振り返ればあの時ヤれたかも

うみ

第1話 おっぱいを揉ませて欲しい

「あ、あの、そ、その……えっと、突然でごめん、き、君の胸を揉ませてくれないかな……?」


 僕はあらん限りの勇気を振り絞り、氷の美少女こと生徒会長の雨宮あまみやさんへ尋ねることができた。

 彼女の顔をまともに見ることができず、かああっと頬が熱くなる。自分が非常識なことを聞いていることなんて百も承知だ。

 だけど、僕はお願いしなきゃならない。

 あ、あああ。雨宮さんが表情一つ変えずクルリと踵を返してしまう。首の後ろで縛った彼女の長い髪が左右に揺れ、まるで僕に「話すことはない、さようなら」と言っているようだ……。


「ま、待って、雨宮さん。こう見えて僕は真剣なんだ」


 必死の訴えが功を奏したのか、雨宮さんは僕から背を向けたまま立ち止まってくれている。

 

「そうしないと……せ、せ」

「せ?」

「世界が破滅するんだ!」

 

 スタスタと雨宮さんは行ってしまった。

 そ、そんなあ。つい焦って本当と違うことを言ってしまったのがいけなかったのか?

 世界は大げさにしても、今晩――七月二日二十時二分に僕らの住む小暮市が消滅するほどの規模がある大爆発が起こるのだが……。

 

「せっかく話しかけることができたけど、今回もダメだったか……しかし前進はしたよな」


 落ち込みそうになる心をグッと堪え、僕は教室へと引き返すのだった。

 

 その日の二十時二分、小暮市は熱風を伴った白い閃光に包まれる。爆心地から光が走ると、次々に建物ごと溶けて行く。そして、光が僕の皮膚へ当たったかと思うと熱を感じるまでもなく意識が暗転した。

 

 ◆◆◆

 

 ジリリリリリ――。

 けたたましい目覚ましの音とスマートフォンが揺れるハーモニーによって僕の意識は覚醒する。眠気眼ねむけまなこで枕元のスマートフォンを掴み電源ボタンへ触れる。

 画面には「六月三十日七時五分」と映っていた。


「ふう……」


 ベッドに座り大きく伸びをし、気だるさを感じながらも一息に立ちあがる。

 これで何度目の六月三十日なんだろう……少なくとも二十回は繰り返していると思う。

 はああと大きくため息をつき、勉強机に向かう僕。

 

 自分のおかれた状況に落ち込んでいても仕方ない。朝食の時間まで三十二分もあるんだ。何度目か分からなくなってきたけど、朝は情報の整理をする時間だと決めている。

 突然だけど、超能力とか異能って聞くとどう思う? そんなもの物語の世界だけだ。いつまでも中二病を患ってないでちゃんとしろよとアドバイスをされるだろう。僕だってそうだった。

 だけど、自分の身に不可思議な現象が起きてしまった今となっては、異能の存在を信じるしかない。

 一言で言うと、僕は異能持ちだ。死亡すると三日前の朝に戻る「タイムリープ」の能力を持っている。

 だから僕は知っている……今から三日後……七月二日に小暮市は大爆発に見舞われるってことを。大爆発が起きると、市内に住む僕も他の人と同様にその時点でお陀仏になる。

 話を戻すと、僕は今まで自分が「タイムリープ」の異能を持つことなんて知らなかったんだ。理由? とっても簡単さ。「僕は自分が今まで死ぬような目に会ったことが無かった」からだよ。

 

 一度目は何が起こったのか分からないままだった。二度目はひょっとして繰り返しているんじゃないかと思い、三度目で確信する。

 だから、僕は三度目の時に消防や警察へ小暮市で大爆発が起こることを喧伝した。しかし、どこも本気で取り合ってくれず小暮市から避難することで災害を回避することは不可能だと理解する。

 四度目は自分と家族だけでも逃げてしまえと暗い気持ちが浮かび、家族を説得したけど彼らも警察とかと同じで本気にしてくれなかった。ならばと僕は小暮市から一人でも出てしまおうと電車に乗るところまで行った。

 しかし、僕は重い罪悪感を覚えると同時にこの災害を何とかできるのは自分だけじゃないのか? と考えを改めたんだ。

 繰り返せる僕なら、災害の原因を突き止め、大爆発を「無かったこと」にできるはずだとね。

 

 何度かループするうちについに僕は爆心地を突き止めた。それはとても意外だったんだよ。

 

 不発弾とか工場の爆発なんかじゃなく……

 爆発の原因は「雨宮さん」だったんだから。

 

 そして僕は確信する。異能を持っているのは僕だけじゃなく雨宮さんもなんだってことに。

 彼女を観察していると、どうも自分の異能について知らないみたいだった。観察じゃなく手っ取り早く彼女に聞けばいいじゃないかって? 僕は人と話すのが苦手なんだ……。

 普通の生徒でさえ声をかけるのに力がいるのに、まして無表情で凛とした顔立ちから「氷の美少女」なんて呼ばれる雨宮ほのかへ気軽に声をかけることなんてできるわけがないじゃないか。

 彼女が異能のことを知らないのは問題じゃないんだけど、異能を使うためのエネルギーと言えばいいのかな……。僕の体にも同じような物が流れているんだけど、そのエネルギーが彼女の場合日に日に増えているみたいで、パンパンに膨らんだ風船のようになっている。

 そして、八月二日に限界を超え弾けた。その結果が大爆発ってわけなんだ!

 僕の持つエネルギーで彼女の体内にあるエネルギーを乱すか、僕が彼女のエネルギーを吸うかすることで彼女の暴発は防ぐことができると思う。

 そのためには彼女へ触れる必要がある。

 でも、彼女のエネルギーが溜まっている場所が大きく僕に立ちはだかっているわけで……。

 

 ここまでで想像がつくと思うけど、彼女のエネルギーの蓄積場所は「胸」である。

 あえて言おう、おっぱいであると。

 だから僕は雨宮さんの「おっぱいを揉まなければならない」ということなのだ……。このミッションは果てしなく高い山だぜ。

 

 僕は前回のループでようやく達成することができた「雨宮さんとのやり取り」をメモする。当たり前だけど、どれだけノートにメモを残そうとループすれば全て真っ白に戻ってしまう。

 でも、書き出すことで記憶の整理にもなるし、暗記の手助けにもなるのだ。

 

 よっし、こんなもんか。僕はノートをパタンと閉じ通学カバンへ放り込む。

 今回こそ、雨宮さんのおっぱいをモミモミしてやる。

 我ながら目標と言うには力が抜ける内容だけど、小暮市の消滅を避けるためやらねばならない!


「ようにい、ごはんだよー」


 階下から妹の声。

 声にビクリと反応した僕は、立ち上がって気合を入れるためガッツポーズをしそうになっていた腕が宙ぶらりんになりそのまま下へと……。

 申し遅れたが、僕は松井洋平まついようへい。どこにでもいるような高校二年生。部活にも入らず、学校では影がとっても薄い。

 な、なんか自分で言ってて悲しくなってきた。朝食を食べるとするか……。

 

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