第5話 魔法のピザが美味すぎた件

 舗装された道路、歩道には街路樹が植えられ、あちこちにコンビニらしき物がある。電線が張り巡らせてないから景観はスッキリした印象だが、それでも日本とさほど変わらない。


 一矢はエディの家を目指し歩きながら、気になった点をケッツに質問する。


「なぁ、ケッツ、この世界の人はみんな魔法が使えるんだよな……? 魔法使ってる人見かけないんだけど」


「あー魔法なんて、街中でそんな頻繁に使う物じゃないですからね。それに国中に結界が張られていますので、殺傷能力のある魔法は使えません。結界内で殺傷能力のある魔法を使うには、レベル3以上の魔法使用権限と結界解除装置を持っていないとダメです。常識ですよ、そんな事も……何でもありません!」


 慌てて訂正する。さっきの脅しが効いてるみたいだ。


「何か……面白くないな。せっかく魔法の使える世界なのに、元の世界とあんまり変わらないじゃないか。もっとファンタジーな世界がよかったなぁ……モンスターとか魔法で倒したりさぁ」


「ぷぷぷ……ぶははははーモンスターだってーそんなのいる訳ないじゃないですかぁ? 何夢見ちゃってるんですかぁ? 笑わせな……はっ……すみませんすみません、壊れちゃいますから魔法手帳を踏みつけないで下さい!」


「何だ……壊してもらいたいのかと思って」


 こいつ懲りない奴だな本当に。

 まぁこれがこの世界の現実ってやつなんだな。この世界の事をもっと知りたいけど、こいつから聞くといちいちイライラしそうだ。


「旦那様着きました。このマンションの505号室です。それでは鍵は開けときますので、お疲れ様でしたぁ。お先に失礼します、では!」


「おお、サンキューな。もう着いたのか。また何かあったら呼ぶからな。ちゃんと出て来いよ! おい聞いてんのか? ……ったく仕方ないな……まぁいっか」


 さて……マンションか。もしかしてエディの奴一人暮らしか? だったらラッキーだな。家族を誤魔化すのが一番大変だと思ってたし。


  一矢はエレベーターに乗って505号室に向かった。


 結構綺麗なマンションだし、家賃も高いんじゃないかな? 払えんのか家賃。エディも高校生みたいだし、親が払ってんだよな……多分。


 一矢は505号室のドアを開けた。


「あ、おかえりー」


 げっ! 部屋の奥から声が聞こえる。一人暮らしじゃなかったのか!? 早とちりした。なるべく自然に話さねばならない。


 家に上がり、声のする部屋のドアの前で中の様子を伺う。


「……今日午後3時頃、身元不明の遺体が発見されました。遺体は若い男性と見られ……」


 テレビの音がする……一矢はドアを恐る恐る開けた。


「た、ただいま」


 その部屋は恐らくリビングらしい。テレビとソファが置いてある。


 丸顔で目がパッチリとして、黒髪のツインテールが印象的な中学生くらいの可愛らしい女の子が、ソファに寝っ転がってお菓子を食べながらテレビを観ている。


 ついに……来た……美少女だ。でもまだ中学生くらいだよなぁ。この子エディの妹かな? ここはお兄ちゃんとして、色々教えてあげないといけないな! グフフ……。


「あ、旦那様、魔法手帳の充電忘れずにちゃんとして下さいねぇ。もうあんま魔力ないんで」


 旦那様……まさかメイドなのか……いや、でも聞いた事ある声なんですけど、もしかして。


「その声と口調、お……お前まさかケッツか!?」


「何言ってるんですか? 当たり前でしょう。まさかその手帳にずっと引きこもってるとでも思ったんですかぁ? ぷぷぷぷーそんな訳ないでしょ、バカなの? 死ぬの?」


 間違いない。こいつケッツだ。イライラして来た。

 さっきあれだけ命乞いしてたのもう忘れたの? 3歩歩いたら忘れる鳥なの?


 ……でも可愛いから今は特別に許しちゃおうかな。


「てかケッツさ、この手帳が本体なんじゃなかったのかよ!? 出て来れるのかよ」


「いや、本体は魔法手帳ですよ? せっかく仕事終わったのに、ずっと魔法手帳の中にいるなんて、つまんないじゃないですかぁ。今テレビ観てるんで、構わないで下さい」


「それがお前の本当の姿なのか?」


「いえ、あたしの実態はありませんよぉ。でも好きな姿で具現化出来ます。他にも色々具現化出来ますよぉ。見た目だけですけどねぇ。これはあたしだけの特技です」


「じゃあさ! お願いが……」


「エッチな要望は受け付けません!」


「ちっ」


 一矢は心から舌打ちした。


「それでもしかして、これからお前とここで暮らすの? それとどうやってこの部屋に来たんだよ?」


「いちいちうるさいなぁ。ここで暮らすのは当たり前でしょ、あたしは元々ここに住んでるんですからぁ。むしろ旦那様の家ではないんですよぉ?」


 くっ、悔しいけどそれは確かにその通りだ。


「2つ目の質問ですが、この部屋の魔法手帳充電スタンドから出て来ました。以上! 後、勘違いして貰っても困るので、先に言っておきますねぇ。魔力は電気を変換して補給出来ますが、食事の用意もちゃんとして下さいね? 因みにピザが好きです」


「何で俺がそこまでしてやんないといけないんだよ。電気の他に飯も食うなんて燃費悪過ぎだろ!? そもそも実態がないくせに何で腹減るんだ? コンシェルジュならお前が作れよ」


 こいつ本当に使えない奴だな! 何でエディはこんな奴と契約してたんだ?


