第4話 テロ対策委員会

「ちょっと話があるんだけど、一緒に来てくれないか?」


 可愛いんだけど、何か高圧的な態度だな……怖いんですけど。


「いやあの、実はこれから昼食を取ろうと思ってまして……少し忙しいのでまた今度という事でもよろしいでしょうか?」


「逃げようったってそうはいかない! テロ対策委員会室まで来てもらう」


 わかった、あれだ。今朝ラルフが言ってた『あの女』だこいつ……名前それとなく聞いとけばよかったな。

 でもさっきフルネームで呼んでたし、恐らくそんなに親しい関係じゃないかも知れない。覚えてないフリして情報を引き出してやる。


「えーと、どちら様でしたっけ……?」


「くはぁっ……忘れてしまったというのか!? この私を……随分な扱いだな。まぁいい、私はテロ対策委員のダイアナ・クローバーだ、よく覚えておけ」


「やだなぁダイアナさん、冗談ですよ。でも忙しいのでお話はまた今度にして下さい。それではまた」


 完璧だ……冗談を交えながらも名前を聞き出した。俺って意外と策士だったんだな、ふふチョロいもんだ。


 一矢はダイアナを躱しその場を立ち去ろうとしたその時、目の前を腕が通り過ぎ、大きな音がした。


  ……壁ドン! 初めて壁ドンされた! 何だろう少しドキドキする……女子の気持ちが何となくわかってしまった。


「随分ナメた態度取ってくれるな……本当に逃げ切れるとでも思っているか……?」


 怖い怖い、何なのこの人!? 見た目と全然違うじゃん、これはとても逃げられる状況じゃなさそうだ。


「わ、わかりました。言う事聞きますからそんな怒らないで……それと教室から鞄取って来ていいですか?」


「じゃあ一緒に行ってやろう。鞄を取ったらテロ対策委員会室に向かう。事情は着いてから話す」


 用心深いな、それより自作グリモワールが誰かに見られたら非常にまずい。


 はぁ……昼飯も抜きかぁ。結局面倒に巻き込まれたしマジで初日から最悪だ。


 一矢はダイアナに付いて行く事になった。エレベーターに乗り39階で降りると、そこはあまり生徒もいなく教室のあった32階とはまた違う雰囲気だ。

 通路を少し歩くとセキュリティゲートがあり、そこでダイアナからゲスト用のIDカードを受け取り、カードを機械にかざしてゲートを通ると、『Counter Terrorism Committee』と書いてある自動ドアがあった。


「カウンター……テロリズム……コ……」


 一矢が読み方に苦戦していると、ダイアナさんが教えてくれた。


「カウンターテロリズムコミティ。そのままテロ対策委員会って意味だが、デルクス語は苦手なようだな。デルクス語に言語翻訳魔法が機能しないのは本当不便だ」


 中に入ると1階にあったようなエントランスホールがある。天井も高くやたら広い。ホールを抜けると吹き抜けになっているオフィスだ。


 沢山の生徒が忙しそうに、何やら作業をしている。コンピュータが沢山あって、壁には大きなディスプレイがいくつもかかってる。


 秘密基地みたいなオフィスだ。

 少し歩くとガラス張りの個室に通された。


「この部屋で待っていてくれ、すぐ戻る。そうだ何か飲むか?」


「はぁ……じゃあコーヒーでいいです」


「わかった持ってこさせる、待っていてくれ」


 ダイアナが部屋を出るとガラスが曇って外の様子が見えなくなった。


 ここ本当に学校だよな……。


 部屋には大きめテーブルと椅子が6脚、壁には大きなディスプレイがかかってる。


 ここに連れてこられた理由って、やっぱり結界解除装置の件だよな。


 一矢は適当に椅子に座って待っていると、約束通りダイアナはすぐ戻って来た。しかし他に見覚えのない生徒が2人いる。


 その2人は一矢の対面に座り、ダイアナは立ったまま腕を組んで紹介してくれた。


「彼女の事は知っているか? うちの委員会の情報分析担当のシロエと、こちらは学園安全保障委員会のグレイスだ」


「エディさんとはあまり話した事ありませんでしたね。わざわざご足労頂きましてありがとうございます。改めましてシロエ・オルセンです。どうぞよろしくお願いします」


「初めまして、私は学園安全保障委員会のグレイス・アーガイルと申します。エディさんのお噂は聞いています、よろしくお願いします」


「いえ、ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 ダイアナとは対照的に2人の対応はとても丁寧で、一矢は思わず姿勢を正して頭を下げた。


