第15話 ぼくはようへい
あの後、何事もなく帰宅する。
ご飯を食べて風呂に入り、自室でゆっくりと休むのはいいんだけど……僕は苦戦していた。
む、むむ。雨宮さんのラインIDを聞けたのはいい。メモもちゃんと見ているんだけど……どうすりゃいいんだこれ。
スマートフォンを手に持ったまま勉強机の前でうんうん唸っていたら、後ろに気配がする。
「よう兄ー。何してるの? ぼっち芸?」
「か、勝手に入ってくるんじゃない!」
「だってー、扉が開きっぱなしだったし」
焦った僕はスマートフォンをジャージのポケットに仕舞い込む。
よくよく聞くと失礼な奴だな。なんだよ。ぼっち芸って。
「ラインを入れるの? よう兄ー? ちゃんと聞けたんだー、えらいえらい」
「そ、そんなんじゃないし……」
「それじゃあ、わたしとラインがしたいのー? いいよー」
「あ、いや。のぞみとは家で話ができるじゃないか。それにショートメッセージも朝に送ってきたじゃないか」
「えー、じゃあ、誰とラインをするのかなー」
ニヤニヤとワザとらしく下から覗き込んできやがる。その頬っぺた……引っ張ってやろうか。
そもそも焚きつけたのは、のぞみじゃないかよ。
「誰でもいいだろ」
「まあ、いいや。よう兄のことだから、使い方が全く分からないんだよね?」
「う……正直に言おう。全く分からん」
憮然とした顔でポケットからスマートフォンを出し机の上にドンと置く。
「仕方ないなあ。もう。よう兄のぼっち脱出に協力してあげる」
「お、おう」
妹にスマートフォンを手渡すと、彼女はすぐにそれを触り始める。
あ、ロック番号を教えて……あれ?
「番号は?」
「よう兄のことだから、一二三四とかかなーと思ったらビンゴだったよー」
「お、おう」
妹からスマートフォンを受け取ると、ラインなるものの登録が完了していた。
彼女は僕のノートにIDとパスワードを書いてくれた。これが僕のラインIDらしい。
えっと、次は雨宮さんのIDを探すんだっけ。メモを手に取ると妹にひょいっと奪い取られてしまった。
「綺麗な字だねー。ひょっとして、よう兄、お相手は女の子かなー」
「ど、どっちでもいいじゃないか」
結局妹に全てやってもらい、雨宮さんにメッセージを送ることができる状態になった。
ではさっそく……。
『こんばんわ』
送った途端に返信が。
『ようへいくんって、松井くんかな?』
『うん。まついに』
変えようかな……って打とうとしたら、途中で送信してしまった。
『そのままでいいんじゃないかな。ようへいくん』
「は、はやい。追いつかねえ」
後ろで妹がくすくすと笑い始めたじゃないか。ぼっちの僕にこれはハードルが高い。
パソコンならともかく、スマートフォンで文字を打つなんてほとんど無かったからな。
で、でも。雨宮さんから「ようへいくん」と呼ばれたことに少しニヤけてしまった。表示名を「ようへい」にした妹のナイスアシストだったぜ。
松井に変えようと思ったけどこのままで行こう。
『明日は部活があるの?』
『ううん、明日は休みだよ』
知ってる。知ってるけど僕が知っていたら不自然だと思ってね。
文字を打つのは苦手だ……なのでシンプルにいかねばならない……。
さ、誘うぞ。雨宮さんを。その時ふと岩切さんのあの時の言葉が思い浮かぶ「興味がない男子を心配したりしないです」と彼女は笑顔で言っていたな。
他のことを考えている場合じゃない。手元が狂う。僕は緊張から手が震えながらも、文字を打つ。
『やこうちゅう』
『夜光虫のことかな?』
また途中送信してしまったぞ……。
『明日の夜、港に夜光虫を見に行かない?』
入力したぞ。してしまったぞお。
あれ、あんなに早かった雨宮さんの返信がまだ来ない……失敗したかな?
