第6話 モミモミするぞ

――ジリリリリリ

 僕の意識が覚醒する。んー、やっぱりそんなに甘くは無いか。原因を取り除かない限り爆発は確定ってことだ。

 やはり、雨宮さんのおっぱいを揉まねばならぬ。

 前回のループと同じ動きをすれば初日の古池でチャンスは巡ってくる。

 僕は拳をギュッと握りしめ、気合を入れた。

 

 ◆◆◆


――七月一日 古池にて

 古池で岩切さんへペットボトルを渡し、右側を確認。よし、雨宮さんが走ってやって来るぞ。

 ここで僕も動き……ってそんなうまくいくわけがないだろお。

 スカってしまった。

 

――三度目

 今度こそ、やるぞ。岩切さんにペットボトルを渡していては、雨宮さんが僕の動きに気が付いてしまいどんなに上手く動いても回避されることが分かった。

 ならば少し強引だけど、不意に物陰から出て彼女を驚かすフリをして失敗するシチュエーションで行こうじゃないか。

 あ、タイミングをミスった。雨宮さんがもう転んじゃっている。

 

――八度目

 やったぞ、雨宮さんとうまく接触できた。が、しかし、肩が触れ合っただけだ。

 つまり失敗。

 

――十五度目

 タイミングだ。全てはタイミング次第。触れるだけでもダメ、下敷きになるだけでもダメなのだ。

 くわっと目を見開き、僕は神々しいまでの洗練された動きで雨宮さんの手前でワザとらしく転ぶ。いや、外から見たら自然な転び方に違いない。それほど僕の転び芸は研ぎ澄まされている。

 何しろ、ループを繰り返している間、ここ以外で何度も練習をしたからね。イメージトレーニングってのは大事だ。実技研修までした。もちろん一人で。

 

 今度のタイミングはバッチリだ。これほど芸術的な動きはもう二度とできないだろうと思わせるほどに。

 雨宮さんは仰向けに倒れた僕の上にそのまま倒れこんでくる。慌てて彼女を受け止めようと両手を伸ばす僕の手にぽよよーんと。

 三度目とはいえ、おっぱいの感触は下着と服越しでも確かな柔らかさを感じた。ってそうじゃない。そこが目的ではない。もう少しでダークサイドに囚われるところだった。

 

「だ、大丈夫? 雨宮さん」

「松井くんこそ」

「あ、あああ。ご、ごめん、雨宮さん」


 謝罪の言葉も手馴れて来た。最初は何も言葉を発することができなかったからな。

 しかし、ここからが難しい。

 僕は彼女を立たせるように動くフリをして、彼女のおっぱいを揉む。な、なんて柔らかさなんだ……まるで突き立てのお餅のようだ。

 つ、ついに野望を達成したぞ!


「きゃ、松井くん」

「ご、ごめん。雨宮さん、悪い。雨宮さんがそのまま立ち上がってくれるかな」

「う、うん」


 どうやらワザとやっているとは微塵も思われていないらしい。彼女は地面に手を突き腕を伸ばすと膝をついてから立ち上がる。

 一方の僕は密着した彼女の柔らかさとか両手に残る幸せな感触とか全て吹き飛んでいた。

 

 僕の心を占めていたのは――

 ――酷い落胆、それだけだった。

 

 ゆっくりと立ち上がると、雨宮さんが眉をひそめているじゃないか。


「松井くん、本当に大丈夫? 顔が真っ青だけど?」

「あ、うん……でも、念のため保健室に行ってくるよ」

「私も付いていくわ」

「大丈夫だよ。ついてきてもらえるのは嬉しいけど、それだと雨宮さん、お昼を食べ逃しちゃうよ」


 僕は心配する彼女をよそに足どり重く、保健室へ向かう。

 

 保健室に入ると、僕の顔色を見た保険医さんもすぐにベッドへ寝るように指示を出してくれた。

 ありがたい。今はもう全く動く気力がないんだ。

 

 ベッドに寝転がり、大きく深く息を吐く。

 どうすればいい? 一体どうしろっていうんだよ!

