天才魔法学者は中二病 ―天才魔法学者と入れ替わりで異世界行ったら、患ってた中二病が治りました―

千田すだち

第一章 異世界交換留学編

第1話 魔法が使えるようになりました?

 白い床に、所々に観葉植物が飾られている。建物の中心は吹き抜けになっていて、ショッピングモールのような作りだ。


 すると、まるでこれから嵐が起こるかのような生ぬるい風が吹き抜ける。

 中にいる人間の殆どは高校の制服のような衣類を着用している事からわかるように、ここは学校だ。その中の一人の男子生徒を数人の生徒が取り囲んでいると、その男は不敵な笑みを浮かべた。

 男はおもむろにかがんで、手のひらを白い床にそっと置いて呟いた。

 

「抑えていた『常闇の能力ちから』を解放する」


 その男がそう言うと巨大な魔法陣が床に出現する。魔法陣の中心に穴が空き、そこから現れたのは紛れもない『悪魔』だった。


 全長3メートル程で背中には翼が、頭には禍々しいツノが生えている。血のような真っ赤な瞳で周囲を睨みつけている。


 『悪魔』は威嚇するかのように吠えた。


「グァァァァ!!!!」


 吹き抜けになっている広いフロアに、不気味な咆哮を聞きつけた生徒が集まりだして、人だかりが出来ている。中心にはこの悪魔を召喚した男と、へたり込んでその男を見上げている怯えた男だ。


「ち、ちょっと待ってくれ……俺をこ、殺したらお前は刑務所行きだぞ! ――」


 この状況でも、怯えた男は命乞いをしなかった。それは勇気ある行動なのか……それとも愚かな行動なのか。


「交渉のつもりか? 貴様は状況を理解出来ていないようだな……これから死ぬ貴様には、俺の事はどうでもいい事だろう? それよりも少しは自分の心配をしたらどうだ?」


 その男は不敵に笑い、怯える男を殺そうとする。その時ひとりの美少女が叫んだ。


「ダメだよ! エディ。私は大丈夫だから……そんな事はしないでお願い!」


しかしエディと呼ばれたその男は、彼女の制止に耳を貸さずに怯えた男に魔法の詠唱を始めた。


 辺りがドーム状の光に包まれ、周囲で激しい放電現象が始まった。『怯えた男の』顔はみるみるうちに恐怖の色に染まる。そしてその状況を見て、集まっていた生徒は避難を始めていた。


『その男』が突き出した掌から魔方陣が重なり大きく展開し始めた。


「やめろ……やめてくれぇぇぇ!!」


 辺りは真っ白い光に覆われた。


 










  ――時は少し遡る――




 風が頬を優しく撫でていく、高校の授業も終わり自宅に帰る途中の穏やかな陽射しは、まるで複雑に絡まった心を解いていくようだ。辺りは桜の花弁が雪のように舞っている。

 アスファルトに敷き詰められた、桜の花弁の絨毯を踏みしめながら、鷹咲一矢たかさきかずやは空を見上げた。


 反吐がでる程に平和だ……。


 平和が悪いという訳では全くない、むしろ素晴らしい事だ。大衆の多くは平和を望むものだからだ。


 しかし生まれながらにして、平和を享受している事に疑問を感じる。自分で手に入れたものではないからだ。


 人は苦労して手に入れたものの方が大切に出来るはずだ。


 だから自分で手で入れたいと願っているのだ。

 しかし、現代における血みどろの戦争をしたいという危険な思想を持っている訳ではない。



 求めるのはそう……。



 ファンタジーなのだ!



 突如現れた魔王が世界征服を目論み、街の外では凶暴なモンスターが暴れまわり、モンスター討伐のクエストをギルドから受注して金を稼ぎながら魔王を倒す旅に出る。


 旅の途中で出会った、ロリ巨乳の妹属性魔法使いや、悶絶セクシーお姉さん属性ヒーラーや、ちっぱい幼馴染属性エルフの狩人を仲間にし、船を手に入れて世界中の……船酔いするから船はやめとこう。


 それから危険なダンジョンの探索して、伝説の剣を手に入れ、魔王を倒し富と名声を手に入れるハーレム大冒険。


 そんな世界を夢見て、毎日ゲームをプレイしてはファンタジー系アニメを観ている。しかしやはりそれだけでは物足りず、秘密のノートに自分で考えた魔法やスキルのアイデアを書き込み、魔法を撃つ練習を日々重ねている。


 鷹咲一矢は、中二病を患っていた……。


 だがそこまで症状は進んでいない、俺はまだ自分が中二病に侵されてる事を自覚している。完全な中二病は自覚症状がない……筈だ。


 実際行動に起こしているのは、学校にグリモワール(魔導書)を鞄に忍ばせ登校している程度のものだ。


 周りに誰もいない事を確認してから、おもむろに鞄から5か月間試行錯誤して自作したグリモワールを手に取り、その出来映えを眺めながら思わず頬が緩む。


 感慨深いな、本当に苦労したぜ。ネットで本の作り方を調べて、紙を古く見せるため1枚ずつコーヒーに浸して乾かして、カバーに古着の合皮を縫い付けたり……夜中自分で考えた詠唱文と魔法陣を書いてる時は、母さんに勉強してると勘違いされたな。


 悪いが母さんの期待通りにはならん……。


「マジでかっこいいな……」とニヤニヤしながら呟いた……そろそろ腕にボロボロの包帯を巻いてもいい頃合いかも知れないな…ふふふ。


 この考えで、一矢の中二病の症状が次の段階に進んだ。そろそろ末期を迎える事に本人はまだ気付いていない。


 少し気分が良くなり、再び周りを見渡し誰もいない事を確認して深呼吸をした。


 グリモワールの黒炎魔法のページを開き左手に持ち、右の掌を真っ直ぐ前に突き出し唱えた。


「我が盟約に従って命ずる、地獄の炎を司りし魔界の神よ。邪悪なる漆黒の炎を持って全てを焼き尽くせ。我が名は鷹咲一矢なり。ダークネスフレアバーストおおおおおお!」



 「……………………」



 これで本当に炎が出て来てくれたら最高だな、次は聖剣エクスカリバーでも作ろうかな……と考えていたその時だ。


 突然空間が歪んだ、そして青い火花がバチバチと音を立てて弾け飛んだ。


「何だ……これ……」


 一矢の目の前に直径10㎝程の真っ黒な穴が、ぽっかりと空いている。

 その穴は徐々に大きくなり始め、眩い光と共に破裂音が鳴り響いて、次第に目の前が白くなっていった。


 視界が徐々に戻ってくると、真っ黒い穴は直径1m程の大きさになっている。


 余りの驚きに尻餅をついて声も出なかった。

 今起こっている現象は勿論の事、ついに魔法を使えるようになったと自分でも驚愕していた。

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