第11話 一分の謎

 自室に戻り、ベッドにどてーんと仰向けに寝っ転がった。

 えっとどこまで考えたっけ。起き上がって勉強机に移動し、椅子の上であぐらをかいて大きく伸びをする。

 

 そうだった。仮に雨宮さんと握手をしたから一分間爆発までの時間が伸びたとしよう。

 彼女の腕にある僅かなエネルギーが動いたから……エネルギーを動かしたのは僕……うん、理屈は通る。

 でもさ、僕はおっぱいも揉んでいるんだよ。たわわに実ったおっぱいを確実にモミモ……お、思い出すと変な気分になってくる……いかん、幸せな気持ちに浸っている場合じゃない。

 思考が途切れてしまうだろ。

 

 おっぱいを揉んでも変わらなかった。だけど、手を握ると変化した。

 原因は何だ? 一つ思いつくことがある。検証してみなければ確定的とは言えないなあ。今は推測の域を出ない。

 

 すぐに学校へ行き雨宮さんに会おうと思ったけど、今行くのは目立つ。明日、明後日の二日間でチャンスを伺うとしよう。

 うまくいってもいかなくても検証結果は出るのだ。ポイントは雨宮さんと握手すること。それだけなのだから……。

 

 後は……やることがないな……。あ、そうだそうだ。

 スマートフォンを手に取り、「プラネタリウム」で検索してみる。うーん、市内にはないっぽいな。行くとなると数時間かかってしまう。放課後から行くとなると遠すぎる。これは没かなあ。

 キャンプ場も郊外になるから、車を運転できない僕らが行くとなったらバスで時間をかけて行く必要がある。こっちもループ中に行くことは難しいか。

 

 うーん。あ、そうだ。港に行けば星が少しでも多く見えるかもしれない。海の上には街灯なんてないからな。街中よりは暗いはずだ。

 夕方になってから、百均ショップをチェックする。お、例の髪留めはまだ売っていた。これなら、学校に行った後でも入手可能だな。よしよし。

 僕は自分の顔が緩むのを抑えきれなかった。

 

 次に向かったのは波止場になる。

 小暮市は海沿いにある街で、小さな波止場があるんだ。テトラポットと高さが数メートルの小規模な灯台、コンクリートの堤防とえばいいのか波止場といったらいいのか……港と呼ぶにははばかられる感じと言えばいいのかなあ。

 最寄り駅から三つ隣の駅(雨宮さんの住む家がある駅の隣)で降りて、歩いて二十分ほどで波止場まで到着する。

 

 うーん、街中よりはマシかもしれないけどこれじゃあ満点の星空なんてほど遠いな。ちょうど暗くなってきたけれど、海の向こうにはすぐに島があってその島にももちろん街灯りがあってさ……。

 おや……なんだろあれ? テトラポットに張り付くようにぼんやりとした光が見える。不可思議な現象に頭を捻るが、僕には強い味方がいるのだ。

 シャキーンと心の中でカッコいい音を呟き、スマートフォンを掲げる。

 しかし、小心者の僕は誰も見ていないだろうなと左右を見渡した。よかった……誰もいない……。ほっとした。

 

『海、光る』


 で検索すると、いろいろ出て来るなあ。

 セントエルモの火……船のマストが光るだって。これは違うな。

 夜光虫……お、これかな。プランクトンの一種で赤潮の原因の一つにもなる。ほうほう。日本でも見ることができるって。

 

 お、おお。これは幻想的でいいかもしれない。こんな近いところで見られるから雨宮さんは既に何度か見たことが在るかもしれない。でも、満点の星空やプラネタリウムとまでは行かないけどこれだって綺麗だと思うんだ。

 七月二日の夜にこの場所を再度見てみよう。できることならテトラポットの隅っこがチロっと光るだけじゃなくて波が揺れてどどーんと光ってほしいなあ。

 

 そんなこんなで六月三十日は終わる。

 

 ◆◆◆

 

