第9話 ダイアナvsハーネス

 警報は止んだけど、一体どうなってるんだよ。拷問なんてされたらどうしよう……ある事ない事、何でも喋る自信あるぞ。


 突然ドアが開き、ダイアナが中に入って来て小声で話しだした。


「エディ・クーパー、ここから脱出する。私に付いて来い。わかったら黙って小さく頷いてくれ」


 一矢は言う通り黙って頷いた。


 ダイアナは椅子に繋がれた一矢の手錠を外し、一矢を部屋から連れ出した。


 ドアの先には、心拍や眼球の動きをチェックしていた男がいて、困ったようにダイアナに尋ねた。


「ダイアナさん突然どうしたんです? エディ・クーパーをどこに連れて行くんですか?」


「ああ、エディ・クーパーを移送する事になった」


「そんな命令聞いていません。コーネル委員長に確認を取りますのでお待ちを」


 そう言って男が、内線を使おうとした時、突然ダイアナが後ろに回り込み男を絞め落とした。


「マジか……ダイアナさん何考えてるんですか!?」


「ぶん殴るより優しいでしょ? それよりさっき渡したセキュリティゲストカードを用意しておけ。急いで脱出するぞ」


「わかりました、でも何で助けてくれるんですか?」


「君がテロリストだとは思えない。詳しい事は後で話そう」


 一矢は黙って頷く。


「いいか、君を移送するフリをして連れ出す。後ろに手を回して私の前を歩いてくれ。……よし出るぞ」


 一矢は緊張しながら、後ろに手を回して歩き出した。そのすぐ後ろをダイアナさんが歩く。


 何度か委員会の生徒とすれ違ったが、まだ誰にもバレていない。特に怪しまれていないようだ。


 エントランスホールに着くと、目の前に見覚えある男が立ちはだかり、銃のようなものを取り出した。


「さっきは随分物分かりがいいから、おかしいと思ったよ……ダイアナ。何をしている?」


 うわ! さっきのハーネスっていう怖い人じゃん。何あれ? 銃みたいの持ってるけど、どうすんの!?


