第10話 ラルフのシークレットベース

 一矢は30階でエレベーターを降りると、教職員フロアというだけあって、生徒は殆どいない。そんな中、女子生徒を背負っている男子生徒は勿論一矢だけだ。


 これはかなり目立つな……本当に大丈夫かよ。


 一矢はとりあえず監視カメラを探した。


「ぱっと見じゃわかんねぇな。ケッツ、監視カメラの場所とかわかんない?」


「少し待って下さい……ふむ、このフロアの図面がネットワーク上にありますねぇ。投影魔法で映しましょうかぁ?」


「お前役立たずだと思ってたけど……今日はいい仕事するじゃないか」


 一矢は素直に感心した。すると魔法手帳から立体映像が映し出された。


「監視カメラの設置場所にチェック入れますねぇ」


 チェックされた箇所は全部で15箇所、一矢は死角を探す。


「死角になってる場所は結構あるけど、このエレベーターって30階より下は1階しか停まらないよな。居住区用エレベーターはどこにあるんだ?」


「図面じゃわかりにくいので、このフロアの地図も映しますねぇ。エレベーターの場所にチェックします」


 今度は地図が映し出された。目的地にチェックが入ってる。


「ここのエレベーターとは真逆か。死角を選んで辿り着くには……」


「地図でナビしますよぉ。ルートに従って進んで下さい」


 一矢はケッツの言う通りにルートに従って歩きだす。


 この立体投影魔法ってマジで便利だな。俺も使えるようになりたい……


「それにしてもこんなに目立つのに、教職員は俺達に興味ないのかよ。助かるけど、みんな我関せずって感じだな」


「この学園の教師は生徒とあまり関わりを持ちませんからねぇ。教師は授業をするだけです。それ以外は干渉して来ませんよぉ。生徒を叱るなんて事もしません」


「俺のイメージと違うんだな。先生って小うるさいもんだと思ってたのに」


「ここの教師は特にそうです。この学園は生徒が運営しているんですよぉ。授業を妨害したりした生徒を注意するのは、教育指導委員会の仕事です」


「運営って生徒に出来んのかよ?」


「今の所は生徒会が運営していて、大きな問題が起きた事はありませんねぇ」


「まさか……教師も……」


「その通り、教師を採用するのも生徒会の人事担当部ですよぉ。だから教師は生徒に逆らいません。それから、教職員免許を取得している生徒が教鞭に立つ事もあります」


「それじゃ生徒が調子に乗ってやりたい放題になるんじゃないの?」


「その為に各委員会が存在してるんですよぉ。校則違反者は風紀委員会が対処しますし、授業態度や素行の悪い生徒は教育指導委員会が厳重注意します。ここは小さな社会になってるんです」


「生徒の自主性……ってヤツか」


「その通りですねぇ」


 そんな話をしていたら居住区用エレベーターに到着した。


「意外とあっさり辿り着いたな。けど本当にもう追跡出来ないのか?」


「恐らく大丈夫だと思いますよぉ。このフロアに来てからは監視カメラに映ってないですから、捜索範囲は広くなります。旦那様が居住区に行く事は予想されるでしょうけど、範囲が広すぎて難しいと思われますねぇ」


「それならいいけどな」


 一矢はエレベーターに乗り込み、23階のボタンを押した。


「ケッツ、そろそろラルフに繋いでくれよ」


 そのタイミングでドアが開き、一矢はエレベーターを降りた。


「今繋いでますよぉ……どうぞ話して下さい」


「ラルフ、今居住区の23階に着いた」


「わかった近くにいる。エレベーターを降りたら左の通路に進んで突き当たりまで行ってくれ。突き当たりを右に、しばらく進んだ所に非常階段がある。そこで待ち合わせだ」


 まるでホテルみたいな作りだ。通路も広く見通しがいい。

 ラルフのいう通りに進むと、やがて非常階段の入り口のドアが見えた。ドアを開けるとそこにはラルフがいた。


「よぉ、わりと早かったな。事情は後で聞かせてくれ。それじゃ行くか」


 ラルフは階段を登り始めた。


「悪いなラルフ……変な事に巻き込んじゃってさ。どうしていいかわかんなくて」


「いや、構わないさ。どうせお前も巻き込まれたクチだろ? そこの女によ。それに俺はこういうのは嫌いじゃない」


 ラルフはニヤリと笑った。


 また、軽い雰囲気に戻っている。こういう状況だからこそ、ラルフのこの性格がありがたいと一矢は思った。


 こいついいヤツだな本当に。


「どこ行くんだこれから?」


「俺の秘密のアジトだ、本当は27階なんだけどな。23階に来てもらったのは、まぁ『保険』だ。あそこのエレベーター前の監視カメラが故障中でさ。念の為な」


 こいつ本当に抜け目がないな。頼りになり過ぎだろ。


 やがてラルフの秘密のアジトに辿り着いた。ラルフはドアを開け中に入る。続けて一矢も中に入った。


「お邪魔します……」


 一矢は驚いた。部屋の中には沢山のディスプレイが掛けられていて、コンピュータや機材やらが大量に置かれている。ソファとテーブルが置かれているが、生活感は全くない。

 ちょっとした作戦基地みたいだった。


 とりあえず、ダイアナさんをソファに寝かせた。


「すげぇなこの部屋……何なんだ?」


「仕事部屋と仮眠室代わりだ、まぁ……アジトってか秘密基地だよ。ここは安全だ、誰にも教えてないからな」


「そうか……悪いな秘密のアジトに押しかけちゃってさ」


「それは言いっこなしだ。それより……聞かせろよ」


 一矢はさっきまでの出来事をラルフに説明した。


「なるほど……そんな映像が出て来たら普通疑われるか……だが何か引っかかるな。とりあえず、そこの女を起こして本物のテロリストを捕まえるしかねぇな」


「まぁそういう訳だ」


「グリムリーパーを食らったなら、医者に診てもらわねぇとしばらく起きねぇからな……ケッツって医療魔法使えたっけ?」


「いえまさか、あたしも使えませんよぉ」


 ラルフに話しかけられて、突然ケッツが会話に入った。


「だよな。じゃあ結界解除をお願い出来るか?」


「事情が事情なので、今日は全面的に協力しますよぉ。魔法使用権限があるなら、結界解除してもあたしは責任に問われませんし。それに医療魔法なら緊急性も認められますから大丈夫ですよぉ」