『誘ってくれて嬉しいんだけど』
ああああ、やっちまった。急いでフォローのメッセージを打とうとしていると、雨宮さんから先にレスが来てしまう。
『明日は雨の予報だよ。夜光虫は雨だと』
『明日は晴れるから』
『おもしろいようへいくん。明日は雨の予報だよ』
『じゃあ、晴れたら』
『うん、晴れたら私も見たいな。夜光虫』
『晴れたらでいいんだけど……明日の夜十八時頃、駅前でどうかな?』
『うん、せっかくだし雨だったら、ファーストフードでお話しでもいいよ?』
『うん』
やったぜ。雨宮さんと幻想的な光る海を眺めるなんて最高じゃないか。
「よう兄も隅におけないなあ」
「ま、まだいたのか」
しっかり観察されていたらしい。文字を打つのに夢中で妹を追い払っていなかった……。
ま、いいか。どうせループしたら僕以外誰もこのことを覚えていない。
ふーふーと猫の威嚇のような息を出し、妹へしっしと手を振る。彼女は肩を竦めニヤニヤしながら僕の部屋を出て行った。
『雨宮さんは、いま何をしているの?』
『今日の復習と明日の予習をやっているわよ』
『え、邪魔しちゃったかな?』
『ううん、もう終わったから』
『それ、僕とやり取りしていたから、邪魔してたんじゃ』
『そうね。ようへいくん、おもしろい人』
なんか変な画像が。これってラインの機能? 机をバンバン叩いているイラストかな。
いつもは凛とした感じの雨宮さんだけど、文字でやり取りすると軽妙な感じで新鮮だ。こういうのもいいよなあ。
この後、たわいもないメッセージを送りあい、楽しくて時間を忘れてしまうほどだった。
気が付くと夜も遅くなり、雨宮さんに「ごめんね遅くなって」とラインをすると、彼女は「楽しかったよ」とレスをくれたんだ。
◆◆◆
ん、登校中に何やらラインから通知が来ている。何だこれと見てみると、鈴って人から招待されているみたい。
鈴……はて? あ、岩切さんか。そういや、雨宮さんが教えておくって言ってたな。
すぐに了承すると、さっそく彼女からラインが来た。
『おはようございます。ようへい先輩』
『おはよう。岩切さん』
『では、また学校で』
『うん』
ん、やり取りをしていて気が付いたけど、僕が登録しているユーザーは三人いる。雨宮さん、岩切さん……あとこれは……のぞみって妹かよ。いつの間に。
『こらー、勝手にいじっただろ』
『登録の仕方も分からないとおもったのだー☆彡』
妹に抗議のラインをすると、軽ーい感じのレスが来た。ま、まあいいか。そうだよ。ご指摘の通り、俺は自分から招待メッセージなんてやり方が分からない。
ははは。
そんなことをやっている間に学校に到着し、教室に入る。
今日も教室には僕と雨宮さんの二人だけ……今ではすっかりこの時間は僕の楽しいひと時になっている。
「おはよう。雨宮さん」
今日も元気よく挨拶できたぞ。満足だ。
「おはよう。洋平くん」
え? あれ? いま、僕のことを。
「ん、んん。雨宮さん?」
「どうしたの? 洋平くん」
「や、やっぱり。僕の事を」
「嫌だったかな? 昨日のラインで」
そう呼ばれたいのかと思ってと彼女の顔が示している。
「洋平の方が嬉しいよ。でも、みんなのいる前だと少し恥ずかしいかも……」
「そ、それは私もかも……」
お互いに頭に手をやり、えへへーと笑いあう。
まだ、クラスメイトが来るまでに時間がある……放課後でもいいかなと思ったけど緊張して忘れるかもしれない。
チャンスはここしかない!
「雨宮さん、これ」
カバンから小さな包装紙に入った髪留めを彼女へ手渡す。
「これ、私に?」
「うん、お昼ご飯とか誘ってくれたお礼にと思って」
「そんな気を遣わなくても」
「そんな大したものじゃないんだ。百円だし……」
雨宮さんが開けたそうにしていたので、僕は首を縦に振る。
すると、彼女は包装紙を丁寧にセロテープからはがして中の髪留めを取り出す。
「こ、これ。売り切れてたんだ。欲しかったの」
「気に入ってくれたら嬉しいよ」
雨宮さんは黒猫の飾りがついた髪留めを両手でギュッと握りしめる。
僕は少しだけ後ろめたい気持ちがあったけど、雨宮さんの気に入る様子を見てそれも全て吹き飛んだ。
「ありがとう、洋平くん」
「うん」
雨宮さんから見つめられて恥ずかしくなり、顔を逸らす。
ちょうどその時、教室の扉が開く音がして、雨宮さんもパパっと踵を返し自分の席に座るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます