第4話 ポンコツ魔法手帳コンシェルジュ

 ここが……異世界か。


 一矢は周りを見渡した。


 ここは広場か公園みたいな所だろうか? それにしても冒険感がまるでないな。というより遠くにビルとか建ってるし随分近代的だよな……ガッカリだ。


 てっきり凶暴なモンスターがウロつく、うっそうと木が生い茂った、森みたいなトコに出るのだと思ったんだけどな。まぁいきなりそれはそれで困るけれども。


 いや……そういえば、エディは制服だったじゃないか! 文明社会に決まっている。くそ、なぜ気付かなかった……。


 冒険者ギルドは……そりゃある訳ないか。まぁ近代科学と魔法を融合して戦う世界観も嫌いじゃないし……とりあえず良しとしておこうか。


 さて、1番気掛かりなのは俺にはどんなチート能力があるのか……神様頼むぜ。


 そういえば、エディから受け取った手帳があったな。

 恐らくこれが、チート能力だろう……ふふふ。


 一矢は手帳をポケットから取り出した。


 これはまさか、グリモワールみたいなもんかな? 結構地味だな。まぁとりあえず手帳を開いてみるか。


 何も書いていない。というより中は真っ黒いガラスのような材質の長方形の板が貼り付けてあるだけだ。


 スマホみたいだな。でも触っても何も反応しない。


 何だこれ? どうやって使うんだろう。一矢は手帳を調べてみたがさっぱりわからない。

 しかし板の裏側をよく見ると、小さいボタンがある。


「これ押してもいいのかな……」


 と呟くと手帳から声が聞こえて来た。


「それは電源ボタンですぉ。旦那様どうなされました、何かお困りですかぁ?」


「うわぁ手帳が喋ったぁ!?」


「これは大変失礼致しました。先程エディ様より旦那様に、契約を譲渡されました。初めまして、私はこの魔法手帳コンシェルジュのケッツと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 何だかやる気がなさそうに、手帳は形式的な挨拶をした。


 ケッツ……某音声アシスタントみたいだな。


「ど、どうぞよろしく……えっと、君は何者? プログラムか何かなの?」


「あたしはプログラムじゃありませんよぉ? この魔法手帳に封じられてる人工使い魔です。契約者様のお力になる事がお仕事です」


「俺の使い魔……おおおテンション上がってきた! でも使い魔って事は俺から魔力とか吸うの?」


「あ、いえ、そういう事はありません。基本的には電気を魔力に変換していますので、毎日キチンと充電して下さい。それから魔法手帳契約会社ココモに毎月使用料をお支払い頂ければ……」


「あーもう面倒くさいわ。それより、俺にはどんなチート能力が備わってるんだ?」


「チート能力? 何ですかそれ? 意味わかりませんけどぉ、まぁそういう事ですので、よろしくお願いしますーそれではお先に失礼します。お疲れ様でしたぁ」


 ケッツは、相変わらずやる気のない口調で話をする。


 もしかして、何も能力ないの?! 転生とかしないとダメなの? 


「おい! 特殊能力だよ。何かあるだろ? 異世界にはお約束の」


「ちょっと何言ってるかわかんないんですけどぉ……旦那様は、魔法が使えないので人間以下……普通以下の人間じゃないですかねぇ」


 今人間以下って言おうしたよね? 普通以下に言い直したけどフォローになってなくね?


