第18話 エピローグ

 ジリリリリリ――。

 けたたましい目覚ましの音とスマートフォンが揺れるハーモニーによって、僕の意識は覚醒する。

 どうなった? 寝ている間にループしたかもしれない……と一抹の不安が頭をよぎった。

 スマートフォンを手に取り、大きく息を吸い込み画面をのぞき込む。

『七月三日七時五分』

 お、おおおおお。七月三日だ。

 確認の意味を込めて再度スマートフォンの画面を食い入るように見つめたが、七月三日で間違いない。


「やった! やったぞ!」


 スマートフォンを放り投げて、ベッドの上でガッツポーズをする。

 抜け出した。

 僕はやりとげたんだ!

 心の底からホッとすると共に、嬉しさがこみ上げてくる。


 ――ガチャリ。

 その時、タイミング悪く扉が開き妹が顔を出す。


「よう兄……」


 胡乱な目で僕を見やり、小さくため息をつく妹。


「な、何かな……」

「デートして嬉しいのは分かるけど、そんな緩んだ顔をほのかさんに見られちゃうと幻滅されちゃうぞー」

「し、失敬な。僕はだいたいぼんやりしているからいいんだよ」


 言い返すつもりが、墓穴を掘ってしまったらしい。

 気が付いた時には既に遅く、テクテクとベッドの前まで歩いてきた妹にポンポンと二度肩を叩かれた。


「生粋のぼっちだし、ほのかさんはよう兄のどこが気に入ったのか不思議」


 踵を返した妹が失礼なことをのたまいながら、扉の前まで戻って行く。


「ま、待て。のぞみ」

「どうしたの?」

「な、何故。雨宮さんの名前を知っている?」

「ラインを登録したのわたしだよ?」


 ――パタン。

 無情にも扉が閉まる。

 そうだったあああ。ループしている三日間は、僕にとって「なんでもあり」だったんだよな。

 後先考えず、妹にも随分助けてもらったんだ。

 ループを脱出したことは、非常に非常にこの上なく嬉しい。僕だけにしか分からないけど、これまで体験したことが無い得も言われぬ達成感を味わっているところであることも確か。

 といっても、無茶をした結果……これからずっと妹にからかわれることになってしまった。


「でも、ま、いいか」


 ふうと息を吐き、自室の扉に手をかける。

 妹がいなきゃ、僕のループ脱出はなかった。彼女が手伝ってくれたことに僕は感謝してもしきれない。

 だから、多少いじられることなんて可愛いもんじゃないか。


「急がないと。雨宮さんとの朝のひと時が失われてしまう」


 こうしちゃおれん。

 はやく身支度をして、学校に向かわないとな。


「いってらっしゃーい」

「行ってくる」


 妹に見送られ、家の外へ出る。

 ん。

 何か忘れているような気がするけど……。釈然としないまま歩き始めたら、後ろから妹の声がする。


「スマホ!」

「ん、あ、ああ」


 そうだった。

 スマートフォンで思い出したぞ。

 そういやまだ妹が寝間着のままなんだ。そこで一つの疑念が浮かぶ。

 今日って何曜日だっけ――?

 少なくとも二百回はループしていたから、すっかり曜日感覚がなくなっていたんだよ。ええっと、確か……。


「よう兄、スマホ忘れてるって」

「お、おう」


 受け取ってそのままポケットへ……じゃねえ。

 スマートフォンを見ればすぐに曜日が分かる。

 えっと、今日は金曜日か。うん、学校がある。

 ホッと胸を撫でおろし、再び歩きだそうとした時、三度目の妹の声。


「こらああ。そのままポケットに入れるんじゃないー」

「ん?」

「ラインから通知が来てるでしょー」

「お、おう?」


 僕にとってスマートフォンとは「時計」だった。

 ラインをはじめたとはいえ、意識しないとラインの新着なんてチェックしない……。

 雨宮さんからのメッセージが届いているかもしれないじゃないかって? 重要かつ気になることであることは確かだ。

 だけど、今は早く実物の彼女に会いたい一心で意識がそっちに全部向かっちゃっていたんだよな。

 ループを脱したことは事実で、確実であることは間違いない。

 でもさ、不安なんだよ。

 僕は何度も数えるのも馬鹿らしいくらい雨宮さんのおっぱいが爆発する体験をしている。

 だから、心のどこかでひょっとしたら……って気持ちを完全に拭い去ることができないんだ。

『おはよう。ようへい君』

『おはようございます! ようへい先輩!』

 と思いつつも、メッセージが来ていると知らせられれば見てしまうのが、人の性ってもんだよな?

 雨宮さんと岩切さんからの朝の挨拶に口元が緩む。

『喜ぶのはいいけど、その顔は女の子受けがよくないぞー☆ミ』


「こらー」

「あはは。ちゃんと見てるんだね」


 メッセージの送り主をキッと睨み、スマートフォンをポケットに仕舞い込む。

 全く……寝間着のまま玄関扉を開けっぱなしにしたままとは、妹は恥ずかしくないんだろうか?

 僕? 僕は寝間着がジャージだし、そのまま外出しても平気だ。


「って、早くいかなきゃ!」


 僕にしては珍しく、早足で歩き出す。


 ――結果。

 予定していた時刻より早く学校に到着しそうだ。

 普段の僕がどんだけノンビリと歩いているのかが分かる……。

 でも、急いだおかげでいい事が起こった。

 校門の前で凛した姿のまま、僕の姿に気が付いた雨宮さんがいたんだよ!

 よかった。

 爆発していない。

 彼女は無事だ。その証拠に、大きな仕草で両手を振っているじゃあないか。

 で、でもさ。朝から反則だよ。雨宮さん。

 手を振るだけでも嬉しくてたまらないのに、こぼれんばかりの笑顔まで浮かべるんだからさ。

 い、いかん。クラクラしてきた。


「洋平先輩。お先っす!」


 その時不意に後ろから元気な声をかけられ、ビクッとする。

 岩切さんか。


「あ、おはよう」


 挨拶をするものの、あっという間に岩切さんが僕の前を駆け抜けて行く。


「雨宮先輩。おはようっす!」

「鈴、そんなに急ぐと危ないよ」

「平気っす!」


 校門の前で雨宮さんと挨拶を交わした岩切さんは止まることなく校舎に向かう。

 朝からあのテンション……一度だけでも同じようにやってくれと頼まれたとしても、無理だ。僕にはできそうにない。

 

 やれやれと肩を竦め、ようやく校門まで辿り着く。


「おはよう、雨宮さん」

「おはよう。洋平くん」


 雨宮さんの横に並ぶ。

 一歩進んだところで、彼女の手の甲に僕の手の甲が僅かに触れた。

 どちらともなく自然と手を繋ぎ、僕らはグラウンドをゆっくりと進む。


「あらら」

「だから、急がないでって言ったのに」


 目線の先には、校舎の段差ですっころぶ岩切さんの姿が。

 雨宮さんと顔を見合わせ苦笑する。


「助けてあげないと」

「そうだね!」


 手を繋いだまま、雨宮さんと僕は駆け出すのだった。 


 おしまい。

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振り返ればあの時ヤれたかも うみ @Umi12345

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