6
ショウガとレモンがたっぷりのお茶は、体を内側から温めてくれる。
雨ですっかり冷えてしまった二人には、その温かさが心地いい。
一口飲んでふうっと息を吐き、また一口飲んでは息を吐く。そうやってゆっくりゆっくりと、二人は体を温めた。
今日のお茶のお供は、厚さ一cm程の丸い焼き菓子。バターに砂糖、塩と卵と小麦粉というシンプルな材料に、レモンの皮のすりおろしを加えて作られたそのお菓子は、まだほのかに温かい。
「うん、バターの風味が凄くいいね。あとこの、甘くてしょっぱい感じが凄く美味しいよ」
感想のあとにお茶を飲み、トーマはまた一つ焼き菓子を手に取る。
ルウンもまた、お茶を一口飲んでからお菓子を手に取り、小さな口で齧り付いた。
歯に当たってサクッと崩れたお菓子は、レモンの爽やかな香りがして、バターの風味も広がる。トーマの言った通り、味は甘くてしょっぱい。
ルウンが満足げにふっと頬を緩めると、それを見たトーマが「美味しいね」と笑った。
とても、穏やかな時間が流れる。
二人の間の沈黙を紛らわすのは、降り続ける雨の音だけ。
そんな時間を堪能しつつ、トーマはさり気なくルウンの様子を伺った。
先ほどくしゃみをしていたこともそうだが、その前、キッチンから出て寝室に向かう際、その体が大きく震えていたことをトーマは知っている。
「ルン」
呼びかけると、お菓子を口で咥えたままの状態で、ルウンがすぐさま顔を上げた。
少し頬が赤いような気がするのは、ショウガ入りのお茶で温まったからなのか。
「体、平気?あっ、いや。何もついてないよ、大丈夫。そうじゃなくて、調子が悪いところとかはない?頭が痛いとか、喉が痛いとか、体が怠いとか」
声をかけた途端口元を気にするのは、きっと以前のジャムのせい。慌てた様子が可愛らしくて思わず笑ってしまってから、トーマは話を元に戻す。
口に咥えたお菓子を離してから、頭や喉を触ってみたルウンは、ふるふると首を横に振った。
触診で分かるとも思えないが、ルウンは至って真面目な様子だったので、トーマも何も言わずにおく。
なんともないと答えるルウンだが、その頬がやはり普段より赤い気がするのは、ショウガのおかげで体が温まっているからのか。
「そっか。なら、いいんだ」
不思議そうな顔で首を傾げるルウンに、トーマはひとまず笑顔を返す。
今のところ、無理をしているようには見えないから、ここはトーマも引くしかない。
それに、心配しすぎという可能性も否めなかった。
「でも、少しでも体調がおかしいなって思ったらすぐに教えて。あと今日は、なるべく早めにベッドに入って、温かくして眠ることをオススメするよ」
なんだかよく分からないままに、とりあえずルウンは頷いておく。
体調が少しでもおかしいとは、この頭がぽうっとする感じも含まれるのだろうか――。聞こうかどうしようか迷ったけれど、結局開いた口には食べかけの焼き菓子を入れて塞いでしまう。
多分、大丈夫なのだ。これくらいのこと、今まで何度も経験済みだし、その度に何とかなってきた。
だからこれは、伝える必要はない。
ルウンは、はぐっとお菓子を噛み締めて、バターの風味と、鼻に抜けていく爽やかなレモンを楽しむ。
味は、甘くてしょっぱい。次から次へと手を伸ばしたくなってしまう味。
今日も美味しく出来たようで良かったと安堵しながら、ルウンはカップへ手を伸ばす。
砂糖の入っていないお茶は、たっぷり入れたショウガの香りと、こちらもレモンが酸味で爽やかさをプラスしてくれている。
美味しい。美味しいのだけれどなんだろう……何か、違和感のようなものがあった。
でもその違和感を上手く説明できないから、ルウンは胸の内にしまっておく。
頭がぽうっとするのも、何か違和感があるのも、きっと明日になれば治っているはずと――。
カップから口を離し、中で揺れる琥珀色の液体をしばらく見つめて顔を上げると、思いがけずトーマと目が合った。
「ルンは料理を作るのも上手いけど、お菓子を作るのも上手だね。この間のビスケットもそうだったけど、今日のも凄く美味しいよ」
今は笑っているけれど、目が合った瞬間のトーマは、とても心配そうな表情をしていたような気がした。
それがなぜかは、ルウンには分からない。
心配されるようなことは、自分には何一つないはずなのに――。
考えても分からないから、考えることを一旦やめて、ルウンは素直にトーマの褒め言葉に喜んで笑みを浮かべる。
楽しいお茶の時間は、続いていく。
どことない違和感と、僅かな心配を漂わせて――。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます