第5話 物語はリアルタイムで進行する?

 苦手なブラックのコーヒーを1口飲んで一矢は考えた。


 ただの中二病である俺にそんなに期待されても困る……情けないが、当然考える事は『どうやってここから逃げるか』その1点に尽きるんだが……。

 しかし状況はやはり厳しいといえる、ここまで追い込まれると逃げ場はないか。


 観念して一矢は了承する事にした。


「わかった協力しますよ……それで俺は何をしたらいいんです?」


「これから一緒に学園安全保障委員会の備品室に向かう。昨日風紀委員の鑑識に調べてもらったが、現場を見ておきたい。それに天才魔法学者の君なら何かわかるかも知れないしな」


 天才だってさ……またハードル上がってるじゃねぇか。


「ダイアナさんと一緒にですか……?」


「当たり前だろう、私は現場責任者だ。文句でもあるのか?」


 当然ある……あるに決まってるだろ。この人怖いもん苦手だもん、でもそんな事言える訳もない。


「いや、そんな事ないですよ……でもお昼休みももうすぐ終わっちゃうじゃないですか? なので授業が終わってから……」


「大丈夫ですよ。今回は学園の非常事態なので、エディさんの授業は振替で受ける事が出来るよう、テロ対策委員会から申請しておきますので安心して下さい」


 シロエさんの親切が全然嬉しくない……。


「あの、もしかして皆さん今日は朝から授業受けてないんですか?」


「そうですよ非常事態ですから。それに大半の授業は免除されてますからね。でもテロ対策委員会が指揮を執る事に風紀委員長が反対して、会議でうちの委員長と揉めてしまって……要するにメンツ争いってヤツです。それで捜査が大幅に出遅れてしまったんです……おかげでこっちはいい迷惑ですよ。それでダイアナさんもピリピリしているんです」


「余計な事は言わなくていいシロエ、それで監視カメラの映像を復元するのに後どれくらいかかる?」


「暗号化されている映像データの解析はもう少し時間がかかります。何かわかり次第連絡します」


 シロエの話にグレイスが続く。


「私はこれから学園安全保障委員会のシステムにもう1度アクセスして、映像に細工したコンピュータの使用者IDを割り出します」


「わかった。それからシロエ、魔導工学を専攻していて魔力増幅装置を自作出来る生徒をピックアップしておけ。それとハーネスに特殊戦術部隊の編成をしておくように伝えてくれ」


「わかりました、ハーネスさんに伝えておきます。生徒のリストは後で手帳に送っておきます」


 ダイアナはシロエとグレイスに的確な指示を出し、二人は一矢に軽く会釈をしてから部屋を出て行った。


「それじゃ行くぞ、期待を裏切るなよ? 天才魔法学者」


 そう言った後ダイアナはニヤリと笑って見せたが、一矢は愛想笑いしか出来なかった。


 ダイアナとシロエのやり取りを聞いて、昔流行った海外ドラマを一矢は思い出していた……1日中寝ないでテロリストを捕まえるブラックな職場を描いた海外ドラマの事を……。


 ダイアナに付いて部屋を出ると、誰かが近付いて来る。


「ダイアナ! 捜査状況を報告しろ!」


 怒鳴り声が響いてから、ダイアナは聞こえないように舌打ちをした。


「コーネル委員長お言葉ですが、まだご報告出来る程捜査が進んでいません。うちの主導になったのはついさっきですから」


 ダイアナが嫌味を込めて反論すると、コーネル委員長の不機嫌な顔がさらに不機嫌になった。


「じゃあ、そこにいる男は誰なんだ! 聞いてないぞ」


 コーネル委員長は一矢に指をさした。


「当たり散らさないで下さい、彼はエディ・クーパーです。先程の会議で彼に協力を要請するとお話したはずですが、お忘れですか?」


 ダイアナはわざと火に油を注ぐような言い方をしている、気まずい雰囲気だ。


「そんな事はわかっている! 報告がないと言っている!」


「初めまして……エディ・クーパーです」


 最悪の雰囲気の中、一矢は恐る恐る小声で挨拶をするとコーネルは横目で一矢を一瞥した。


「ふん、魔法学者だか何だか知らないが、素人に協力要請とは情けない話だ。とにかく些細な事でも報告しろ! わかったな」


 かなり感じ悪い人だ、ダイアナさんの比じゃない。こんなのが上司だったら最悪だ。


「申し訳ありません。これから学園安全保障委員会室に行きますので失礼します」


 ダイアナが冷たく言い放ち歩き出した。一矢は軽く会釈をしてダイアナに付いて行く。

 テロ対策委員会室を出た所で、一矢は沈黙に耐えきれなくなった。


「コーネル委員長っていつもああなんですか?」


 歩きながら一矢は質問した。


「すまない、余計な気を使わせて。私がコーネルに嫌われているのは確かだ、もちろん私も嫌いだけどな。今日はそれ以外にも理由がある」


 一矢はシロエが言った事を思い出した。


「確か、風紀委員長と揉めたんでしたっけ?」


「そうだ、コーネルとラギアスは犬猿の仲だからな」


 黙って聞いていると、ダイアナは一矢を横目で一瞥してから話を続けた。


「今朝の会議でラギアスは『この事件は自分達の管轄だ』と主張したらしいんだがコーネルが『これはテロ攻撃の前触れだから、うちが指揮を執る』と反論して、コーネルは今日中に解決してみせると啖呵を切ったらしいんだ」


