第2話 女神様!アリス・グレイアート

 セイクリッドウェルズ学園のエントランスホールは広々としていて、受付には綺麗な女の人が2人いる。


 どっかの大企業のビルにしか見えない。生徒はみんなセキュリティゲートにIDカードをタッチして、奥のエレベーターに向かっている。


 よく見るとゲートの先で人だかりが出来ている。何かを配ってるようだ。


「おいエディ、何ボーっとしてんだよ。早く来いよ」


「ああわかってる、今行くよ」


 先にセキュリティゲートを通るラルフに見つからないように、小声でケッツに話しかけた。


「なぁケッツ、俺のクラスは何階なんだ?」


「旦那様はラルフ様とクラスメイトですので付いていけば大丈夫ですよぉ。お席は自由なので空いてる席に適当に座ればで大丈夫です」


「サンキュ、助かった」


 一矢は急いで魔法手帳からIDカードを出してセキュリティゲートを通り、人だかりのある所で立ち止まった。


「遅れて申し訳ありません! 女子の水着を配布しております。まだ受け取っていない女子生徒はIDカードをお手元にご用意してお受け取り下さい」


 女子の水着か……俺には関係ないな。

 それにしても女子の制服ってすげぇオシャレだな。CAさんみたい。


 この学園の女子生徒の制服のデザインは洗練されている。インナーはワンピースを着用し、レディーススーツに近い形のジャケットにスカーフといった具合だ。


 スカーフの巻き方は自由らしく、生徒はそれぞれオシャレを楽しんでいる。


 さらに進むとエレベーターが4機ある。ラルフを含め数人の生徒が奥のエレベーターの前に並んでいる。


 ラルフに付いて行かないと自分のクラスにすらたどり着けないからな……。


 一矢はラルフの横に並び、エレベーターの扉の上にある階数表示を見つめた。


「今年は随分遅くなったんだな。何で女子は毎年水着のデザインが変わるんだか……男子は3年に1回なのに」


「そうだよな……ふ、不公平だよな」


 それにしても、ラルフとの会話が難しいな。本当は聞きたい事が沢山あるけど、さっきみたいな失言を連発すれば怪しまれるかも知れない。


 昨日の実験の失敗で、記憶を少し失ってるとか適当な理由付けたい所だけど……もし病院なんかに連れてかれたら、俺が本物のエディじゃない事はバレる。


「おはよ。エディ、ラルフ。相変わらず仲良しさんねーよきよき」


 今度は誰だ? エディの奴友達多いな。


 一矢は振り向くと、はっと息を飲んだ……そこには紛れもない美少女がいる。

 雪の様に真っ白い肌、吸い込まれそうな大きな瞳はまるで宝石のようだ。


 モデルみたいな抜群のスタイルに、この学園の制服と長くて美しい白銀の髪がよく似合っている。街中を歩けば、10人中9人の男は振り返るだろうその姿に、一矢は思わず見惚れてしまった。


「なーにがよきよきだ。エディとは来る時偶然一緒になったんだよ。アリスこそお付きの侍女みたいなのはどうしたんだ?」


「シロエなら今朝は一緒じゃないわよ。それに侍女って誰の事よ。シロエは私の親友なの。変な風に言わないでよ、もう」


「ああ、なるほど。そりゃそうなるか」


「それってどういう意味?」


「いや、なんでもないよ」


 アリスの話を聞いてラルフは納得しているようだが、反対にアリスは腑に落ちない様子だ。ラルフは誤魔化すように話題を変えた。


「アリス、水着は受け取ったのか?」


「当たり前じゃない。今年の水着は超カワイイのよ! デザインも10種類に増えたし。流石有名な一流デザイナーを起用しただけの事はあるわよね。どれにするか迷っちゃった!」


「その代わり納期がすげぇ遅れて、学園安全保障委員も必死になって配ってる。確か新しく出来た室内プールって今日からオープンだよな?」


「その予定だったんだけど……急遽、午後4時まで室内プールのメンテナンスが入っちゃったみたいなの。私、メンテナンス終わってからだとプールに入る時間がないのよ。新しい水着着たかったのにな」


 残念そうにアリスは肩を落とした。


「そんな入りたいなら屋上のプール行って来いよ。俺も一緒に行ってやってもいいぜ?」


「ラルフ一人で行って風邪引いてくれば」


 アリスはにっこりと笑顔を作り言った。


 それにしてもアリスちゃんっていうのか……天使だ、いや女神だ。これはもはや神の領域だ……水着姿を是非見たい。

 でも相当なリア充なんだろうな。俺なんかとは住む世界が違う。


 想像してた異世界と違うし、色々思うところもあるけど……ケッツとか、ケッツとか……それと後ケッツとか……。

 

 だけどアリスちゃんに会えただけでも、やっぱり異世界来てよかったと思えてきた。


 しかし重大な問題がある。


「お、おはよアリス……さん」


 そう……問題はまだエディの人間関係を把握出来ていない事と、俺の対人スキルが低過ぎてまともに話が出来ない事だ。


「何よエディ、今日は無口な上に随分他人行儀なのね。どうかしたの?」


「そういや今日は朝から何か変だなエディ、具合でも悪いのか?」


 非常によろしくない状況だ。やはりラルフは俺の様子がおかしい事はわかってたみたいだ。


「ああ、実は朝からちょっとだけ具合が悪くてさ。それでケッツに色々助けてもらってたんだけど、大分よくなって来たから心配いらないよ」


 一矢は愛想笑いをしながら言った。


 少し具合悪い事にしておけば時間稼ぎにはなるだろう。後でケッツに色々聞けば何とかなる……よね。


「そうか、それでケッツは朝早くからお仕事してる訳か」


「そうなんですよぉラルフ様ぁ、朝から大変だったんですから」


「本当に大丈夫? エディ。あまり無理しちゃダメよ、体調が悪くなったら遠慮しないで言ってね。医療室まで付いて行ってあげるからね」


「心配してくれてありがとう、本当に辛くなったら言うよ」


 アリスは笑顔で頷いた。

 

 可愛いなマジで……医療室連れて行ってもらおうかな……いやマジで。


 そうこうしてるうちにエレベーターのドアが開いた。中は今まで見た事ないくらい広い。

 しかし気が付いたら周りは大勢の生徒で、一矢は押されるようにエレベーターに乗った。


 エレベーターの中はかなり混雑している、満員電車程ではないが気を抜いているとラルフに置いていかれそうだ。しっかり付いていかなければならない。


 降りられる階は30階からのようだ。ラルフとアリスは32階でエレベーターを降りた。一矢は二人を追いかけるように降りると、そこは一矢が知っている学校とはまるで違った。


 どちらかといえば、ショッピングモールのようだ。フロアの真ん中が吹き抜けになっていて、取り囲むように通路があって外側に教室が沢山ある。

 学校とは思えない程広い。


 大勢の生徒が行き交っている通路には、所々に観葉植物が置いてあり清潔感がある。何よりデザインが洗練されている。一流デザイナーの仕事だ。


 マジかよ……一体生徒は何人いるんだ? もはや、ひとつの街みたいになってるな。もうこれ近未来じゃん。

 まぁ、学校がオフィスビルみたいな外観の段階である程度は予想してたけど……すげえオシャレな学校だな。


 アリスは一矢の思った通りのリア充っぷりを発揮しながら、大勢の友達と挨拶を交わしている。


「それじゃあ2人ともまた後でね」


 そう言いながらアリスは友達と先に自分のクラスに向かって歩いていった。


 俺とラルフも何人かエディの友達らしい人と挨拶をしながら、自分のクラスに辿り着いた。


  ここが俺の……てかエディのクラスか。


  …………『二年花組 ゆり』


 ナメてんの? 宝塚なの? 幼稚園なの? これだけ校舎が立派で綺麗でオシャレな学校なのに『花組 ゆり』ってなんだよ! もっと他にあるんじゃないの? 他のクラスは何組なんだよ。


「あのさラルフ、ちょっとド忘れしちゃったんだけど……アリスちゃんって何組だっけ?」


「あいつは確か、神組のセレネじゃなかったっけか」


「ああそうだったっけか、サンキュ」


 すげぇな、神の組で女神セレネかよ。どうなってんだよ! 他のクラスはまだマシだな。俺もそっちのがよかったな……一般的には多分、神組のセレネもダメだと思うけど。

 2年花組ゆりのエディです! ……なんて恥ずかしくて人に言えないじゃねぇか。この世界の価値観どうなってんだよ全く。


 そんな事考えながら一矢は、空いてる席に座って鞄を置いた。教室の中は普通の高校より広い。大学の教室みたいな感じだが、黒板やマジックボードはなく、バカでかい液晶モニターのようなものが設置してある。


 何だかちょっと楽しみだな、どんな授業をするんだろう? 授業が楽しみなんて初めての感覚だ。勉強は基本嫌いだし。


 しかし何といっても魔法の授業が楽しみだ。もしかしたら魔法を使えるようになるかも知れないし!


 そしてもし魔法を覚えて元の世界に戻ったら、中二病とはおさらばだぜ……もはや病気じゃない……本物の中二に俺はなる!


 本物の中二って何だよ!


 一矢は、自分でもちょっと何言ってるのかわからなかった。


 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る