第10話 僕の強みって?

 帰宅すると、もう十八時を回っていた。あと二時間ほどで今回のループも終了する。

 お風呂からあがってリビングで腰に手を当てながら牛乳を飲んでいると、テレビを見ている妹と目が合う。

 

「ん?」

「よう兄ー。今日もお楽しみでしたね?」


 牛乳を吹きそうになった。何だよ、その誤解されるような言い方はあ。

 なんとか口から吐き出すのは我慢できたけど、むせてしまって口の中の牛乳がまた出そうになる。

 ぐ、ここで出してなるものか。

 僕はダイニングチェアに座り、気合で牛乳を飲み込み新たな牛乳を口に含む。

 ゴクリ――。よし、おさまったぞ。

 

「全く……突然変なことを言うなよ」

「まーまー。それでそれでー。どんな子なのー?」


 こ、こいつ……。完全に相手は女の子だと確信していやがる。昨日は高校初の男友達って線も疑っていたのに。

 僕は部屋の壁にかかっている時計を見やる。爆発まであと一時間ってとこか……。


「クラスメイトなんだ。僕のことを心配して声をかけてきてくれてさ」

「よう兄ー。学校で先生以外と会話してないとかー? え? その顔……まさか本当に?」

「う、うるさいな……」

「そっかー。よう兄が何かしでかさないか心配だったんだねー。あははー」

「……」

 

 図星を突かれて黙ってしまった。


「でも、いいじゃない。きっかけは何であれ、可愛い子なんでしょー」

「う、うーん。可愛いというよりは凛とした……」


 な、何を言わせるんだよ。


「赤くなってるよ。よう兄。好きになったのかなー、応援するするー」


 勝手なことばっか言いやがって。

 これだけからかわれたんだ。僕の迷いに付き合ってもらうぞ。

 

「のぞみ、僕がさ、その人の探していた物とか、好きなこととか水やり当番とか調べておいて、好感をもたれるようにするってどうだろう?」


 僕はループする中で雨宮さんのことを調べて、彼女に接してきた。それって普通に生活をしていたら知り得ないことだから、自分だけズルをしているように思えるんだ。


「よう兄ー。何を悩んでいるかわからないけど、好きな人のことを知りたいのは当然だし、自分が他のライバルよりアドバンテージを持ちたいって普通のことだよ? どんだけ闘争心がないのー」

「そ、そんなもんか。僕だけが知っていてもいいのかな……」

「『僕だけ』とかやーらしー。わたしもよっしーとわたししか知らないこと知りたーい」


 よっしーてのは、テレビで大人気のアイドルグループのことだろう。妹とよっしーにはまるで接点はない。もちろん、会ったこともないし、向こうが妹のことを知っているはずもなく……。

 

「そ、そうか……」

「よう兄。その人……綺麗なんだよね?」

 

 妹はソファーから起き上がると、てくてくと僕の元までやってきて突然真剣な顔で聞いてくる。

 雨宮さん……そうだなあ。うん、そうだよね。

 

「とても、き、綺麗だと思う……」

「また赤くなっちゃってえ。がんばれー、よう兄」

「そういうラブの意味で好きかと言われると……」

「よう兄ー。好きになるのに時間なんて関係ないぞー。よう兄もそれなりの格好をすれば、かっこいいと思うよー」


 あははーと笑いながら、妹はソファーにゴロンと寝そべる。

 僕の容姿かあ……平凡そのもの。そうだな。自分というものを振り返ると、あらゆる手を使って雨宮さんと接してもまだ足りないくらいだよなあ。

 そう考えると、僕の「ループで知り得た情報を使う」という罪悪感は薄れ、ある意味開き直ることができた。

 だよな。使える手は使う。それのどこが悪いんだってことだよな。うん。

 ある者はトークで、ある者はカッコよさで、またある者はスポーツで……いろいろその人にしかない特性ってのがあるんだ。だから、僕も……。

 

