第14話 パシャリ

 放課後になると、僕は急いで駅前に向かう。まだ売れ残っているはずなんだけど、いざ買うとなると気ばかり焦っちゃってさ。

 百均ショップへ小走りで入り、一目散に目的の髪留めコーナーへ。

 お、あったあった。黒猫がじゃれている柄の髪留め。うん、間違いなくこれだ。よおし。

 

 すぐにそれを手に取ると、レジへ持っていく。

 無事購入完了だ。

 時間は……まだ少しあるけど……向かおうか。

 

 僕は学校へ舞い戻り、図書館で涼みつつ時間を潰す。髪留めはいつ渡そうかなあ。もう少し雨宮さんと仲良くなるまでやめておこう。そ、それにこの後は岩切さんもいるし……ただでさえ恥ずかしいのに渡すのは無理だ。

 いざ渡すとなるとなかなか手ごわいと思うけど……今は考えることをやめることにした。

 お、そろそろだな。

 図書館から校庭へと向かう。

 

 お、ちょうど、雨宮さんたちが校舎から出てきたところだ。いいタイミング。これなら自然に……。

 速度を調整しながら校門まで歩くと、雨宮さんと岩切さんが並んで少し後ろからやって来る。

 

「あ、松井くん」


 雨宮さんが手を振り僕を後ろから呼ぶ。


「雨宮さん、遅いんだね。いつもこの時間なの?」


 いけしゃあしゃあとよく回る僕の口。

 

「うん、カルタ部の練習で。松井くんは?」

「僕は図書館で涼んでいたんだよ。暑いしさ……」

「そうだったの、何か本を読んでいたの?」

「ん、んん。持ってきた本を読んでいたよ」

「へー、どんなのなのー?」

「んっと」


 カバンに入れっぱなしになっていたラノベを取り出そうとして手が止まる。幸いお色気な表紙じゃあないけど、表紙以外はよろしくない……ど、どうしよう。

 固まっていたら、岩切さんが雨宮さんの肩をちょんちょんと指先でつつく。

 

「雨宮先輩、この方は?」

「あ、鈴。ごめんね。この人がさっき言った松井くん」

「そうでしたか! 松井先輩。よろしくお願いします! なるほど、確かに……」


 岩切さんは何か言いかけてバツが悪そうに口に手をやる。

 その理由は……すぐに分かる。だって、雨宮さんがじーっと岩切さんを見つめているんだもの。

 

「岩切さん、よろしく。松井洋平です」

「岩切鈴です。松井先輩!」


 僕と岩切さんはお互いに軽く頭をさげ挨拶を交わす。


「あ、松井くん、ごめんね。邪魔して。カバンを開けていたけど……?」


 ま、まずい。そのお話しはやめよう。な、何かあ。

 

「え、ええっと。岩切さん、さっきは何を言おうと?」

「あ、え、ええ。雨宮先輩……そんな目で見ないでください。言いません、言いませんから!」


 なんだろう。岩切さんがこれほど動揺する姿をこれまでのループで見たことがない。

 雨宮さんは雨宮さんで岩切さんから目を離さないし……。

 大方、僕のことで何か雨宮さんが言ったんだろう。これまでのループから彼女がどのようなことを考えているのかなんてだいたい分かっている。

 言ってくれても全然構わないんだけど。

 

「大丈夫だよ。岩切さん。だいたい分かるから」

「え? そうなんですか?」

「うん、雨宮さんは誰とも喋ろうとしない僕のことを心配してくれていたんだよ? ね、雨宮さん?」

「う、うん……ご、ごめんね、松井くん」


 なんだか、雨宮さんまで挙動不審になってしまった。どうした、どうしたんだ。一体。

 

「じゃ、じゃあ。また明日ね。松井くん」

「松井先輩、また明日お会いしましょう!」


 微妙な空気が流れる中、雨宮さんはワザとらしく岩切さんの手を引き駅の方へと歩いて行くのだった。

 い、一体何が……。謎だ。

 僕は狐につままれたようなしっくりとしないまま、家路につく。

 

 ◆◆◆

 

――七月一日 朝

 寝坊することもなく、教室の扉の前までくる。よっし、笑顔ー笑顔だ。僕。

 行くぜ。

 ガラリと扉を開け、出来る限り元気よく。

 

「おはよう。雨宮さん」

「おはよう。松井くん」


 雨宮さんは珍しく自分の席でスマートフォンをいじっていた。

 ついつい目が行ってしまうと、雨宮さんはスマートフォンを隠すようにして立ち上がる。

 

「あ、あのね」

「うん?」

「鈴と連絡を取っていたんだよ。レジャーシートを忘れちゃって……」

「んん?」

「あ、言ってなかったかな。お昼は古池で食べようと思ってて。あそこは座るところもないし……でしょ」


 僕はなるべく自然な動作を意識してポンと手を叩く。

 古池、うん。古池だよね。そういや、雨宮さんは毎回レジャーシートを敷いてくれていたなあ。

 し、しかし……いいなあ。スマートフォンでやり取りできて……僕のスマートフォンは……時計だからな。

 ポケットに手を突っ込み、スマートフォンを指先でいじる。

 

 と、その時……僕のスマートフォンがブルブルしたじゃないか。

 な、何? 

