第7話 ごめんね

「雨宮さん」

「ん、ご、ごめんね。松井くん」

「え? 僕の方こそ、君が、えっと、その、な、泣いていたのは」

「私とぶつかってから様子がおかしかったから、ひょっとしたら……って思っちゃったの」


 そ、そんなわけないだろ。僕が雨宮さんに覆いかぶされたよりも自分でワザとすっころんだ時の方が遥かに衝撃は大きんだぞ。


「雨宮さん、僕はこの通り怪我一つないよ。雨宮さんが気に病むことなんて一つもない」

「で、でも。松井くん、一昨日から少し様子がおかしかったし……。私とぶつかった後は真っ青で……今日なんて学校を休んで……」


 察しが悪い僕でもようやく雨宮さんが何を考えているのか理解できた。

 彼女は六月三十日から僕の様子がいつもと違うと思っている。そして七月一日に僕とぶつかった後、僕は保健室で寝込んでしまった。

 きっと「僕が自殺するかもしれない」と思ったんだろう。何故、いきなり話が飛躍するのかって? それは以前のループで彼女が僕を気にかけていた理由だったから。

 彼女は大きな勘違いをしている。玄関口で「私が入っていいのかな?」って言葉からも明らかだ。

 

「雨宮さん、誤解だよ」

「ん?」

「僕が青ざめたのは雨宮さんとぶつかったからじゃあない。僕は『自殺』するつもりもないし、明日にはちゃんと学校に行くつもりだったんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん、そうだよ。雨宮さんとぶつかる前に僕は転んじゃっただろ? あれは朝食べたものが悪かったみたいなんだ。転んじゃった時から調子が悪かったんだよ」

「そ、そうだったの……私の勘違いだったのかな?」

「だから、あやまるのは僕の方だ。雨宮さん、心配させてごめん」


 僕は深々と頭を下げる。

 しかし、ほっそりとした白磁のような色をした手が僕の肩を押し上げた。

 

「ううん、ありがとう。松井くん」


 上目遣いは卑怯だよ、雨宮さん。

 彼女は僕の傍に立つと、すっと手を前に出す。

 ん?


「握手しよ」

「え、あ、うん」


 雨宮さんの手を握りしめると、彼女はもう一方の手を僕の手に重ねて来た。


「これで、このお話はおしまい。うん!」

「ありがとう、雨宮さん」


 雨宮さんの体温が手を伝って僕の胸に流れ込んでくる気がする。僕はこれほどまで人と本音を語り合ったことはない。

 氷の美少女なんてとんだ風評被害だよ。彼女はたかが二、三度会話を交わしたに過ぎない僕のことをこれほどまでに心配してくれる並外れた熱い心の持ち主なんだ。

 彼女の気持ち、そして罪悪感が分かった時から、僕は自分がなんて自分勝手で酷い奴なんだと自責の念に苛まれていた。

 でも、雨宮さんは僕のそんな気持ちさえ見越してこうして握手をしてくれたんだろう。気に病むな。私のことは気にするなと言ってくれている。

 それが分かるから、不覚にも目頭が熱くなってしまう。

 

「雨宮さん」

「うん?」


 僕は雨宮さんの手に更に手を重ねギュッと握りしめた。

 

「僕は必ず君を救って見せる。例え何があろうとも。きっと、必ずだ」


 雨宮さんは不思議そうに首を傾ける。でも、彼女は突拍子もない僕の発言に笑わずにいてくれた。そういえば、彼女に初めて「異能」について語った時も真剣に聞いてくれたよなあ。

 しばらく手を握りしめあったまま、無言の時が過ぎ……雨宮さんは口元に僅かな笑みを浮かべ、

 

「もし、そんな時があったら、頼りにするね。松井くん」


 と言ってくれたのだった。

 

「ただいまあああ! よう兄ー」


 うお、このタイミングで妹が帰って来たのか。

 僕はパッと雨宮さんから手を離すと階下へダダット降りていく。

 

 階段を降り切ったところで、廊下で待ち構えていた妹と目が合う。

 

「よう兄ー。なにかなあ。あの可愛らしい靴ー?」


 ニヤニヤと妹が肘で僕の腹を突いて来る。

 

「う、うう」

「妹さん? お邪魔してます。松井くんのクラスメイトの雨宮です。よろしくね」


 ちょっと、雨宮さん。今降りて来たら……。僕にはもうどうしていいのか分からない。

 こんな時、どう振舞えばいいんだ。

 

「わたしは松井のぞみです。中学三年生です」


 ペコリと妹が頭を下げた。

 