 何だろう、ムカつくヤツだなこいつ。マジで殴りたい……。


 思わず一矢は拳を握り締めていた。しかしこの世界の事を全く知らない一矢は、ケッツを当てにするしかない。


「ちょっと待ってくれケッツ! とりあえず、前の契約者のエディの家まで連れて行ってくれよ? エディと入れ替わったから、しばらくそこが俺の家になるんだ。頼むよ」


「えーもうすぐ午後5時になるので、最後まで道案内出来ませんよぉ?」


 ケッツはあからさまに嫌そうに言う。


「え……まさか魔力がなくなりそうで活動限界とか、そんな感じか!?」


「いえ、午前9時から午後5時までの契約なので、それ以降は残業となりますよぉ? あたし残業しない主義ですし、残業を強制するとコンプライアンスに引っかかりますよぉ?」


 あーそう。何だろう……本当ムカつくなこいつ!! これのどこがコンシェルジュなんだ? この手帳遠くにぶん投げそうだ。しかし落ち着け一矢……深呼吸だ、素数を数えるんだ……


「こっちは困ってんだよ。ちょっとくらい残業したっていいだろ? お前、使い魔でコンシェルジュなんだろ。だったら仕事しろよ」


「やれやれ、ここはブラック企業なんですかぁ? サービス残業の強制は、完全なパワハラ行為ですよぉ? そもそもサービス残業自体違法行為ですし。旦那様は労働基準法って御存知ないのですかぁ?」



 ……………………



「よし決めた。この手帳壊そう……こいつムカつくしな」


 一矢は手帳の黒い板を地面に落とし、思い切り踏み付けて壊そうと足を上げた。


 俺はやる時はやる男だ。今までその『やる時』がなかっただけなんだ。


「ちょ、ちょちょちょっとお待ちを旦那様! 魔法手帳を壊してしまうと……あ、あたしは消えてしまいますし、それに旦那様もココモに多額な賠償金を支払わないといけませんよ! お互い損じゃないですか!?」


「知らん。役に立たない上にムカつく使い魔には制裁が必要だ。お前を壊してスッキリするなら、賠償金を払う価値もあるし。何よりお前は、自分が壊れた後の事を心配する必要なんてないだろう?」


「すみません、すみません、産まれてすみません、生意気言いました! 旦那様、どうか……どうかそれだけはご勘弁を! そうだ、エディ様のご自宅でしたね。これからご案内します。いえ! ご案内させて頂けないでしょうか!? あたしにもし舌があったら、土下座してお靴をお舐め致しましたのに……出来ないのが残念です! お願いします。どうか……どうかご慈悲を!」


 こ、こいつ急にプライドなくなったな。こっちが引くくらい命乞いしちゃったよ。ここでやめても、しばらくはいう事は聞かせられそうだが……面白そうだからもう少し引っ張ろう。


「ダメだな……さよならだケッツ……」


「ぎゃああああ! 何でもいう事聞きますから! お許し下さい。やだやだやだやだ死にたくない、お願い致します! 助けて下さいぃぃ!」


 一矢は手帳に目掛けて、勢いよく足を踏み下ろした。


「ひいいいいい!! …………あれ」


 一矢は踵が手帳に触れる直前で足を止めた。


「ケッツ、今回は多めに見てやる。だけど、次もまた生意気な態度を取ったら……わかるよな?」


「うえーん、ひっく、ありゅがとうございましゅ! あいがとうございましゅ。ひっく、もう二度としましぇん……グスグス」


 ケッツは、子供みたいに泣きじゃくっている。


 少しやり過ぎたような気もするけど、これくらい恐怖を植え付けておかないとこういう奴はダメだ。まぁ少しスッキリしたし面白かった。


「よし、じゃあエディの家まで案内頼む」


「へへーお安い御用ですぜ。ささ、こっちです旦那様!」


 泣き止むのはえーな。嘘泣きだなこいつ。


 手帳からこの辺りの地図の立体映像が飛び出した。矢印が表示されている。なるほど矢印は現在位置か……立体ナビゲーションだな。


 それにしても、こいつまたキャラ変わったな……子分キャラになった。何か可哀想になってきた。


「ああそうだ、ケッツ。俺とエディが入れ替わった事は誰にも言わないでくれよ? もしバラしたら……もうわかるよな」


「ひいい、わかってますぜ……誰にも言いません……」


 これでよしと……。


 何であれ、一矢はエディの自宅に向けて歩き出した。

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