 

 動揺しながらもスマートフォンを手に持つと、妹からのショートメッセージが来ていた。


『ちゃんと聞くんだぞー、よう兄ー』


 こ、このタイミングで送ってくるなよ。

 昨日、帰宅したら妹がスマートフォンをいじってずっとラインで遊んでいたんだよな。僕の帰りが遅かったので、妹の反応は「友達できたー? それとも、うふふ」みたいな感じだった。

 その後、なし崩し的に「まず第一歩はラインか電話番号を聞いてくるべし」というお話しになってしまったのだ。

 知ってた。僕は知っていた。帰りが遅くなると、妹が勘ぐってくるのはさ……これまでは流して自室へ上がっていたんだけど、彼女が意外に頼りになることも知っていたし……ついつい話しこんでしまったんだ。

 

「大丈夫? 松井くん?」


 メッセージを見たまま固まっている僕へ雨宮さんは何かあったのかと眉をひそめる。

 

「あ、いや。妹から、今日の晩御飯は? みたいなメッセージだった」

「仲いいんだね。妹さんと」

「う、うん。悪くは無いよ」

「私、松井くんがスマートフォンを触っているのをはじめてみちゃった」

「そ、そうなんだ、これはと、とけ……な、何でもない」


 つい事実を口走りそうになった。わざわざ雨宮さんに自分のぼっちぶりを伝える必要なんてないだろ……。

 ショートメッセージが来たことで動揺していたけど、冷静に考えるとこれはチャンスだ。あと数分したらクラスメイトの誰かが教室にやって来る。

 つまり、まだ二人きりの時間が残ってるってことだ。

 

「あ、あの……雨宮さん」

「あのね、松井くん」


 被った。

 

「先にどうぞ」

「松井くんからどうぞ」

「あ、うん。雨宮さんのアドレスを教えて欲しいなあって」

「うん、私もそれを言おうと思っていたの」

「え、ほんと?」

「うん。ラインIDを教えてくれたらこっちで登録するね」

「あ、僕は……ラインとかよく……」

「じゃあ、アドレス書いておくね。アプリを入れたらやり取りしようねー」

「う、うん」


 雨宮さんはさささっと自分のアドレスなるものをピンク色のメモ帳に書くと、僕に「はい」と手渡してきた。

 や、やるか今晩……リア充アプリ「ライン」ってやつを。

 一抹の不安を感じながらも、たかがメモ帳一枚とはいえ初めて雨宮さんからもらったものと意識したら頬が熱くなってくる。

 こういう時は、そうだよ。自分の席へ逃げるように座りこむ。これだね。

 ちょうど、クラスメイトが教室に入ってきたしさ。

 

 ◆◆◆

 

 すごろくをやっていたらあっという間にお昼になる。

 チャイムが鳴ると同時に、一人で先に古池に向かうと……なんと岩切さんの方が早かった!

 や、やりおるな……こやつ。

 

「松井先輩、こんにちはっす!」

「岩切さん、こんにちは」


 内心の動揺を隠し平静を装う僕に対し、岩切さんはひまわりのような笑顔で手を振る。

 レジャーシートを敷こうとしていたから反対側を手に持ち手伝う。

 

「松井先輩、昨日言おうとしたことなんですけど」

「んん?」

「自分から言えるのは一つだけっす。興味の無い男子のことを心配することなんて、いくら優しい先輩でもないってことっす」

「え、それって……」

「これ以上は秘密です!」


 口にチャックとでも言わんばかりに岩切さんは指で唇を挟む。


「二人ともはやいんだね」


 レジャーシートに腰かけた時、雨宮さんもやって来る。

 彼女へ挨拶をしているものの、僕はさっき岩切さんが言ったことが気になって仕方なかった。

 あの言い方だと、雨宮さんは以前から僕のことに興味があった? え、えええ。それは無いだろお……僕の空気になるスキルに綻びはないはず。

 

「先輩、松井先輩!」

「え?」


 顔をあげた途端にパシャリとスマートフォンで撮影されてしまった。

 岩切さんがすぐにどんな写真を撮ったか見せてくれたけど、変な顔をした僕と済ました顔の雨宮さんが映っている……。こ、これは酷い。もちろん僕の顔が。

 

「すぐに送りますね! 雨宮先輩! 松井先輩も……後でアドレス教えてください。送りますので!」


 ニコニコする岩切さんとは裏腹に、雨宮さんは無表情で僅かに眉があがってるし、僕は僕で……うん、それ以上聞かないで。

 

「松井くん、じゃあ、ラインID作ったら鈴にも教えていいかな?」

「うん。もちろんだよ」


 和気あいあいとしていたら、お昼休憩が残り半分になっていた。

 早く食べ始めないと……雨宮さんは食べるのが遅いんだ。

 

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