「それで焦ってる訳か……」


「その通りだ、委員会在籍中に手柄を立てるとその分将来の出世に繋がるからな。それにしても迷惑な話だ」


 この人はこの人で色々抱えてるんだな、何か少し誤解してたかも知れない。


「愚痴を言った……悪かったな」


 ダイアナは照れているのか一矢と目を合わせずに謝罪をした。


「いえ、大丈夫です」


 2人はエレベーターに乗り、学園安全保障委員会室のある38階で降りた。


 もはやお約束になりつつあるセキュリティゲートを通り、学園安全保障委員会室に着いた。すんなりゲートを通れたのは、グレイスが手配してくれたおかげだ。


「ダイアナさんとエディさんですね? グレイスから聞いております。学園安全保障委員会のマーギアです。備品室はそのままの状態で保存してあります。ご案内しますのでこちらへどうぞ」


 マーギアの案内で備品室に向かう。


「ありがとう、マーギア。それから昨日結界解除装置が盗まれた時間の全員のスケジュールを見せてくれないか?」


「はい、ご用意します」


 長い通路の先に備品室があった。備品室の前は『キープアウト』とデルクス語で書かれたテープで封鎖してあった。


 刑事ドラマで見るなこれ、何かちょっと楽しくなってきた。


「こちらです、少々お待ち下さい」


 そう言うとマーギアさんはドアに掌を当てると、描かれた魔法陣が光りだした。


 これが生体認証なのか、カッコいいな。


 その光景は一矢の中二心をくすぐった。


「どうぞ解除されましたので中にお入り下さい」


「ありがとう」


 ダイアナは礼を言って中に入る。一矢もそれに続いた。


 マーギアは魔法手帳を出して、誰かに連絡をしてさっきダイアナに頼まれた『スケジュール』を用意するよう頼んだ。


「この備品室には、全委員が出入り出来るのか?」


 備品室を見渡しながら、ダイアナが尋ねる。


「いえ上級委員のみで、委員長の許可があれば警備係同伴で入れます。退室する時は警備係のボディチェックがあるので、結界解除装置は簡単に持ち出せません」


「なるほど、ありがとう」


 ダイアナは備品室の中を念入りに調べているが、特に目立った物はなさそうだ。


 薄めのノートパソコンくらいの大きさのものが、規則正しく並んでいるが一つ欠けているようだ。恐らくこれがレベル4の結界解除装置なのだろう。


「ん? これは……ハードケースか。鑑識で採用されてるタイプだな。忘れ物じゃないのか?」


 ダイアナがマーギアに尋ねる。


「そうみたいなんですが、私達は勝手に触ってはいけないと思いまして、一応そのままにしてあります」


「中を確認するぞ」


「はい、好きにして下さい」


「中は『顕微鏡』『検査薬』……他も鑑識に使う道具だな。どちらにしても関係ないか……」


 ダイアナは難しい顔をしてハードケースを閉め、引き続き備品室を調べ始めた。


「鑑識が入った後だからな、私が調べても何も見つからないか。どうだエディ・クーパー魔力の痕跡とか見つからないか」


「あ、いえ特に何もなさそうです……」


 無理無茶無駄、俺にそんなのわかるわけないでしょ? でもそんな事言えない。

 適当に調べてるフリするしかない。てか、そもそもこの中に忍び込むの不可能だろ。


「そうか、君が言うのなら仕方ない。ここから抜け出すには魔法を使うのが得策だと思うんだが、何か別の方法か」


 めちゃめちゃ信頼されてるなエディ。


「お待たせしました、ご用意出来ました。こちらが昨日のスケジュールです」


 マーギアの魔法手帳から立体映像が映し出された。ダイアナはその映像を黙って見つめている。


「下級委員が荷物の搬入作業で、上級委員は搬入作業の監督と通常業務。グレイスは備品室のチェックか」


「私は上級委員ですが、水着の搬入を監督してました。その後、みんなで全女子生徒のIDと水着を照合する予定だったんですが、盗難騒ぎで……それでもグレイスさんは最後まで残って作業をしていました」


 大変だなグレイスさん……社畜じゃん。いや学畜か、よくわかんないけど。


「グレイスさんが最初に結界解除装置が盗難されている事に気付いて、風紀委員の鑑識が沢山来てる中、グレイスさんと他数名の委員が状況説明して……それで水着の照合して……本当に大変だったんです」


 マーギアさんは昨日の事を泣きそうな顔をして説明してくれた。


「わ、わかった、マーギアお疲れ様。とりあえず、ここには手掛かりはなさそうだ。時間を取らせてすまない」


「すみませんが、一応規則ですのでボディチェックさせて下さい」


 2人はボディチェックを済ませ、整備室を後にした。


 すると突然ダイアナの魔法手帳から音が鳴った。ダイアナは魔法手帳に耳を当てて話を始めた。


 やっぱり魔法手帳ってスマホみたいなものだよな、今確信したわ。


 ダイアナは誰かと話してから、急に険しい顔をして足早に歩き出した。


「戻るぞ、エディ・クーパー。監視カメラの映像に、細工をしたコンピュータの使用者IDがわかった」


「じゃあ犯人がわかったんですか!?」


「グレイス……グレイス・アーガイルだ」




 ーー11:59.57ーー


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 ーー12:00.00ーー

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