 決意を新たに自室の戻りスマートフォンを見ると、時刻は二十時二分。お、爆発の時刻じゃないかと思ったと同時に窓の外が光り意識が遠のいていく。

 

 ◆◆◆

 

 ジリリリリリ――。

 目覚ましとスマートフォンの楽しい楽しいハーモニーで僕の意識は覚醒する。

 爆発の時刻は確かに二十時二分だった。またいつもの時刻で爆発したってことか……。

 何故だ。僕は確かに一分ではあるものの前に進んだはずなんだ、これは間違いない。しっかりと時刻は確認したのだから。

 

 違いは何だ……。

 起き上がり、机の上にノートを広げる。

 顎に手をやりながら、ノートに前回と前々回の出来事を記載していく。

 

 え? 早く学校に行かないと雨宮さんとの二人タイムが無くなるだろうって? いや、今回僕は学校に行かないですごそうと思う。

 ループ初期には自分の異能について調べるため家にずっと引きこもっていたし、爆発の原因を探るのにずっと外出していたこともある。僕が初日から学校へ行かなかった場合、雨宮さんが心配して僕の家を訪ねてくることはない。

 

 で、だ。

 前々回は雨宮さんのおっぱいを揉み揉みした結果何も変わらなくて、僕は放心状態になった。そして雨宮さんが家に訪ねてきてくれて、最終的にごめんねしてバイバイしたって感じだな。

 前回はこれまでで一番、雨宮さんとお話したと思う。昼食を一緒に食べるだけじゃなく、百均でも会ったし、ファミレスにまで行って彼女のことを多少なりとも聞けた。

 違いは何だ? 

 ゲーム的な見方をするなら、前々回と前回だと雨宮さんの好感度は前回の方が高いと思う。どっちも転んだフリをしておっぱいは揉んでいる。エネルギーの吸収や拡散は感じ取ることができなかったのも同じ。

 

 思いつかない……。

 こんな時は外に気分転換に出てリフレッシュするに限る。ちょうど行きたいところもあったからな。

 

 

 僕は妹と両親が外出した後、駅前に向かう。

 小さな駅ビルへ入り百均ショップへ。ここは雨宮さんと岩切さんに会った百均ショップだ。まだ時間も早いため、人もまばらで店内はガランとしている。

 髪留め、髪留めはっと……お、これかな。確か黒猫がじゃれつくやつって言ってたよな。六月三十日時点では売っている。チェックオッケー。

 思わず買いそうになったけど、我慢我慢だ。何故なら、ここで買うと「この時間以降いつまで置いているのか」の調査ができない。夕方下校時刻を過ぎてからもチェックしなければなんだよ。普段僕は学校に行っているからな。

 朝、雨宮さんと挨拶し、髪留めを買うことを想定すると今日の下校時刻が最短なのである。その時刻まで置いていないのなら他の店を見てみないといけない。

 

 雨宮さんの細く長い白磁のような肌をした指が艶やかな髪をかきあげ、僕の買った髪留めをつまみ上げ……。あ、想像するだけでなんかちょっとテンションがあがってきたぞ。

 ん、指? 待てよ。

 

 前々回と前回の最大の違いにようやく気が付いた。

 それは、「握手」だ。雨宮さんの手に僕の手が重なり、それに雨宮さんの手が重なって僕がその上に被せた。

 雨宮さんのエネルギーはおっぱいに集中しているけど、手先にだって僅かながらエネルギーが存在する。あまりに微量過ぎて僕がエネルギーの動きを感知できなかっただけだとしたら?

 ほんの一滴ひとしずく程度のエネルギーとはいえ、減ったのであれば爆発の時刻に影響を与えても理屈は通る。

 

 そうなると、新しい疑問が出てこないか。

 その時不意に足元へ軽い衝撃を感じる。

 

「あ、すいません」

「いえいえ、こちらこそ、子供が」


 子供のママと僕はお互いに頭を下げる。

 考え事をしながら歩くもんじゃないな。

 僕は一旦自分の考えを打ち切り、店を出ると自動販売機でコーラを買って帰宅する。

 

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