第12話 瞑想

 ジリリリリリ――。

 目覚ましとスマートフォンのハーモニー。僕が一番聞いているメロディかもしれない。最近思うのだ。僕ほど、このハーモニーへ愛着を持っている人はいないってね。

 な、なんだか変なことを考えてしまった……ハッキリとループする前のことはおぼえている。だからこそ……辛い現実から目を背けたくなってジリリリリ音についてなんて思いをはせてしまったのだ。

 

 事態は深刻だぞ。

 握手をした。運命の時が一分伸びる。二度握手をして二度とも一分伸びた。

 その結果僕は確信する。

 

 エネルギーを動かすためには、雨宮さんの感情が大切なんだってことに。

 握手をした時、雨宮さんの気持ちはそれぞれ違えど彼女の気持ちは僕へ向いていた。気持ちの中身は負の感情ではなく、前向きな、正の感情とでも言えばいいのだろうか。

 おっぱいを揉んだ時、雨宮さんは転んでたまたま僕が揉んだに過ぎない。彼女からしたら意識していない「事故」みたいなもんだろう。だから、彼女は揉み揉みされたのに怒りもしないし、恥ずかしがったりもしなかった。

 

――松井くん、いいよ? 私の胸を触っても。

 え? 本当に、いいの?

――うん。松井くんになら……ちょっと恥ずかしいけど、いいよ?

 

 僕は制服の上から彼女の胸に指先だけ触れ、彼女の顔を伺う。彼女はキュッと目を閉じて頬が紅潮している。

 その仕草に僕の興奮はかきたてられ……手のひらに彼女の胸をおさめ……

 

 ハッ! 僕は一体何を考えていたんだ。

 つまりだな、雨宮さんが僕におっぱいを触られても悪感情を抱かないようにしないとダメだってことなんだよ。

 普通に考えて、無理だろ……。だから僕はさっき現実逃避をしてしまいたくなったんだ。

 

 一言で言うと、このループを脱出することは極めて難しい。

 雨宮さんもループできるのなら……、もう少しループで与えられた時間が長ければ……、雨宮さんにエネルギーの操作を覚えてもらうことだってできたかもしれなかった。

 もし、もし、もしか。仮定を考えても仕方ないんだよ。僕に必要なのは仮定でなく過程であり、結果なんだよおお。

 

 枕を掴み、壁に投げつける。

 何度も何度も。

 悔しい。とても口惜しい。

 希望を持った後に、叩き落されるのはこの上なくしんどいのだ。

 

 枕を投げるのにも飽きて来た頃、僕はようやく気持ちが落ち着いてきた。

 よく考えると、雨宮さんのおっぱいを初めて揉んだ時だって、寝込むほど落ち込んだじゃないか。 

 

 僕が百均ショップで黒猫の髪飾りを買ったのは何でだ?

 港で夜光虫を見たのは?

 雨宮さんの好みを聞きたかったのは?

 

 おっぱいを揉むためか、ループを脱出するためか?

 違うだろう。

 

 最初はおっぱいを揉むためだった。次はおっぱいを揉んでもダメだったからその原因を調査するために彼女と接していただけに過ぎなかった。

 それだけなら、黒猫の髪飾りをしてニヤニヤする自分はいないはずだ。

 

 簡単なことだったんだよ。

 僕は雨宮さんのことが気になって、仲良くなりたくて仕方なかったってだけだ。

 格好をつけるんじゃない僕。泥臭くたって、ループを脱出できなくたっていいじゃないか。

 雨宮さんがいて、仲良くなれる可能性は大いにある。ひょっとしたら、抱きしめ合うところまで行けるかもしれない。

 

 ループがなんだ。

 僕は僕の目的を果たす。

 その後にループのことは考えればいい。

 

 腹は括った。雨宮さんと三日間でどこまで仲良くなれるのかに挑戦する。

 限界まで来たとなったら、その時は――。

 

 気持ちが落ち着くと腹が減ってきた……。

 僕は自室から出てリビングに向かう。

 

 あれ、制服姿の妹がまだリビングにいるじゃないか。

 

