第3話 盛大な勘違い

 僕は花壇にいる。もうすぐ雨宮さんがここへやって来るはずだ。

 ん? あの後どうなったのかって? そらもちろん大爆発が起こり、六月三十日に舞い戻りその間チャンスを伺うも、無為に過ごした。

 

 雨宮さんが水やりをはじめ、ガマガエルに驚きホースを投げ上げる。

 ホースから出るシャワーが僕にクリーンヒット。はやる気持ちになりすぎて顔にかかってしまったのはご愛敬。

 

「雨宮さん、このまま僕が水をあげてもいいかな」

「今日は私が水やり当番だから……」

「でもさ、見てて」


 シャワーをガマガエルに向けると奴はぴょーんとジャンプする。それに対し小さな悲鳴をあげる雨宮さん。

 

「そ、そういうことは先に言って欲しかったな」


 雨宮さんは両手を腰にあて、唇を尖らせる。なんだか彼女らしくない子供っぽい仕草で少しドキリとした。

 僕の目線に気が付いたのか、雨宮さんは手を降ろし顔を横に向ける。

 

「あ、あの、えっと」


 この微妙な沈黙がチャンスだと思った僕は雨宮さんへ「お願い」をしようと口を開くがうまく言葉にできない。僕の馬鹿ああ。

 

「どうしたの? 松井くん」


 下から覗き込むように僕の顔を伺う雨宮さんに心臓が少し高鳴る。

 言え、言うんだ。僕。

 手をギュっと握りしめ、緊張から目を瞑った僕は大きく息を吸い込み、

 

「あ、あとで二人で少し話ができないかな……ちょっと相談したいことがあって……」


 だああああ。違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。この言い方だと、まるで体育館の裏に呼び出すベッタベタの告白ターイムじゃないか。


「う、うん。いいよ? じゃあ、放課後、生徒会室に来て」


 意外にも雨宮さんは僕の「お願い」を了承してくれた。表情は一切変わっていないけど。

 

「生徒会室って……」

「大丈夫だよ。今日は私以外誰もいないから」


 唇に人差し指を当て、目配せをすると雨宮さんは踵を返し校舎へと向かって行く。

 あ、ホースを僕が持ったままだ。

 

 ◆◆◆

 

 えっと、生徒会室はっと……校舎の二階だったか。過去のループで雨宮さんの後をつけ生徒会室の前までは行ったことがある。

 扉の前まで来ると、雨宮さんもちょうどやって来た。

 

「同じクラスなんだから、一緒に行けば無駄が少ないのに」

 

 雨宮さんは不思議そうに首を傾けて、生徒会室のカギをガチャガチャやっているけど……「一緒に向かう」とか有り得ないだろ。

 超目立つ氷の美少女と学校の影こと存在感ゼロの僕が一緒に歩いてみろ。変な注目を浴びてしまう。雨宮さんは気にしないだろうけど、僕には……少しキツイ。

 

 初めて入る生徒会室は思った以上に平凡だった。

 なんか革張りのカウチとソファーがあって移動式のホワイトボードか何かを使って作戦会議でもしているのかなあと思っていたけど、現実はそうじゃなかったらしい。

 折りたたみ式の長机を縦横に二つずつ並べ、机に沿うように背もたれ付きのパイプ椅子が六脚置いてあった。他には部屋の隅に片付けられたホワイトボードや筆記用具、運動会で使うであろういくつかの備品なんかが目に入る。


「松井くん、私に相談してくれてありがとう」


 雨宮さんは席に座ると真剣な眼差しで僕を見つめてきた。

 何というか深刻な雰囲気がぷんぷんしているんだけど、僕は雨宮さんに少し話がしたいって言っただけだよな。


「え、ええと」


 言いよどむ僕へ彼女は精一杯の微笑みを浮かべ言葉を続ける。

 無理に笑顔を作ろうとするから、不気味に見える……。いくら彼女が凛とした顔立ちの美少女だとしても、慣れない笑顔は……以下自粛。

 

「松井くん、誰にだって辛い事はあるの。でも、辛いことだけじゃないと思うんだ」


 な、何だ、どうなっているの? この展開。

 ま、まさか……。

 

「あ、あの……雨宮さん」

「大丈夫、私だって辛い事はたくさんあるわ。君だけじゃないのよ。だから……」


 だあああ、待て。待てえ。

 そうか、雨宮さんは普段誰とも会話しない僕が突然「相談」とか言ったから……。思いつめた僕の……いや、この先は語るまい。


「待って、待って。雨宮さん。僕は自殺するつもりなんてないから」

「え? そ、そうだったの」

「う、うん。でも悩んでることがあることは事実なんだ。き、聞いてくれるかな……」

「も、もちろんよ」


 冷や汗が顔に流れる雨宮さん。誰にだって勘違いはあるさ。

 で、でもこの分だと彼女は意外に世話好きなのかもしれない。正直に話をすればひょっとしたら……。

 僕は少しの期待を込めてカバンからノートを取り出した。

 

「雨宮さん、今から話すことは冗談とかではなく真剣な話しなんだ」

「うん」


 雨宮さんはゴクリと喉を鳴らす。

 ここまで来て未だ僕は喋ることに抵抗がある。聞いてくれる時間もありそうなことだし、じっくりといくとしよう。

 

「僕は人にはない『異能』を持っている。そのことについて雨宮さんに聞いてほしくて」


 笑われると思い、思わず目を瞑ってしまったが雨宮さんは「うん、続けて」と真剣な表情のまま答えてくれた。

 

「ありがとう。笑わないでいてくれて」

「松井くんが本気なのはわかるよ。だから」


 氷の美少女とか言われていたけど、雨宮さんは氷なんかじゃない。僕はほっと胸を撫でおろした。

 

「突拍子もない話だけど、僕は七月二日をもう何度も体験している」

「うん」


 ノートを開き、六月三十日と七月二日と記載する。

 

「それで、今日の八時過ぎに僕は六月三十日の朝に戻るんだ」


 シャープペンシルを七月二日に当て、ぐいいっと六月三十日へ引っ張っていく。


「松井くん……」


 雨宮さんが何か言いたそうにして口をつぐむ。

 ここまでは前段階、僕のことを知ってもらう必要はなかったけど、いきなり「おっぱいを揉ませて欲しい」と言って失敗しているからな。

 僕の事情や持っている情報を話すことで雨宮さんの反応が変わるならクリアが見てて来るってもんだ。試せることは何でも試していかないと。

 

「僕のことはいいんだ。問題は今日の八時過ぎに小暮市は原因不明の大爆発に巻き込まれ消滅する」

「ほ、本当なの……?」

「ああ、本当だとも。その原因は……き……」

「原因は?」


 だああ、言えない。言えないよ。真剣に聞いてくれてる雨宮さんに向けて、原因は君のおっぱいが爆発したからなんて……。

 しかし、言わないわけにはいかない。なるべくソフトに、ソフトに。

 

「雨宮さんが爆発に関わっているかもしれないんだ」

「え……私はどうすればいいの?」

「そ、それは……」


 雨宮さんは僕の言葉を待っている。ええい、ここまで言ったんだ。言うしかない。

 

「僕が雨宮さんの胸を揉むことで回避できる……」


 ガタリと立ち上がる雨宮さん。

 彼女はスタスタと僕の横まで来ると、手を握る。

 

「松井くん、君はそこまで病んでいたのね。大丈夫。きっとよくなるから……」


 彼女は目を潤ませてそんなことをのたまった。

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