第6話 シロエ・オルセン

 空が青白くなり始めた頃、突然のアラームで目を覚ました。

 緊急の要件を知らせる魔法手帳の音だ。

 シロエは、眠たい目を擦りながら魔法手帳に手を伸ばす。


「まだ5時じゃん……何なのこんな時間から」


 シロエは文句を言いながら、メールの内容を立体投影魔法で映し出し、音声読み上げ機能を使った。


『今日は朝から委員長会議がある。議題は昨日の盗難事件だ。本件は恐らくテロ対策委員会で指揮する事になるだろう。午前7時30分までにテロ対策委員会室に来るように。コーネル』


 やっぱりうちでやるのかぁ……何でこんな朝早くに……起きたくないよ。後30分は寝られたのに。


 ぶつぶつ言いながら、シロエは布団を被って丸まった。


 後、5分……いや10分。


 だめ、このまま本当に寝ちゃいそう。起きて支度しなきゃ。


 シロエは肩にかかる程の長さの髪だ。セットにはさほど時間はかからないが、今朝は寝癖が凄かった。


 シャワーを浴びて、セットも適当に済ませ制服に着替える。


 シロエはセイクリッドウェルズ学園に通う為にこの街に越して来た。

 1年以上もひとり暮らしをしていれば、家庭料理くらいは簡単だ。

 適当に朝食を済ませ家を出る。


 シロエは学校まで、電車で20分程の所に住んでいる。いつもなら近くに住んでいるアリスと、駅で待ち合わせて登校するのだが、今日はそんな事言っていられない。


 アリスに連絡しておかないと……。

『ごめんね今日は先に行くね』……とこれで良し。


 シロエはアリスにメールを入れてから、自転車を漕ぎ出し駅に向かう。


 空はすっかり明るくなっていた。少し冷たい朝の空気が心地いい。春の景色を楽しみながら自転車を走らせていると、やがて駅が見えてきた。


 シロエは電車に乗り少しぼんやりしていた。


 今日は水着受け取ってもプール入れないかなぁ……残念。


 学園に到着し中に入ると、エントランスホールでダイアナに声をかけられた。


「シロエ、おはよう。本当にコーネルは迷惑なヤツだな」


「あ、ダイアナさんおはようございます。早速愚痴ですか?」


「そりゃ朝早くからメールで起こされたら、文句も言いたくなるさ」


「まぁ、それもそうですね。ダイアナさん詳しい事聞いてますか?」


 少し難しい顔をしてからダイアナは答えた。


「いや、昨日は風紀委員会が指揮を執る事で話は纏まりそうだったんだけどな。コーネルが生徒会に掛け合って、今朝の会議が開かれる事になったみたいだ。あれは出世の為ならコネでも何でも利用する男だからな」


「こんな時でも出世ですか……お気楽なものですね。本当に1年前のようなテロが起きたらと思うとゾッとします」


 話を続けながら、2人はセキュリティゲートを通りエレベーターに乗り込む。


「ラギアスは気に入らないだけだよ。生徒会長の親族のコーネルが、いきなり委員長になったのがさ。テロの事は真剣に考えてない。ラギアスもコーネルも」


 シロエはダイアナの主張に納得し、一呼吸置いて答える。


「メンツと保身と出世……そんなに生徒会入りたいんですかね」


「ああ、そうだろうな……シロエは正直どう思う?」


 ダイアナの問いかけにシロエは笑顔で答えた。


「クソ野郎ですね」


 それを聞いたダイアナはシロエの顔を見ると、シロエもダイアナの顔を見ていた。目が合うと二人は笑い出した。


 エレベーターを降りて、2人は委員会室の自動ドアをくぐる。


 フロアには既に大勢の生徒が来ている。その中の1人がシロエ達に近付いて声をかけてきた。


「おはようございます、この度は私達の失態で申し訳ありません」


 グレイスは深々と頭を下げた。


「おはようございます、グレイスさん。謝る必要はないですよ。こちらこそご協力感謝します」


「おはようグレイス、そんな事はいい。それで何か進展はあるのか?」


 ダイアナはぶっきらぼうに答えた。


「昨日の監視カメラの映像に一部欠損が見られます。犯人が何らかの細工をしたようですね。暗号化されているようなので、ここのアルゴリズムを使って何とか出来ないでしょうか?」


「シロエ、出来るか?」


「時間はかかると思いますが、何とかしてみます」


 そう言うとシロエは自分のコンピュータのあるデスクに向かい、椅子に腰掛けキーボードに文字を打ち始めた。


「グレイス、映像に細工したコンピュータのIDは割り出せるか?」


「一応昨日もやってみたんですが、海外のサーバーを複数経由してるみたいで学園安全保障委員会のシステムでは時間が……他の作業も抱えていたので、結局風紀委員会に引き継いでしまったんです」


「グレイスさん、少し待ってて下さい。うちのアルゴリズムを組み込んだ解析ソフトを、プログラミングしてみます」


「流石天才ハッカーだな」


 ダイアナがシロエに冗談っぽく言った。


「ハッカーも一応犯罪者ですよ? 褒めてません」


 ダイアナの冗談にシロエは呆れた顔で言う。


 グレイスはその光景を微笑ましく眺めている。


 その時フロア中に手の叩く音が鳴り響いた。


「みんな聞いてくれ! これから会議なんだが、今朝もメールで伝えたようにうちで指揮を執る事になるだろう。そのつもりで動け。風紀委員会に口を挟ませる訳にいかない! 私が戻るまでは、ポールの指示に従ってくれ。何としても今日中に解決してみせろ」