 一矢がそう思った時にはダイアナは、ハーネスに襲いかかっていた。


 ダイアナは凄まじいスピードで間合いを詰めて不意を突き、ハーネスが右手に持っている銃を左手で弾き飛ばした。

 そのままハーネスの右腕をくぐって後ろに回りこみ、首に手をかけ締め落とそうとする。


 しかしハーネスは、後ろに回りこんだダイアナの顔目掛けて、右腕の肘を食らわせようとした。


「ちっ」


 舌打ちをしたダイアナは、上半身を後ろに反らして肘鉄を華麗に躱し、反動を利用しハーネスの懐に入る。ハーネスの腕を払いのけ、顎に右の掌底を叩き込んだ。


 後ろに吹き飛んだハーネスは、すぐに体勢を立て直し、口元から流れる血を親指で拭きながら、ニヤリと笑い戦闘体勢に入る。


「……警報が鳴ってないって事は、まだ報告してないのね。なぜ?」


「一度お前と本気でやり合ってみたくてよ……流石だなぁダイアナ。元『特戦のエース』は伊達じゃねぇ。それより何で『グリムリーパー』を使わねぇんだ?」


「この状況で私が使ったら司法委員会に隙を見せる事になる。そこで提案だ、見逃せ。エディ・クーパーはテロリストじゃない」


 ハーネスは不敵に笑みを漏らす。


「そいつを決めるのは俺達じゃねぇだろ」


「お前と議論するつもりはないよ」


 ダイアナは無表情で感情もなく切り捨てる。それを聞いてハーネスは舌舐めずりをすると、その瞬間二人の空気が変わった。

 戦闘は再開した。およそ人間離れした攻防が続く。


「『マジックコンバット』ですかぁ。何だか凄い事になってますねぇ」


「ケッツ! この裏切り者……いや今は言い争ってる場合じゃない。この状況何とか出来ないのかよ」


「いやぁ、あたしにはどうにも出来ません。あの男、相当な実力者ですねぇ。でもダイアナ様の勝ちですよぉ」


「どうしてわかんだよ!」


「二人は自己強化魔法をかけて戦っています。戦闘技術はほぼ互角。ですがぁ自己強化魔法は魔力量に応じて持続します」


「だから意味わかんねえよ!」


「ダイアナ様の方が遥かに魔力量が多いので、向こうがそのうちガス欠になりますよぉ。ほら、勝負が着きそうです」


 ケッツのいう通り、確かにダイアナが圧倒し始めた。拳が何発かクリーンヒットする。ハーネスは苦痛で顔が歪み、鼻から血が噴き出している。


 動きにキレがなくなり、苦しまぎれにハーネスは大振りでダイアナに殴りかかる。


「くそがぁぁぁぁぁ!!!」


 ハーネスは怒りで我を忘れ、大声を上げる。


「冷静さを欠いて魔力コントロールがおろそかになる、お粗末だな。それならこれで……」


 ダイアナは屈んで躱し、左足でハーネスの足を払うと一瞬ハーネスの身体は宙に浮く。屈んだまま半回転して、身体をくねらせ右の踵で真上に高く蹴り上げる。


 その直後、ダイアナは飛び上がった。


「終わりだ」


 蹴り上げられたハーネスの首を掴み、思い切りぶん投げて床に叩きつけると、そのままハーネスは数メートル吹き飛ばされて倒れた。


 華麗に着地したダイアナをよく見ると、殆どダメージも受けていないようだ。


 すげぇ! 強過ぎだろ、人間業じゃねぇぞ。あの強そうなハーネスさんをボコボコにしちゃうのかよ。


「すまない、少し手間取った」


 そう言ってダイアナがこちらにやって来た時、また警報が鳴った。


「まずい、バレたみたいだ。シロエに頼むしか……」


 話の途中で、ダイアナが突然一矢を押し飛ばした。


 一瞬何が起きたかわからなかった。

 一矢は起き上がり状況を確認すると、ダイアナさんが倒れている。


 倒れたままのハーネスが、銃口をこちらに向けているのが見えた。そして力尽きそのまま気を失った。


 一矢はそれを見て理解した。


 そんな……ダイアナさんが庇ってくれたのか……


「ダイアナさん! ダイアナさん!」


 一矢はダイアナの体を揺すったが、ピクリとも動かない。


「銃で撃たれて死んじゃったの……? 嘘だろ……」


「死んでませんよぉ。『グリムリーパー』は魔力を任意の魔法に変換して、威力と命中精度を高める武器ですがぁ、この学園内では意識障害魔法しか使えません。よって死ぬ事はありません。まぁしばらくは目を覚ましませんけどぉ」


「よかった……死んでるのかと思ったじゃねぇか!」


 一矢はダイアナを連れて逃げようとするが、意識のない人間を抱えて運ぶのは重労働だ。


「ちくしょう、これじゃすぐに捕まっちまう」


 それでも一矢は、ダイアナの肩に手を回して引きずって逃げようとする。


「うーん、仕方ありませんねぇ……あたしが飛行魔法をかけて、ダイアナ様を運びましょう。そのまま浮かせて運ぶと目立つので、旦那様が背負って下さい。浮いてるので重さは感じませんから」


「そんな事出来るのか! 早くやってくれ」


 魔法手帳から魔法陣が浮かび上がる。するとダイアナの体がゆっくり空中に浮いて、一矢の背中に乗った。


「レベル2の魔法は無許可で使うと、違法行為なんですからねぇ。レベル5までの魔法使用許可を持ってるのは、あくまでエディ様なんですから」


「わかったから! それは後で聞くから急いでここを出よう」


 しかし自動ドアが開かない。思い切り引っ張ってもダメだった。


「くそ! 自動ドアがロックされてるのか!」


 諦めかけたその時、ダイアナの手帳が鳴った。一矢は慌ててダイアナの手帳を取り出し耳に当てると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ダイアナさん! 大丈夫ですか、今どういう状況ですか?」


