第15話 大誤算
屋上からラルフの秘密基地に戻る道中、みんな何も話せないでいた。
そんな空気に我慢出来なくなったラルフは、一矢にフォローを入れた。
「まぁさ、目的は果たせた訳だし結果オーライって事でいいんじゃねぇか」
「そ、そうだな……その通りだ」
ダイアナは一矢に目を合わせずに話す。
「そ、そうよ。みんな無事だったんだし」
『世の中には知らない方が幸せな事もある』という事実を見事に証明したアリスは、心なしか顔が引きつっている。
そんなアリスを一矢は気遣った。
「そ、そうだよな……俺結構頑張ったしさ! カースレイもそんな悪いヤツでもないってわかったし……」
「いやぁ、見事に無駄でしたねぇ。ぷぷぷ」
こいつ…………覚えてろよ。
「でも、旦那様があんなにアリス様の事を想っているとは、あたしも予想外でしたねぇ」
「ち、違うのよケッツ。エディは私を心配してあんな事を言っただけなのよ」
アリスの慌ててケッツに説明をする姿を見ると、一矢は同調せざるを得ない。
「そ、そうだよケッツ。あれは……そのその場の勢いってヤツだ」
突然ダイアナが、注目と言わんばかりに手を叩いた。
「みんな、頭を切り替えよう。ようやくテロリストの尻尾を掴んだんだ『ラクティス・ノーマン』を捕まえる事に集中しよう」
ダイアナが空気を変えた。みんなダイアナの意見に同意した。一矢はようやく救われた気持ちになり、ほっとした。
ラルフの秘密基地に戻って来ると、早速情報収集を始めた。
「風紀委員会所属4年生ラクティス・ノーマンか……スケジュールで確認する限りでは、現在は風紀委員の任務中か」
ラルフは腕を組んで難しい顔で考えている。
しばらく沈黙が続き、やがてラルフは重たい口を開いた。
「もし、ラクティスが黒幕ならテロ対策委員会と連携を取りたい所なんだが……」
ラルフは言葉に詰まる。
「だが……まだ危険だな。ラクティスの情報をテロ対策委員会に伝えたら、ラクティスは証拠を処分してシラを切り通すだろう」
内通者がいる可能性がある限り、ダイアナの主張は正しい。
「確かにな、やっぱり俺達だけで何とかするしかない」
一矢の意見を聞き、ダイアナが懸念している事を伝える。
「でも風紀委員会って事は、恐らく軍事訓練を受けている。拷問しても口を割ると思えないな……」
「私よくわかんないんだけど、とりあえずラクティスって人を捕まえておけばテロは起きないんじゃないの?」
アリスの率直な意見をラルフが否定する。
「いや、結局何も証拠がないんだよ。ラクティスが魔力増幅装置を手に入れたと証言したのはカースレイだ。いくらでも言い逃れが出来るし、そもそもカースレイが公式の場で証言しないだろうな」
ラルフの説明を聞いてもピンと来てない様子のアリスに、ダイアナが補足説明をする。
「ラクティスがカースレイに依頼したのは、恐らくスケープゴートにする為だ。表向きはカースレイと風紀委員会には繋がりがないんだよ」
「そうか、風紀委員会はラクティスとカースレイとの繋がりは公表出来ない。自分とこの委員がカースレイの組織とつるんで不正をしてるなんて、メンツ丸つぶれだもんな……いざとなったらカースレイは切り捨てる……って訳か」
一矢もダイアナとラルフの説明をようやく理解した。
「何それ……めちゃくちゃムカつく」
アリスは珍しく怒りをあらわにした。
「私達がラクティスを捕まえても、拘束力がない。下手したら私達の方が罪に問われるだろう。テロ対策委員会として正式に逮捕すれば拘留出来るんだがな……」
だからラルフは最初に、テロ対策委員会と連携したいって言ったのか……
「俺達がラクティスを捕まえて自白させるしかないんだが……相手は風紀委員会……流石に手詰まりか」
ラルフはお手上げのポーズをとった。そしてしばらく誰もいい案が浮かばず、沈黙が訪れた。しかし一矢はそんな沈黙を破った。
「やっぱり捕まえよう」
力強くそう言って、ゆっくり一矢は全員の顔を見回して続ける。
「ここで何もしないよりはいいと思うんだ。確かに自白させるのは難しいだろうけど、少なくとも今日起きるかも知れないテロは防げるだろ? 時間を稼げれば何か突破口が開けるかも知れないじゃないか」
一矢の主張を聞き、しばらくみんな黙っていたがラルフがその沈黙を破った。
「まぁ……確かにそうだな。ここで指を咥えて見てても何も変わらない。エディの言う通りやるだけやってみようぜ」
「そうね、今日起きるかも知れないテロを防ぎましょう」
アリスも一矢の意見に賛成した。
「わかった……君達がそう言うなら、やれるだけやってみるか」
ダイアナはしぶしぶという具合だが、とりあえず賛成した。
「よし、全員の意見が一致した所まではいいんだが……問題はどうやって近づくかだな」
ラルフが纏めると、ダイアナが何か閃いたように話し出す。
「ラクティスは今風紀委員会の任務中だったな……恐らくエディと私の捜索だ。シロエに聞けば、今どこにいるかわかるかも知れない……しかし」
「リスキーだな。恐らく数人で捜索に当たっているだろうから、ラクティスだけを拉致するのは難しい。その場にいる風紀委員を全員片付ける必要がある」
ラルフが難しい顔をしている。
「グリムリーパーでラクティスを狙撃したらどうかな?」
しかし一矢の意見はダイアナに却下された。
「いや、恐らく防魔ベストを着用している。それにハンドタイプのグリムリーパーでは遠距離の狙撃は厳しい」
「真正面からいくか……追われていないアリスは他の風紀委員の居場所を随時報告。エディは囮になって、ラクティスの注意を引いてくれ。俺とダイアナで隙を見てラクティスを拉致する」
「わかった、それで行こう。それにしてもラルフ……君は優秀だな。テロ対策委員会に欲しいくらいだ」
ダイアナは手放しでラルフを褒めた。
「そう言ってくれるのはありがたいけどよ。ここにいるのは、全員優秀過ぎて俺は劣等感を感じてるくらいなんだぜ?」
ラルフの劣等感を感じてるという言葉に全員が驚いた。
「だってそうだろ? 元『特別魔導戦術部隊エースのダイアナ』、グレイアート記念病院跡取り娘にして『医療魔法のスペシャリスト・アリス』『若き天才魔法学者のエディ』……優秀なヤツばかりだ。そうそうたるメンツだろ」
ラルフはウィンクして笑顔を見せた。
何だろう……そこに俺を入れて欲しくねぇな……もうやめて!