「大体お前具現化出来るなら、舌があんじゃねぇか! 適当な事言いやがって、今からでも靴舐めさせるぞコノヤロー!」


「そんな怒らないで下さいよぉ。契約時にオプション料金をケチって、家事スキルを付けなかったエディ様の責任ですよぉ? 因みにあたしは、料理はしないんじゃなくて、出来ないんですからね。そこ間違えないで下さい。頑張れば出来るなんて妄想ですから」


 仕方ない。変なもん作られても困るしな……。


「あ、それと食事は趣味です。心の支えです。食事が出来なかったら発狂します……一種の麻薬のような物ですかね」


 ケッツは遠い目をしている。


 こいつ……いつか発狂させてやる。


 仕方ない何か買ってくるか。そういえばお金はどこにあるんだ? 財布なんて受け取ってないしな。


「なぁケッツ、お金持ってる? 腹も減ってきたし何か買って来る」


「あー魔法手帳のカバーのポケットにIDカード入ってるので、それ使って下さい。この世界での通貨管理は全てそのカードで行います。支払いも受け取りも全てです。身分証ですので失くすと再発行に時間がかかりますよぉ、失くさないように気を付けで下さい」


 なるほど、一矢は手帳のカバーにあるポケットからカードを出して見てみた。カードサイズの液晶画面みたいだ。使い方がいまいちわかんないけど、まぁそのうちわかるだろう。


 するとケッツが急に何か思いついたようにこっちに振り向き、満面の笑顔を見せた。


「旦那様……ここはひとつ提案があります。旦那様がこの世界に来られて最初の食事です。出前なんぞ取ってみては……!? ずばり、あたしのオススメは『ドレミピザ』か『ピザキャップ』か『ピザーレ』ですね!」


  全部ピザじゃねぇか……イタリアの工作員か何かなの? まぁ俺も嫌いじゃないけど……

  確かにそうだな。コンビニ弁当も寂しいもんだし。今日は何だかんだで、めでたい日な訳だしな。


「そうだな、じゃあケッツ出前の取り方教えてくれよ」


「やったぁー旦那様は話がわかる人ですねぇ。ピザの出前ならこのケッツにお任せ下さい! …………はい、終わりました! コーラも付けておきましたよ。トッピングはあたしのスペシャルで注文しておきました。お会計は合計で2,800エルド税込ですので、決済して下さい」


「エルド? こっちの通貨単位か。てかもう注文終わったのかよ? こういう仕事は早いんだな……決済って、このカードを宅配に来た人に渡せばいいのか?」


「宅配の人? いちいちそんなの来ませんよぉ? 飛行魔法をかけられたピザが飛んで来るんですよ。荷物は飛行するのが常識です」


「ここに来る時に空飛んでる荷物見なかったぞ」


「盗難防止で、認識阻害魔法もかけてありますよぉ。静止している物体なら見えにくくなります。生物にかけてもすぐ見つかるので、エッチな事には使えませんよぉ」


「お、俺はそんな事言ってないから! 考えてもないから!」


 こいつ、俺の心を読み始めやがった。


「そんな必死になられても……それより支払いは今そのIDカードに送られて来ますので、指で承認して下さい」


 カードを見ると、注文した商品と会計が表示されている。その横の承認と書いてあるところを、指で触ってみた。すると支払い完了の文字が表示された。


「これでいいのか? それよりこれ、エディのIDカードだろ? 誰でも使えるなんて、セキュリティガバガバじゃねぇかよ。大丈夫なのかこの世界……」


「IDカードと魔法手帳はリンクしてます。魔法手帳の所有者しか使えませんよぉ」


「そうか、それなら安心だな……ってエディの奴全財産くれたのかよ」


 何だか申し訳ないな、あまり無駄遣いはしないでおこう。


 しばらくすると、ベランダから音がした。ガラス戸を開けるとピザとコーラが2本置いてあった。これが……異世界の宅配ピザか。

 思い描いていた世界とはかけ離れている……期待するのはもうやめよう。


 一矢はダイニングテーブルにピザとコーラ置いてケッツを呼んだ。


「おい、ピザ届いてるぞ。早く来ないと全部食べちゃうからな」


 腹いせにケッツのコーラを振りながら、一矢はピザを一切れ口に運んだ。


「異世界のピザ超うめぇ!!」


「あーもう、先に食べないで下さいよぉ! 後あたしのコーラ振らないで下さい!」


「異世界ピザ最高だー!」


 色々期待を裏切られたけど、まぁいっか……ピザうまいし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る