「悪いな、それなら……アリスに頼むか」


 アリスちゃん……マジか。俺もちょっとした怪我しとけばよかった。そしたら治してもらえたのに……


 ラルフが魔法手帳を取り出し、アリスに連絡を入れた。


「おう、アリスさ。今からちょっと来れないか? 診てもらいたいヤツがいるんだよ」


「どうして? 医療室に連れて行けばいいんじゃない」


「そういう訳にいかないから頼んでるんだよ。グリムリーパーで撃たれてる」


「え! どうしてそうなるの? それなら尚更無理よ、私じゃ結界解除装置も魔力増幅装置も持ち出せないよ。それと何より使用権限がないもん」


「大丈夫だ、ケッツが解除と増幅をしてくれる。使用権限も医療魔法なら緊急だって言い訳も通用するだろ? 頼む、結構重要な案件なんだ。詳しい事は来たら説明する」


「ケッツが……? もしかしてエディが意識障害にかかってるの!? 」


「いや、違うんだけど……今エディはテロリストの容疑をかけられて、テロ対策委員会に追われてる」


「……わかった、今から行くわ。ちゃんと説明してよ。どこに行ったらいい?」


「居住区の27階、178号室に来てくれ」


 ラルフは通信を切った。


 こんな状況だけど……アリスちゃんに会えるのか。さっきは本当に怖かったからな……嬉しくてちょっと涙が出て来た。


「ラルフ……本当にありがとうな……ありがとうな」


 半ベソかきながら、一矢は心から感謝した……アリスを呼んでくれた事に。


 しかしラルフって……妙にアリスちゃんと仲がいいな。も、もしかして付き合っているんじゃ……そう考えたら急にムカついてきた!


 一矢はラルフを睨みつけて唸った。


「ガルルルルル……!」


「どうしたんだ? 急に……泣いたり怒ったり忙しいヤツだな」


 くそ! アリスちゃんとの仲を聞きたい……いやダメだ、今は考えないようにしよう。


「それにしてもそこの女……あのハーネスをタイマンで圧倒したのか。噂通りとんでもない女だな」


「ああ、とんでもない人だったよ。人間業じゃなかったぜ」


『あのハーネス』なんて言い方から察すると……それを圧倒したダイアナさんって何者なんだ。


 インターフォンが鳴る。ラルフが玄関に確認しに行くとドアの前にはアリスが立っていた。


 ラルフはアリスを招き入れると、ドアの鍵をかけた。


「ラルフ部屋借りてたんだ? それよりエディがテロリストの容疑って、一体どうしたらそういう話になるのよ?」


 アリスは少し呆れ気味で聞く。


「悪かったよ。ここはまぁ……秘密基地だ。これでも結構緊急事態なんだぜ? なぁエディ」


 ラルフは一矢の顔を見て同意を求める。


「ごめんね。早速で悪いんだけどさ、ソファで寝てる女の人を診てくれないかな?」


 少し不機嫌なアリスを一矢は急かした。


 ソファで寝ている人物を見て、アリスは驚いた。


「えっ! 撃たれたのってダイアナ先輩なの?」


 アリスは、急いでソファで寝ているダイアナさんの元に駆け寄った。


「知り合いなのか?」


「うん、シロエの仲良い先輩で私も何度か話した事あるの。早速医療魔法で手当てするわね。ねぇケッツ、レベル4の結界解除と魔力増幅お願い出来る?」


「勿論いいですよぉ。解除しますねぇ」


 ケッツがそう言うと、魔法手帳が青く白く光り始めた。


「これで解除出来ました。それでは魔力増幅をしますねぇ」


 すると魔法手帳からアリスに光が注がれていく。


「ありがとうケッツ。グリムリーパーで撃たれた魔法ってやっかいなのよ。レベル4の医療魔法じゃないと解けないから」


 アリスの手から魔法陣が現れ、その手をダイアナさんの額に当てる。


「レナトゥス」


 そう呟くと今度はアリスの手が光り出した。


「このまましばらく魔法をかけてたら、目を覚ます筈よ。でもしばらくは安静にしておかないとダメ」


 やっぱりアリス様は女神様だわ……そしてすげぇ可愛い。


「ありがとう、アリスちゃん」


「エディ本当に変よ? 『ちゃん』だなんて今更……まだ具合悪いの?」


 どうやらエディはちゃん付けではなかったらしい。これからは呼び捨てでいこう。


「いや、アリスに助けて貰ったから誠意を込めてさ」


 一矢は笑って誤魔化した。


「全く調子いい事言って、でも流石の魔法学者も医療魔法は使えないもんね。頼ってくれてちょっと嬉しいな」


 そう言ってアリスを笑顔を見せた。


 俺……これから毎日君の事頼るよ。守りたいこの笑顔。


「さて……ダイアナ先輩が起きるまで、ゆっくりと説明して貰うからね」


 ちょっとむっとした表情も可愛いな、おい! ……って場合じゃなかった。


 一矢はアリスにも今までの事を説明した。どうやらアリスも事の重大さを理解して、驚きを隠せないようだった。


 説明が終わる頃には、ダイアナは回復し目を開いた。

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