てか、本当にすげぇメンツだな。アリス様って病院の跡取り娘だったの!? お嬢様じゃん。ダイアナの肩書きも俺の中二心をくすぐるぜ……
「ラルフが劣等感なんて感じる事ないよ。それに私の事は過大評価だよ。そもそもラルフがいなかったら、ラクティスさんまで辿り着けてないと思うな」
「アリスのいう通りだ、自信を持っていい。君は優秀だ」
「今日はラルフに随分助けられた。ありがとうな」
一矢もラルフに本心を伝えた。
ラルフは褒められて照れているようで、頬を人差し指で掻いて、話を戻してた
「じゃあとりあえず、俺の立案した作戦でいいか?」
「それでいこう!」
一矢がラルフの作戦に賛成すると、アリスとダイアナも頷いた。
「まず、シロエにラクティスがどこにいるか調べてもらおう。ケッツの機密回線を使わせてもらっていいか?」
「わかりましたぁ、今シロエ様に繋げますねぇ……はい、どうぞ」
「シロエか? 機密回線で連絡している。頼みたい事があるんだが」
「ダイアナさん! 無事みたいで何よりです」
「テロリストの尻尾を掴んだ。風紀委員のラクティスという男だ。恐らく私とエディの捜索に当たってるんじゃないか?」
「風紀委員会ですか!? ……すみません、流石にびっくりしました。ラクティスですね……そうです、今ダイアナさん達の捜索任務に就いています」
「どの辺りを捜索しているか教えてくれ」
「今は33階を捜索中みたいです。風紀委員が全部で5人、防魔ベスト着用とグリムリーパー使用許可が出ています……どうするつもりなんですか?」
「真正面から行く。ラクティスを拉致する」
「本気ですか!?」
「ああ、検討したんだが他に方法がない」
「わかりました……でもすみません。私の方ではもう何も出来ないんです。結局、上級アクセス権をコーネル委員長に剥奪されてしまって」
「いや、シロエはよくやってくれた。感謝してる。後は任せてくれ」
「ダイアナさん気を付けて下さい」
ダイアナは通信を切った。
「ラクティスは33階にいる、アリスは先に行ってラクティス含む風紀委員の位置を確認してくれ。防魔ベストを着てるからすぐわかるだろう。エディはラクティスにわざと見つかって注意を引く。そこで私かラルフが後ろから締め落とす」
作戦が決まり、全員で『おー!』と言って気合を入れた。
「じゃあ行ってくる! 確認したら連絡します」
アリスが先に33階に向かった。3人はいつでも33階にいけるよう23階のエレベーター前で待機していた。
顔写真でラクティスを確認してアリスが居場所を連絡して来ると同時に、3人は33階に向かった。
「今、他の風紀委員の人の位置を確認したんだけど……バラけてないみたい。ラクティスさんは2人で行動してる。他は3人みたい……どうするの?」
アリスが魔法手帳で連絡して来た。
「予想の範囲内だ。なるべく人目につかない所でラクティスを捕まえたい。アリスの判断でエディに合図してくれ。そしたらエディはそれとなくラクティスの前を通りかかってくれ」
魔法手帳の通話を全員で共有して、連絡を常に取り合う。
「わかった、今ラクティスの近くで待機してる。まだ俺に気付いてない」
全員が固唾を飲んでアリスの合図を待って
いる。
「オッケーだよ。エディ今なら周囲に生徒があまりいない」
それを聞いて一矢は、ラクティス達の前を通りかかりわざと顔を見せた。
ラクティス達は一矢に気付いて、応援を呼ぼうとしたその瞬間、ダイアナとラルフが後ろから襲いかかった。
作戦が成功したかと思われたが……ダイアナとラルフは動きを止めた。
「どうしたんだよ! 早く……」
後ろから誰かが近づいてくる。振り向くとアリスが風紀委員の1人に両腕を後ろで組まされ、首に腕を回されて拘束されていた。
「ごめん……私……」
「残念だったな、この階は3年生のクラスだ。有名なアリス・グレイアートがこの階にいる事自体考えられないんだよ。エディ・クーパーとダイアナ・クローバーは、アリス・グレイアートとはお友達だ……それくらいは調べてある」
勝ち誇ったようにラクティスは喋り続ける。
「この階にアリス・グレイアートが現れた時から泳がせていたんだよ。君達が現れると思ってね」
完全にやられた……アリスはノーマークだと思い込んでいた。
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