第9話 ファミレス

「あ、うん。電池が切れちゃってさ」

「だからジャージなんですね!」

「そそ、テレビのスイッチが単四でさ……」

「単三しか家になかったのね?松井くん」


 僕は二人に向けてうんうんと頷きを返す。

 な、なんとか誤魔化せたようだ。内心冷や汗がダラダラである。ジャージだったことが功を奏したのか? 家からフラッと出てきた感? ジャージすげえ、ありがとうジャージ。


 感謝の意を述べてると、雨宮さんたちがレジに向かいそうになってしまっている。


「雨宮さん、何かいいものがあったの?」

「ううん、売り切れちゃってたの」

「へえ、どんなのに目をつけてたの?」

「黒猫がリボンにじゃれてるのがついた髪留めだよ」

「そっかあ……」


 こんな時、気の利いた事が言えないのがぼっちなのである。

 ほら、何か言おうと考えてるうちに雨宮さん達は行ってしまったし。


 時刻は十八時四十分か。まだ閉店まで時間はあるな……よっし。

 僕はすぐに店を出て、自転車で近いところから片っ端に百均ショップを回る。

 百均ショップを六件見たけど、雨宮さんのいう黒猫の柄がついた髪留めは発見できなかった……んー、残念だ。もしゲットできたら雨宮さんが喜んでくれると思うんだけどなあ。売ってないものは仕方ない。

 

 これ以上の捜索は困難だと判断した僕は憮然とした顔で帰宅する。

 帰宅すると、珍しく遅くなった僕へ妹が何やら知った風な顔でニタニタしていたのが印象的だった。なんだよ、もう。

 

「のぞみ?」

「珍しく遅いから何してたのかなーと思って―」


 何その含んだ言い方……。

 

「なにもないよ。欲しい物があって百均に行ってただけだ」

「ふうん。よう兄、お友達できた?」

「あ、うん」

「それともー、気になる子かなあ」


 ぶっ! 吹き出しそうになった。こいつなかなか鋭いな。

 

「ほっといてくれ」


 目を逸らすと、妹は背伸びして僕の肩を掴んでくる。

 

「よう兄。電話番号……はよう兄には敷居が高いかなー。ラインIDとか聞いちゃえー」


 ええい、ほっといてくれ。僕は僕の思うようにやるのだ。

 肩を揺すり妹を振りほどくと、僕は自室へと大きく足音を立てながら向かうのだった。

  

 ご飯を食べて、ベッドに寝転がりながらスマートフォンをいじる。ライン……ラインかあ。そんなリア充どものアプリにこれまで触れたことがない。

 僕はスマートフォンでゲームをしたり、文字を打ったりってことはほとんどしない。スマートフォンを使う時はたまーにかかってくる電話程度なんだ。

 電話帳の登録はあるのかって? 父、母、妹と三つも登録しているぞ。言わせんな恥ずかしい。

 きっと雨宮さんと岩切さんもラインとやらでやり取りをしているんだろうなあ。ペットボトルを岩切さんに渡す時とか雨宮さんが彼女に連絡してくれたはずだし……。

 ちょっと羨ましい……僕も……。

 そこまで考えたところで、ブンブンと首を振りそのままふて寝する僕であった。

 

 ◆◆◆

 

――七月二日

 朝は二人きりの教室で雨宮さんと挨拶を交わし、昼は雨宮さんと岩切さんと一緒に古池でお昼。ようやく僕も彼女らと話すことになれてきた。

 そして、放課後になる。

 

 校門で待っているとすぐに雨宮さんがやって来て、間もなく岩切さんも顔を出す。

 女の子と一緒に初めてのファーストフード店、普通緊張するよね? 僕に至っては男友達とさえ行ったことがないのだから、ガクガクしてても仕方ないとは思わないか?

 

「松井くん、どうしたの?」

「あ、う、うん」


 ワナワナしていたら、二人は先に歩いて行ってしまっていた。

 僕は小走りで彼女らの後ろに追いつく。横に並べないのが僕らしいくて笑えてくるぜ。

 

 そんなわけでファーストフード店である。何を頼めばいいんだ?