「松井くん、じゃあ、明日学校でね」

「あ、うん」


 玄関に向かう雨宮さんの後ろをついていく僕なのであった。

 おずおずと手を振る僕へ雨宮さんは軽く会釈をして、扉を開け外へ出ていく。

 

――ガチャリ。と扉の閉まる音がすると、僕は肩を掴まれた。

 振り向くと、極上の笑みを浮かべた妹の顔が目に映る。

 

 ◆◆◆

 

 妹の手をスルリと抜けて、僕は家から飛び出してしまった。既に雨宮さんの姿は無く、このまま家に戻る気にもなれない僕はどうしようか首を捻る。

 ジャージのポケットに入ったスマートフォンを見ると、時刻は十九時二十二分を指していた。もうこんなに時間がたっていたのか。爆発まであと三十分ほどしかない。

 雨宮さんの家は二つ隣の駅にある。駅から降りてだいたい十分くらい歩くと彼女の家に到着する。ここから行くとなると……だいたい三十分くらいか。

 今から出たらちょうど爆発までに間に合う見積りだ。

 

 もう二度と彼女が爆発する姿を見たくないと思っていたけど、僕の足は引き寄せられるように彼女の家に向かっていた。

 電車に乗り、駅を降りる。彼女の家が見えてくる頃には、十九時五十五分だった。

 ここに来るのは二度目だ。僕はスマートフォンで時刻を表示させながら、彼女の家を見やる。彼女の家は僕の家と同じ感じの一戸建てで雨宮さんの部屋は二階のピンクのカーテンがかかった部屋になる。

 

 何回目のループの時だろうか。僕は過去のループに思いをはせる。

 二度目のループで自分が三日間を繰り返していることに気が付いたわけだけど、最初は爆発よりも何故自分がループしているのかってことを知りたかった。

 学校を休んで、いろんな図書館を回って調べたけど全く見当がつかなかったんだ。でも、ベッドでゴロゴロし目を瞑っていると、これまで感じたことのない何かが体を流れるのを感じた。

 意識して鏡に映った自分を眺めてみると、全身にぼんやりとした何か靄のようなものがグルグルと心臓を中心に廻り巡っているのが見て取れる。

 他の人はどうなんだろうと家族をじーっと見つめてみたけど、僕の身体にあるような靄っぽいものは感じられなかった。

 僕はこの時確信したんだ。これこそ、僕をループさせている力の源なんだってね。僕はこの靄をエネルギーと名付ける。多少の訓練は必要だったけど、慣れてくるとエネルギーがどのように動いているのか分かるようになってきた。

 エネルギーは呼吸することで自然に体に取り込まれる。そして、意識しなくても自然にエネルギーは息を吐くと外に出ていく。

 更に練習を重ねると、例えば地面に手を突いて、意識してエネルギーを取り込むこともできるようになったし、身体からエネルギーを一気に放出することもできるようになった。

 

 自分について分かったところで、僕は朧げながら爆発の原因がエネルギーにあるんじゃないかと考えるようになる。

 一つの区切りがついたところで、息抜きに久しぶりに学校へ行ってみるかとループした僕は学校へ顔を出す。教室に入り、雨宮さんを見た瞬間に僕は余りの驚きで倒れそうになった。

 だって、彼女には僕と同じようにエネルギーが体に蓄積していたんだもの。

 僕が彼女に興味を持つのは理解できるだろう? 彼女は僕と同じようにループしているんじゃないかと最初は思った。でも、二度目のループで彼女は僕とは違うと確信するに至る。

 彼女もまた他の人と同じように、三日間、全く同じ動きをしていたのだから。次のループで僕は彼女が爆発の原因だと気が付く。

 彼女かもしれないと思う気持ちはどこかにあったけど、この時まで僕は爆発の原因は別にあると思っていた。例えば、不発弾とか……。

 でもひょっとしたらと思って、七月二日に彼女をストーキングしたのだ。そうしたら、ビンゴだったってわけ。

 その後、彼女は自分の異能について知らず、そのためもちろんエネルギーも見えない。でも、彼女の場合、僕と違ってエネルギーが一切外に出て行かないんだ。全部おっぱいに溜まっていく。

 そして、最終的にはエネルギーの暴発が起こり、大爆発ってわけだ。

 

 そこまで考えて時刻を見ると、二十時二分。ちょうど爆発の時刻じゃないか。

 もう今更心の準備なんて要らないけど、そろそろ視界が真っ白になって意識が途切れる。

 目を瞑り、大きく息を吐く。次のループで何をすべきか……。

 あれ? まだ大爆発が起こらない?

 時刻は二十時三分。お、おお? 何故だ? と思ったところで僕の視界が光に埋め尽くされたのだった。

 

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