 助かった。また名前聞き出す所からかと思っていたから本当に助かった。

 てかシロエさんって、今朝アリスちゃんが友達だって言ってた人だよな……テロ対策委員だったのか……だからラルフはあの時……なるほどな。


「早速話したい事がある、エディ・クーパー。実は昨日学園安全保障委員会の備品室から、学園内使用可能なレベル4の結界解除装置が何者かに盗まれた。あれは危険なものだ、すぐに回収しないとならない。そこで君に捜査協力を依頼したい」


「何で俺なんだよ? こんなに優秀そうな委員会の人が大勢いるのに。俺は、その……必要ないか……と思うんですけど……」


 めっちゃ睨んでくるんですけど、怖いんですけどダイアナさん!


「結界解除装置は、学園安全保障委員会で厳重に保管していました。セキュリティも万全でしたが……これはこちら側の落ち度です。弁明のしようもありません。本来なら風紀委員会と協力して捜査するのですが……盗まれたのはレベル4の結界解除装置です。魔法でのテロ攻撃に使われる可能性が高い……そこでテロ対策委員会が指揮を執る事になりましたが、1年前のテロを食い止めたエディさんにも捜査協力をお願い出来ないかと思いまして……」


 グレイスは悔しさに顔を歪め、申し訳なさそうに言った。


 あの時エディの言った『それなら安心して任せられます』ってこういう事だったのか!


 あの時国家の機密に関わる仕事とか何とか嘘ついたのがいけなかったんだな……俺が優秀で自分の代わりが務まるとか思っちゃったんだろうな……。


 出来るわけないじゃん! 嘘つくんじゃなかった、俺のバカ!


「あのテロ攻撃を食い止め、この学園で最も魔法に精通しているエディさんなら、テロに使われる魔法に対処して、テロ攻撃を未然に防げるのではないかと私どもは考えています。ご協力頂けないでしょうか、お願いします」


 シロエは丁寧に頭を下げた。それに習いグレイスも頭を下げた。対照的にダイアナは立ったまま横目で一矢を睨み、高圧的な態度を変えない。

 

 この女……これが人にものを頼む態度かよ。と言っても俺が何か偉そうに言える立場じゃないんだけど……俺、偽物だし。


 これは断る事も出来なそうな案件だな。しかし何をすればいいかもわからない。


「でもどうして結界解除装置が盗まれたら、テロ攻撃に繋がるんだよ。そんな事まだわからないだろ? 魔法の実験に使うとか、他の可能性もあるんじゃないか」


「ふざけているのか、それとも魔法学者様は世間知らずなのか? 学園内使用可能な結界解除装置だぞ。外部に持ち出しても使えないんだから、学園内での使用目的と考えるのが妥当だろう。しかもレベル4だ、レベル3以上の魔法は殺傷能力のある魔法ばかりだ。それに魔法の実験に使うのなら、学園に許可を取れば実験室が使える」


「まぁまぁダイアナさん、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。頼んでいるのはこちら側なんですから」


 シロエさんがダイアナさんをなだめてくれて助かった。俺、このダイアナって人苦手だ。


「ごめんなさいエディさん、でも確かにダイアナさんの言う通りなんです。レベル3以上の結界解除装置が盗難にあった場合、殺傷目的で使用される場合が殆どなんです」


 シロエさんは丁寧に説明してくれた。その後グレイスさんの補足が入る。


「結界解除装置が保管してあった部屋の前の監視カメラの映像をチェックしたのですが、映像に一部欠損している箇所がありました。今、監視カメラの映像の復元を試みています」


 一矢もやっと事態が飲み込めてきた。人生で本当にテロに巻き込まれる日が来るとは思っていなかった。そしてグレイスさんは、さらに続ける。


「学園安全保障委員会の備品室に入るには、生体認証が必要です。だから……その結界解除装置を盗み出すには、内部に手引きしている者がいるか……もしくは犯人がうちの委員会に紛れ込んでいる可能性が……」


「まぁそういう訳だ。学園安全保障委員会の誰かが関与している可能性は高い。内部にテロリストがいる疑いがある以上慎重にならざるを得ない。それにテロリストはレベル4の結界解除装置を持っている。だから君に助けを求めた訳だ……嫌でも協力してもらうぞ」


 ダイアナさんは依然高圧的な物言いだが、事情は大体把握出来た……誰か助けて下さい。


 一矢がそう思った瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。救世主が来た……きっと神様が俺を助ける為に遣わしてくれたんだ!


「失礼します」


 部屋に入って来た救世主は……コーヒーだった。


 しかもブラックかよ!


 

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