「シロエさん! 俺です。ダイアナさんがグリムリーパーで撃たれて気を失っています。それより自動ドアがが通れなくて……」


「わかった。今自動ドアのロックを解除して、ゲートを開けます」


 自動ドアは開いた。一矢は走ってゲートを通り、大急ぎでエレベーターに向かった。


「シロエさんありがとうございます。助かりました、ダイアナさんは何とか連れて行きますので安心して下さい」


「まだ助かった訳じゃありません。ダイアナさんが目を覚まさないと、今後どうするかがわかりません」


「何か策でもあったんですか?」


「さっきダイアナさんに、学園安全保障委員会の監視システムに侵入するよう言われたんですが、その後の事は聞いてないんです。とにかく安全な場所を探して、ダイアナさんの目を覚まさせて下さい」


「わかりました、やってみます」


「この通信を切ったら、ダイアナさんの手帳の電源は落として下さい。魔力信号を追跡されます」


「ありがとう、シロエさんも気を付けて」


 そう言って一矢は通信を切って、手帳の電源を落とした。


「ケッツ、安全な場所に心当たりはないか?」


 一矢はエレベーターに乗り、とりあえず自分の教室があった32階のボタンを押した。


「恐らく、今も監視カメラで見られてるでしょうねぇ。……ここはどうでしょう? ラルフ様に助けを求められては」


「それだ! 今朝ラルフが『協力する』

 って言ってたもんな。早速ラルフに繋いでくれよ」


「今やってますよぉ。……繋がりました。そのまま話していいですよぉ」


「どうしたんだエディ? 何か用か」


「ラルフ! 助けてくれ! テロ対策委員会に追われてるんだ。それにダイアナさんが撃たれて気を失ってる。どこか安全な場所はないか?」


「……この通話は安全か?」


 ケッツが代わりに答える。


「機密回線を使ってます。マジックジャミングもかけてますので、あたしの魔力信号から追跡出来ません。問題は監視カメラに捕捉されている点ですねぇ」


 それだけ聞いてラルフは、緊迫した状況を理解したのか、突然口調が変わる。


「……やばい状況みたいだな。今どこにいる? 二人だけか」


「今はエレベーターの中で、俺とダイアナさんだけだ」


「わかった、まず30階に行け。教職員のフロアは事務局の管轄で、監視システムを切り替えるのに手続きが必要だ。しばらく時間が稼げる」


「その後はどうすればいい?」


「そのフロアは監視カメラも少なく死角も多い。一度見失うと追うのは難しくなる」


 今朝のおちゃらけて話していたラルフとはまるで別人だ。


「安全が確保出来たら、居住区用のエレベーターで23階に来てくれ。エレベーターを出た所で、また連絡もらえるか」


「わかった、助かる。ありがとう」


 一矢は30階のボタンを押した。


「なぁケッツ、何で急に協力的になったんだ? さっきは俺を裏切ったくせに」


「いやぁ……あれは、おふざけですよぉ」


「ああん? おふざけだと……」


「旦那様に後でどんなひどい目に遭わされるか想像したら、怖くなってしまいましてぇ……」


「ほう……続けろ」


「でもぉ、あたしのおかげで何とか逃げ切れそうじゃないですかぁ? ケッツが解決……カイケッツ……なんちゃって」


「言いたい事はそれだけか?」


 一矢は声を凄ませ、指を鳴らす。


「ぎゃああ! すみません、すみません、ごめんなさい。反省しています!」


 ケッツらいつものように半べそかいて命乞いをする。


「冗談だよ。今はそんな場合でもないし、この先もお前の力が必要だ。よろしく頼むぜ」


「ありがとうございます、旦那様ぁ」


 そしてエレベーターは30階に到着した。

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