 メニューを見る二人の後ろから覗き込むと……ほう。ドリンクだけ頼むようだな。真似しよう。

 順番に頼んで行き、僕の番が回ってくる。ここは無難にコーラだな。うん。

 

 コーラを持って先に二階へ上がっていた二人を追いかけると、岩切さんが席に座って手を振っている。

 

「お待たせ」

「座って座って」


 え、この席順なの? 四人席なんだけど、岩切さんと雨宮さんが奥側で向い合せに座っていた。

 そんで、雨宮さんが自分の隣の椅子をポンポンと叩いているではないか。こういう時って普通、女の子が並んで僕が向かいに座るんじゃないの?

 

「う、うん」


 僕は戸惑いながらもおずおずと腰かける。

 我ながらきょどり過ぎだろと思うが、仕方ないじゃないかあ。雨宮さんとこんな至近距離で隣同士に座ったことなんてないんだから。

 手を伸ばせば彼女の肩に触れることだってできるんだぞ。へ、平常心を保つのだ。僕。

 最初の頃に比べたら僕だって成長したはず。今ではとりあえず挨拶するだけなら緊張することも無くなったんだぞ。

 

「それじゃあ、松井くんは?」

「え?」


 考え事をしている間に二人の話が進んでいたみたいだった。


「松井先輩。どこか行きたいところあるかってお話です!」


 岩切さんがフォローしてくれる。

 うーん、そうだなあ。僕はファーストフードに来るだけで結構満足しているんだよなあ。つ、次があるなら雨宮さんと二人きりってのにも挑戦してみたい。


「と、特にはないかなあ。雨宮さん、岩切さんは?」

「私は……満点の星空を見たいなあ。この際プラネタリウムでもいいかな」


 雨宮さんは口元に人差し指を当て考え込むそぶりを見せた後、口元に僅かな微笑みを浮かべそう答えた。

 星空かあ。この辺りじゃ街の灯りで星空は曇った感じだから、キャンプ場とかにでも行かないと見えないかな。花火でもしながら、浴衣姿の雨宮さんと星空を……。

 よ、よいな。うん。花火とか星空より浴衣姿を拝みたい。

 

「それなら自分はみんなで山のキャンプ場とかに行ってみたいです。花火とかやりながらワイワイと」

「鈴、それ楽しそうね。来年は受験だし、行くなら今年だよね、松井くん」


 雨宮さんが目配せしてくる。え、僕も行っていいの? さっき妄想した通りのことが現実になろうとしている。雨宮さんとキャンプ場はもちろん嬉しいんだけど、僕は一晩みんなと同じとか大丈夫だろうか。

 これまでずっとぼっちだった僕は、誰かと一晩過ごすなんてことをしたことがない。

 

「松井先輩も是非是非。いくつか行きたいキャンプ場があるんですよ」


 岩切さんはスマートフォン操作した後、僕と雨宮さんの間に辺りにそれを置く。

 覗き込むようにスマートフォンへ乗り出すと、雨宮さんの頭とごっつんこしてしまった。

 

「ご、ごめん」

「ううん、見える? 松井くん」

「う、うん」


 ち、近い。近いよ。雨宮さん。


「仲いいっすね、先輩たち! 松井先輩は帰宅部でしたっけ?」

「うん」

「カルタ部に来ませんか?」

「松井くんが来てくれたら楽しくなるね。どう? 松井くん」


 雨宮さん、その距離で僕へ顔を向けないでおくれ。息が頬にかかる。それに動くと髪が揺れていい匂いも鼻孔をくすぐっちゃう。


「明日まで考えていいかな」

「入部はいつでも大丈夫だから、ゆっくり考えてね」


 うん、雨宮さん。僕が明日まで行けたら……入部しようと思う。

 そのためには大爆発を回避しなきゃいけないぞ。

 僕は家路につきながら、決意を新たにするのだった。

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