺に期待して凄いキスをお願いと言ってくれたのだから、しっかりと考えて優那と凄いキスをしよう。
俺は今一度、優那のことを優しく抱きしめて彼女にキスをする。自分からするキスもいいな。
唇を重ねるだけでは、これまで優那からしてくれたキスと変わらない。俺が思いつく凄いキスというのはこれしかなかった。
「んっ……」
そう、舌を優那の口の中に入れて、彼女の舌と絡ませること。そのことで、優那の飲んだ紅茶や俺と食べたチョコレートマシュマロの味がしっかりと伝わってくる。しばらくの間は、この2つを口にしたら今日のことを思い出しそうだ。それにしても、優那の漏らす声は可愛らしい。
少しの間、そんなキスをした後にゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりとした様子の優那がいた。そんな彼女はいつもよりも大人っぽく感じられて。
「……やっぱりキスっていいね、颯介。ドキドキできて、気持ち良くなって、温かい気持ちになれる。あと、あたしが考えていた凄いキスってこれなんだよ」
「そっか。当たって嬉しいな」
ただ、さっきの凄いキスを言葉で説明するのは俺も恥ずかしいな。だから、恥ずかしそうにしていた優那の気持ちが今では理解できる。
「ふふっ、舌を絡ませてきたとき、ドッキリしちゃったんだ。あたしと同じだって。だから、声が漏れちゃったよ。あぁ、恥ずかしい」
「そう? 可愛くて良かったけれど」
「……そう言われると、ますます恥ずかしくなるよ。可愛いって言ってくれて悪い気はしないけれどね! 本当に颯介と2人きりで良かった。じゃあ、あたしからも凄いキスをするね」
宣言通り、今度は優那の方から唇を重ねてきた。
さっきと同じように俺の舌を絡ませてくるけれど、俺からのキスでスイッチが入ったのか、さっきよりも舌の絡ませ方がかなり激しくなっている。強引さも感じられるけれど、不快な気持ちは全く生まれず、むしろ気持ち良く思えるほどだった。優那とここまでする関係になったんだなぁと感慨に浸ってしまうくらい。
少しの間、そんな凄いキスをして優那の方から唇を離すと、彼女はやってやったぞと言わんばかりの満足そうな表情を浮かべていた。
「どんどん欲が出てきて止まらなかったよ、颯介。激しくしちゃった」
「激しかったねぇ。でも、相手が優那だからキスをしっかりと受け入れられたし、可愛いなって思えた。何よりも優那が好きだって思えた。あと、今のキスも凄かったけど、俺はキス自体が凄いことだって思っているよ」
「それ言えてる」
おかしかったのか、優那は大きな声で楽しそうに笑った。それにつられて俺も声に出して笑う。彼女と一緒にこうして笑っていられることが嬉しいな。
「あぁ、久しぶりにここまで大きな声で笑った気がする。キスして笑ったら、疲れて眠くなってきちゃった。昨日は、あたしの勘違いで全然眠れてなかったし」
「じゃあ、少しの間でも俺のベッドで寝る?」
さらっとそう言ってしまったけど、自分のベッドで寝るかと言ってしまって良かったのだろうか。いくら恋人になったとはいえ。
「今寝たらもったいない気もするけれど、颯介の匂いを感じながら寝るのもいいかもね。そのご厚意に甘えて、30分くらい寝ようかな」
ドキドキする俺とは対照的に、優那は楽しげな様子のままで俺の提案を受け入れてくれた。
「わ、分かった。俺はずっと起きているけど、一応、俺のスマートフォンで目覚ましをかけておくよ」
「ありがとう。じゃあ、お邪魔しまーす」
優那が俺のベッドに入り、俺の方を向いた状態で横になる。まさか、恋人の優那が俺のベッドで眠るときが来るとは。夢とかドッキリなんじゃないかと思ってしまう。
「ねえ、颯介」
「うん?」
「……あたしが寝ている間に何かしようって考えてる?」
「眠たそうにしているんだし、優那の睡眠を邪魔するようなことはできないよ。ただ、そうだな……せいぜい優那の寝顔の写真をスマホで撮るくらいかな」
「ふふっ、颯介らしい。でも、颯介からなら大抵のことだったら何をされてもいいと思っているよ。あなたはあたしの大好きな恋人だもん。もちろん、暴力とかはダメだけれどね」
「暴力はしないって。優那が悲しむようなことは絶対にしないから」
「……分かってるよ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、優那」
恋人らしく優那に口づけをすると、優那は嬉しそうな表情を浮かべながらゆっくりと目を瞑った。それから程なくして寝息を立て始める。
忘れないうちに30分後にアラームが鳴るように設定し、優那の寝顔の写真をスマートフォンで撮影した。
「やりたいことはもうやっちゃったな……」
優那が起きるまでの間、何をするかな。明日までにやらなきゃいけない課題もないし、漫画とか小説を読む気にもならない。