「張り切っちゃってまぁ……風紀委員会を意識しすぎね。クソ野郎」


 コーネルの偉そうな態度に少し腹を立て、思わずシロエは呟いた。


 それを聞いたダイアナは笑いを堪えながら言った。


「シロエはたまに毒吐くな」


「あら、漏れちゃってました?」


 そう言ってシロエはニヤリと笑う。


「仲がいいんですね、おふたりとも。羨ましいです」


 ダイアナとシロエのやりとりを聞いて、グレイスは笑顔で言った。


「とりあえず今出来る事をしよう。シロエ、先に使用者IDの割り出し頼めるか?」


「わかりました、やってみます」


 シロエが作業を始めようとした時、グレイスがシロエの手を掴んだ。


「私にやらせて下さい。ここのシステムを使えば私にも出来ます。シロエさんには映像の復元を最優先でお願いしたいです」


「そうだな、じゃあそれはグレイスに頼む。シロエは映像の復元を優先してくれ」


 ダイアナがグレイスの話を聞いて指示を変えた。


  今度はポールの声がフロアに響いた。


「手を止めて聞いて下さい。風紀委員会から昨日の盗難事件の詳しい資料が届きました。スムーズに引き継げるように、各セクションで確認をしたらデータ入力をお願いします」


「これはまた随分楽しそうだ。これじゃ風紀委員会が指揮した方がましだな、シロエ」


「そうですね、うちはまだ出来て1年ですからね。みんな経験も少ないですし……ではお楽しみの資料取ってきます」


 シロエは呆れ気味に言って席を立った。


 3人は一時的に作業を中断して、データ入力をする事になった。そのまま時間は経過して、コーネルが戻って来た。


「やれやれ、ようやくコーネル様のおでましだ」


 ダイアナが小声で嫌味を言った。


 コーネルの声が再びフロアに響く。


「これから捜査会議を始める。今いる上級委員は会議室に集まれ。ああ、それとグレイス君も来てくれ。それ以外の者は作業に戻れ」


「だそうだ。2人とも会議室行くぞ」


 ダイアナがそう言うと、シロエも作業を中断して立ち上がる。そして3人は会議室に向かった。


 会議室では、仏頂面して腕を組んで座ってるコーネルの他に、数人の上級委員の生徒がいる。


 3人も席に座った。


 やがて現場部門のハーネスもやって来て、捜査会議が始まる。


「予定通りうちで指揮を執る事になった。昨日の事件はテロ攻撃に繋がる可能性が高い。早急に解決する必要がある、状況を報告しろ」


 コーネルは威厳を示すように、大きな声で会議を仕切る。


「現状では細工された監視カメラの映像が手掛かりです。暗号化されたデータの解析が急務と考えます」


 グレイスの発言を聞き、コーネルは腕を組んだまま頷く。


「解析には少し時間が必要です」


 シロエが答えると、コーネルはシロエに聞く。


「細工したコンピュータの使用者IDの割り出しはどうなってる?」


「それはこれから取り掛かりますが、海外サーバーを複数経由しているので、少し時間を下さい」


「のんびりやってる暇はないぞ! シロエ、急いでくれ」


 何その言い草……作業が遅れてるのは、あんた達のくだらないメンツ争いのせいでしょーが。


 シロエはなるべく感情を出さず無言で頷いた。


「想定されるテロ攻撃にはどんな魔法が考えられる?」


「一番可能性が高いのは、やはりレベル4の時限式爆発魔法でしょう。仕掛ける場所によっては、このビル全体を崩落させる事も可能です。他には致死性の高いウィルスを、空気中に発生させる魔法を使用する可能性も……」


 他の上級委員が意見を交わす中、グレイスが発言する。


「致死性微生物創造魔法はレベル4の中でもかなり高度な魔法です。生徒の中に扱える人物がいるとは思えません。2年のエディ・クーパーのような魔法学者なら話は別ですが……」


 グレイスの意見を聞いてシロエはピンと来た。


「この際エディ・クーパーに協力を要請するのはどうでしょう? この学園には彼程の魔法学者いませんし、1年前のテロ事件にも貢献しています」


「何を言ってるシロエ。部外者に助けてもらう訳にいくか! グレイス君の言うように、そいつ自身がテロに関わっている可能性もあるじゃないか! これはテロ対策委員会のメンツがかかっているんだぞ」


 コーネルが顔を真っ赤にして怒鳴る。


 ……人の上に立つ器じゃないわね。本当嫌いだわこの人。


 シロエは心の中で毒を吐く。


「コーネル委員長、敵が本当にレベル4の魔法を使用してくるなら、我々だけでは対処しきれません。あなたの大切な『メンツ』の為にもシロエの案を採用なさっては?」


 ダイアナが冷静に意見を言うと、コーネルも黙り込んだ。この状況で『メンツ』と言ったのは流石に失言と理解していた。


「仮に彼がテロに関わってるなら監視にもなります」


 グレイスが後押しする。


 しばらくの沈黙の中コーネルが口を開いた。


「わかった……許可しよう。その魔法学者を連れて来い。その代わり、ダイアナはそいつを監視し行動を共にするんだ。報告は逐一しろ。他の者は爆発魔法が仕掛けられると予測される場所をピックアップしとけ! 以上、解散」


 それぞれが作業に戻って行く中、シロエはダイアナに話しかけた。


「ちょっとだけスッキリしました。ありがとうダイアナさん」


「礼を言われるような事じゃないさ。それじゃ私はエディ・クーパーに会いに行ってくる」


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