「よう兄、目が赤いよ。大丈夫?」

「のぞみ、学校は?」

「んー、よう兄と同じだよー」


 サボリってことか。両親は既に会社に出ている時間だし、家に残っているのは妹と僕だけだ。

 しっかし、うちの両親は自由人だよなあ。と我ながら思う。子供たちが学校をサボっていても何も言わないんだから。

 まあ時間帯的に言わなきゃ分かんないんだけどね。学校が始まるギリギリの時間に登校するなら、両親の方が家を出る時間が早い。

 毎朝、家のカギを閉めるのは妹なんだもの。

 

「僕はもう大丈夫だから、学校へ行ってきなよ」

「ふうん」


 妹は軽薄そうな言葉とは裏腹に、僕へひしとしがみつくように腕を回しギューッとしてくる。

 

「ごめんな、心配かけて」


 妹の頭を撫で、出来る限りの優しい声で呟く。

 彼女は僕の胸に顔を埋めたまま顔をあげようとしない。

 ここまでされないと分からない自分に腹が立つ。あれだけ部屋で暴れていたら、妹だって気が付くさ。やるなら、家族みんなが家を出てからやるべきだった。

 例え、このループが終わると忘れられることだとはいえ、後味が悪過ぎるし。心配はかけたくない。

 

「おうー、じゃあ、お詫びにジャイアントコーンを買ってくるのだー」

「分かった! 任せておけ」

「おー。行ってくるね。よう兄」

「うん」


 顔をあげた妹は目を赤くしながらも満面の笑みを浮かべ、元気よく腕をあげる。

 僕に学校へ行けと言わない辺り、彼女の気遣いが見て取れた。

 全く、敵わないよのぞみには……僕は心の中でそう独白する。見ていろ、のぞみ。僕だってできるってことを見せてやるぜ。今回ではないけどな。

 僕は何か間違った方向かもしれないと思いつつも、深く考えないことにした。

 

 この後、学校に行くか迷ったけど、今回のループは学校へ行くのをやめておこうと思う。

 いくら気持ちに整理がついたとはいえ、まだちょっとしたことで揺らぎそうだから……。

 あとだな、今ちょうど精神を落ち着けかつ、可能性まで探ることのできる一石二鳥のアイデアが浮かんだんだ。

 

 ◆◆◆

 

 僕はジャージに着替え、近くの公園まで繰り出す。

 公園には芝生のエリアがあって、気候のいい時期ともなると大賑わいになる。今は暑くて人もいないけど……木陰に入れば耐えられないことはない。

 

 僕は懐かしい気持ちになってとある木の下に腰を降ろす。

 最初のループの頃、よくここへ通ったものだ。そう、自分の異能について知り、エネルギーの操り方をここで開発したのだ。

 目を瞑り、外へ外へ意識を向けて行く。

 風の音、鳥がくええと鳴く声……隣の区画の滑り台で遊んでいるだろう子供たちの声……。

 普段耳に入っていても、聞こえてこない音が認識できる。

 地面からは熱気だけでなく、他の目に見えない何かが僕の身体に流れ込んでくるのが感じられた。これこそエネルギーである。

 

 目を瞑った瞑想状態に入ると、僅かなエネルギーでも感じ取ることができるんだけど……学校で雨宮さんと会話しながらとかは無理だ。

 研ぎ澄ますことでもっと些細なエネルギーも集中せず感じ取れるかもしれない。

 でも、今回瞑想しているのはそこが目的ではないのだ。僕はエネルギーを感じ取るだけでも数回ループをした。もっと効率よく修練を進めることができるのなら、雨宮さんに三日間で身に着けてもらうこともできるんじゃないかと思ったわけなんだ。

 もう一つは、瞑想していると気持ちが落ち着き、自分の気持ちが整理できる。

 

 僕は日が暮れるまでずっとここに座り瞑想を続けたのだった。自宅に帰ってからジャイアントコーンを買うことを忘れていたことを思い出し、妹に睨まれてしまうハプニングが……。

 

 翌日は学校へ行くフリをして、公園へ向かい、昨日と同じように瞑想を続ける。

 最終日も同様に……。

 気持ちは完全に落ち着いたが、雨宮さん向けの修練プログラムについては三日間ではとてもじゃないけど身につかないと改めて認識した。

 でも、僕の心は揺らがない。次のループよ……待っていろ……。

 

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