「んっ……」
優那の声が聞こえたかと思ったら、それまで横向きだった寝相が仰向けに変わる。気持ち良さそうに眠っているのはいいけれど、無防備すぎやしないだろうか。俺と2人きりだし、俺になら何をされてもいいと考えているからかな。
「何をされても……」
学校のスカートだからか、太ももの辺りまで見えているし……ダメだダメだ、スカートをめくるなんてことをしてはいけない。俺が優那にすべきことは、彼女が風邪を引かないようにふとん掛けてあげることだ。
めくれていたふとんを優那の胸元辺りまで掛ける。
「そういえば……」
胸元で思い出したけど、俺が優那に告白したときに、優那は小春の方が胸は大きいとか言っていたな。
でも、優那が腕を絡ませてきたり、抱きしめたりしたときに柔らかい感触を感じた。それが胸によるものなら、俗に言う貧乳と言うほどの小ささではないはずだ。その真偽を確かめたくなる気持ちもあるな……って、
「俺という奴は……」
何てことを考えているんだ。いくら恋人になったとはいえ、優那の胸のことをこんなにも深く考えてしまうなんて。
ただ、それでも気になってしまうな。ちょっとでも優那の胸に触れれば、真実が明らかになってこの感情は収まるのだろうか。
そうだ、優那は寝る前に暴力さえしなければ、俺なら何をされてもいいと言っていた。俺のことを大好きな恋人とも言っていたんだ。よし、それらの言葉に最小限甘えることにしよう。
――つんっ。
右手の人差し指で、優那の右胸を軽く押してみた。うん、優那にも胸の膨らみがちゃんとあるじゃ――。
「颯介のえっち」
「うわあっ!」
パッチリと目を開けて言われたのでとても驚いた。胸をつんとしたことは眠りを邪魔してしまうことだったのか。
優那はゆっくりと体を起こして、ニヤニヤとした表情で俺のことを見る。
「なあに? あたしの胸が気になっちゃった?」
「……うん。前に小春の方が胸は大きいと言っていたから、優那ってそんなに胸が小さいのかなって考えた末に、俺になら何をされてもいいという優那のさっきの言葉に甘える形を取りました」
「なるほどねぇ。それで胸につん、ってやったんだぁ」
「うん。本当に申し訳ない」
俺は優那に深く頭を下げる。恋人になったとはいえ、寝ている女の子の胸に触れてしまったのだから。
「ふふっ、このくらいのことはいいって。颯介だもん。真面目な颯介でもあたしが眠っていれば何かしてくるんじゃないかって思って、寝たふりしていたの。まあ、眠たいのは本当だけれどね」
「そうだったのか……」
優那の予想通りってことか。
ゆっくりと頭を上げると、そこにはさっきよりも更にニヤニヤしている優那が。
「それにしても、あたしの胸の大きさが気になったんだぁ。颯介だからいいけれどね。むしろ、そういう気持ちをあたしに抱いてくれて嬉しさもあるよ。もちろん、他の女の子に同じようなことをしたら許さないけれど。一発、みぞおちに拳を入れてやる」
「そ、そうでございますか。気を付けます」
恋人になるって凄いことなんだなって思ったけれど、今の俺の行為を許してくれたのはきっと優那だからこそなんだろう。あと、他の子にはしないように気を付けなければ。
「正解を言うね。あたしの胸はBカップ。最近になってようやくAカップを脱出したんだけどね。個人的にはもう1サイズ大きいCカップになりたいかな。あたしの胸事情を知ったんだから、恋人の颯介には胸が大きくなるために協力してもらおうかなぁ」
「俺にできる範囲で頼むよ」
「うん。今の言葉、忘れないからね。ちなみに、小春はDカップって本人が言っているけれど、あたし的には絶対にEカップだと思うんだよね。どっちにしてもあの大きさは羨ましいって思ってる」
「そ、そうなんだね」
優那はBカップなのか。Bカップはあの柔らかさなのか。心地よかった。
あと、小春にはEカップ疑惑があるのか。もし、優那の推理通りだったら姉ちゃんと同じということか。何にせよ、小春の胸の大きさについては忘れなければ。その自信はあまりないけれど。
「寝たわけじゃないけど、体をリラックスさせた状態で目を瞑っていたら、眠気や疲れは結構取れたよ。颯介の匂いも堪能できたおかげでもあるかな」
「体が楽になったんだったら良かったよ」
「うん。ありがとね、颯介。……大好き」
優那は俺を抱き寄せた流れでキスをしてくる。まだ慣れないけれど、キスをすると温かい気持ちで心が満たされていく。これからも、優那とはそういう関係でいられるように頑張らないと。
その後、日が暮れるまで、俺は優那と2人きりで愛おしい時間をゆったりと過ごすのであった。
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