 七月一日――。

 教室に入ると雨宮さん以外の生徒の姿は見えなかった。よかった、少し遅くなってしまったからもしかしたらと心配したんだ。

 

「おはよう。雨宮さん」

「おはよう。松井くん、体調は大丈夫なの?」

「うん、一晩寝たらすっかりよくなったよ」


 さすが雨宮さんだ。僕が昨日休んだことを覚えているなんて……。今回、僕は雨宮さんと会話するのはこれが初めてだ。

 なんだか心配されていたことに感動してしまう。

 

「あ、あの……」

「どうしたの?」


 ぐうう。いざ言うとなるとなかなかしんどいな。全く接触の無かった人に言うことじゃあないとは思う。だけど、二人きりになれるチャンスは……あ、明日の朝もあるか。

 今日は挨拶だけ、挨拶だけでも前進。うん、明日にしよう。

 

「な、なんでもないよ」


 僕はそそくさと自分の席へ座るが、雨宮さんが僕の席の机に両手を置きむむむと見つめて来た。

 

「心配事? 私でよければ聞かせてもらえるかな? 頼りにはならないと思うけど、お話するだけで楽になることだってあるし?」

「う、うん」


 その目、その目はやめてくれ。言うしかなくなってしまう。

 

「あ、あの、えっと……」

「うん?」


 優しく諭すようにゆっくりと頷く雨宮さん。慈愛が籠っていてグッとくるんだけど、まずます追い詰められる僕なのである。

 え、ええい。いいや、変な奴って思われても。よくよく考えてみれば、元々ぼっちだし失うものなんてないだろ。それに、ループしたら全部忘れるわけだし!

 その場で立ち上がると、僕は目を瞑り一気に口走る。

 

「と、友達になってください」

「一緒のクラスになった時からそのつもりだったんだけど……おもしろいね。松井くん」


 右手を出し、握手を求めると苦笑しながらも雨宮さんは僕の手を握ってくれた。

 お友達の挨拶だ。雨宮さんと握手する手をこれくらいしか思いつかなかっのだ……。

 ほ、頬が熱い。自分でも真っ赤になっていることが分かるくらいに。

 

「よ、よろしく。雨宮さん」

「うん。よろしくね。松井くん」


 雨宮さんは口元に僅かばかりの笑みを浮かべ、手を離すと自分の席へと戻って行った。

 つ、疲れた……僕はその場で崩れ落ちる。

 恥ずかしかったけど、雨宮さんと握手するミッションはクリアしたぞ。

 

 この後、お昼を一緒にと誘われたけど古池じゃなく、教室で他の女子生徒と一緒だったんで僕は逃げるように教室を出る。

 岩切さんならともかく、クラスメイト多数と一緒にとか無理だって。

 

 ◆◆◆

 

――七月二日

 この日も朝に雨宮さんと挨拶をして、何事もなく放課後になる。

 今回は岩切さんのイベントをやっていないから、雨宮さんのおっぱいをモミモミするのはお預けだ。と、それはいい。

 

 僕は家に帰ってから着替えると、港に向かう。

 暗くなるまでぼーっとして港ですごし、夜光虫が出てくるのを待った。

 午後十九時を過ぎる頃……きたきたー。夜光虫だ。二日前に見た時よりは多い。波がたつと薄っすらと光っているところもあるくらいだ。いいなあ、この景色。

 規模はとても小さいけど、美しい夜光虫の様子は充分堪能できる。これなら、誘ってみる価値はあるかな。喜んでくれるかなあ、雨宮さん。

 あ、いや。ここに誘うハードルをクリアするのが大変なのだが……。それくらい分かってるって。何度でも繰り返してやるさ。うまくいくまで。

 

 しばらく海を眺めていたら、二十時二分をスマートフォンが示す。爆発の時間だ。

 しかし、爆発はまだ起こらない。ほう。これは……。

 二十時三分を示した時、雨宮さんの家の方角が昼間の太陽を彷彿させるほど光り輝き、熱風と光が僕の皮膚に触れたかと思うと意識が遠のく。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る