 僕は確かに雨宮さんのおっぱいを揉んだ。でも、彼女の胸に溜まったエネルギーは微塵も変化しなかった。

 エネルギーが拡散することも、僕の手の平から吸収することもなかったのだ。

 彼女のおっぱいを揉めば解決すると思っていたんだけど、結果は惨敗だった。じゃあ、どうすりゃいいんだよ。彼女は自分でエネルギーを拡散することなんてできない。エネルギーの吸収をとめることだってできない。

 七月二日には暴発し、爆破する。

 

 この日僕は一時間ほどベッドで寝ころんだ後、帰宅した。

 

 ◆◆◆

 

 翌日の七月二日は動く気力が全く沸いてこず、学校を休む。

 家にいたところで、何か進展があるわけでもない。

 でも、僕が雨宮さんのおっぱいを揉むまで何度ループしたと思う? ダメでした。じゃあ次って気持ちへ切り替えるのはとても難しいんだよ。そんな楽天的にはなれないよ。

 ベッドにうずくまり、ため息をつく。昼も食べる気になれず、グダグダしていると家のチャイムが鳴る。

 宅配便か? あいにく家の中には僕しかいない。もうすぐ妹が中学校から戻ってくるからその頃に来てくれ……。

 ベッドでゴロゴロしたまま、起き上がろうともせずぼーっとしていたらまたしてもチャイムが鳴った。結構頑張る宅配便だな……。僕の家は二階建ての一軒家で自室は二階にある。

 窓から外を覗くと家のチャイムが見えるのだ。

 一体どんな奴なんだろうと思って、カーテンの隙間から外を伺うと……え、えええ。


「雨宮さん」


 驚きでつい呟いてしまった。

 どうしたんだろう、いつもの彼女と違って酷く憔悴したように見える。

 そんな顔を見せられたら放っておくことなんてできないじゃないか。

 僕はジャージ姿のまま玄関へ向かう。

 

 ガチャリと扉を開けると、雨宮さんが顔をあげる。すぐに僕だと気が付いた彼女は縋りつくように僕の肩を両手で掴む。

 

「松井くん、松井くん……よかった……」


 雨宮さんは目に涙をためながら僕の名を呼ぶ。

 

「雨宮さん?」

「うん?」

「ここじゃあなんだし、あがっていってよ」

「私が入っていいのかな?」

「もちろんだよ」


 入ってもらってから気が付いた。

 家の中で二人きりになってしまうことに……。

 しかし、靴を脱ぎ廊下にあがった雨宮さんを押し戻すわけにもいかないだろ。彼女がいいって言ってるんだからいいのだ。うん。

 

 そんなわけで、雨宮さんを自分の部屋へと連れて行く。

 

「ええっと、ベッドの上にでも座ってて」

「うん」


 これで意識するなという方が無理だ。僕の部屋に制服姿の凛とした美少女がいるんだぞ?

 彼女がベッドに座ったことで、ベッドが軋むと同時に彼女の制服のスカートが僅かに揺れる。僕は思わずゴクリと喉を鳴らす。

 い、いかん。意識するな。

 

「雨宮さん、コーヒーでも入れて来るよ。そこで待ってて」

「ありがとう。松井くん」


 僕の部屋は誰が来ることは想定していない。部屋にあるのはベッドと勉強机のみなんだ。小物なんて一切ない。勉強机にはノートパソコンを置いてはいるけど、衣類は全て押し入れに入ってしまう。

 他に椅子もないし、コーヒーを置く机なんかもないんだよ。

 だってさ、僕の部屋にお客さんが来たのは……中学の時以来なんだもの。準備がなくて当然じゃないか……。ぼ、ぼっちじゃねえよ。

 

 僕はさっきまでの沈んだ気持ちなんて吹き飛んでしまい、部屋にいる美少女に胸の高鳴りと緊張感が抑えきれずにいた。

 コーヒーをお盆に乗せて、自室へ向かう。

 

 そこで、僕は開けっ放しのドア越しに見てしまったんだ。

――雨宮さんの頬を伝う涙を。

 その瞬間、僕はバケツで思いっきり冷水を浴びせられたように先ほどまでの浮ついた気持ちを恥じる。

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