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「うわ……あとちょっと遅かったらずぶ濡れだった」
屋根を叩く雨音を聞きながら、窓を濡らす雨粒を見つめてトーマは呟く。
窓辺に張り付くようにして外を眺めていると、後ろから「準備、できた」とルウンの声が聞こえた。
「……随分と、重装備だね」
振り返った先には、白い布で頭と口元を覆い隠し、箒とチリトリ、バケツに雑巾を携えたルウンが立っている。
「二階、しばらく上がってない。だから掃除も、してない」
「……なるほど」
重装備の訳を理解して、トーマは神妙に頷く。
二階へと続く階段に向かったルウンを、トーマは窓辺から離れて追いかけた。
「持つよ」
ルウンが手にしていた物のうち、より重そうなバケツに横からサッと手を伸ばす。
遠慮する隙も与えずにバケツの運び手を交代したトーマは、何か言いたそうなルウンに、笑顔で先に上るよう促した。
二人で並ぶにはちょっと狭すぎる階段を一列で上りながら、トーマがルウンの背中に問いかける。
「ところでさ、なんで突然二階の掃除?あっいや、男手が必要だから丁度いいってことなら全然構わないんだけど」
振り返って訝しげな表情を浮かべるルウンに、掃除を嫌がっていると思われないように、トーマは慌てて付け加える。
ルウンは不思議そうに首を傾げたまま階段を上りきると、あとから来たトーマに場所を譲るように脇にどけてから口を開いた。
「ここしか……空いている部屋、ない」
上りきった先でトーマが見たのは、雑多に物が置かれていて、その全てが分厚い埃を被っている屋根裏部屋の物置だった。
「ここなら屋根、ある」
確かに、屋根はある。
何しろ見上げた先はすぐ屋根だ。
ポカンと立ち尽くすトーマを、ルウンは不安げに見やる。
「……ここじゃ、嫌?」
ハッとして我に返ったトーマは、不安げに自分を見つめるルウンに、大げさなほどに首を横に振ってみせた。
「そんなことないよ!正直、屋根があるなら納屋でも牛小屋でも、なんなら壁がないところだって構わなかったんだ。だから、こんなにいい部屋を貸してもらえて、ビックリしただけ」
我に返った途端、トーマは嬉しそうに部屋の中を見渡して、興味深そうに置いてある物を観察し始める。
その様子に、ルウンはホッと肩を撫で下ろした。
それでも一応「納屋も牛小屋もない……けど、鶏小屋なら」と声をかけてみると、振り返ったトーマが苦笑する。
「鶏か……それはちょっと遠慮したいかな。鶏も嫌がりそうだしね」
それもそうかと納得して頷くルウンから、再び視線を移してトーマは部屋の観察に戻る。
「これは、全部壊れているものなの?随分と長いことここに置いてあるみたいだけど」
「……壊れてるのも、ある。でも……多分、全部じゃない」
使いすぎて壊れてしまったものもあれば、使う機会に恵まれずに置いたままになっているものもある。
中には、ルウンが住み始める前から置いてある物もあるので、その実態はルウン本人にも把握しきれていなかった。
「壊れても捨てずに取ってあるのは、何か思い入れがあるからなの?」
何気ない問いかけに、ルウンはしばし迷ってから曖昧に首を捻る。
長く使った分だけ愛着は湧いているが、語るほどの思い入れはない。
微妙な表情で答えに困っているルウンに、トーマはそれ以上問い詰めることはなかった。
「壊れているなら、特に慎重に扱わないとだね」
にっこり笑ったトーマは、気合を入れるように、よし!と声を出す。
「じゃあまずは、何をどうすればいい?」
袖をまくりながら問いかけるトーマに、ルウンは表情を改めて、考え込むように部屋の中をぐるりと見渡した。
「……全部、一度下に持って行った方が、掃除しやすい」
トーマが寝る場所だけを掃除するという手もあるが、ルウンとしては、せっかくなら部屋全体を綺麗にして、少しでも過ごしやすい環境に整えたかった。
「分かった。じゃあ、下に運ぶのは僕がやるから、ルンは埃を落としてくれるかな」
箒にしようか雑巾にしようか迷った挙句に、埃の厚さを見て結局箒を手にしたルウンは、手前にあった二段の小さめの棚から順に被っていた埃を床に掃き落としていく。
「はい、終わったらもらうね」
トーマが手にした途端、棚を二段に分けていた中板がガコンと音を立てて外れた。
「……ごめん、ルン。壊しちゃった」
優しく受け取ったつもりだったけれど、優しさが足りなかったのか、それとも力加減を間違えたのか、とにかくトーマは外れてしまった中板からルウンに視線を移す。
ルウンは、申し訳なさそうなトーマに向かって、ふるふると首を横に振った。
「それ、前から壊れてた、から。……だから、大丈夫」
重量オーバーで中板を壊してしまったのは、もうずっと前のこと。
「そっか……。慎重に扱うって言ったのに、早速壊したのかと思って焦ったよ」
ホッとしたように肩の力を抜いたトーマは、今度は先ほどより慎重に棚を持ち上げた。
「それじゃあ改めて、大切に運ぶよ。これ以上壊したりしないように」
そうっと棚を気遣うように階段を下りていくトーマに、何か言葉をかけようかと悩んで、結局何も言わずにルウンはくるりと背を向ける。
こういう時は、本当ならなんと言うべきだったのか――“ありがとう”か、それとも“そんなに気を使わなくても大丈夫”か、考えながら箒を動かしていたルウンの耳に、下から自分を呼ぶトーマの声が聞こえた。
「これ、どこに置いたらいい?」
そう言えば決めていなかったと思いながら、ルウンは階段からひょっこりと顔を出して、とりあえず目に付いた場所を指差す。
ひとまず、階段を上り下りするのに邪魔にならなければいいだろう。
「じゃあ、他の物もこの辺に置いちゃうけどいい?」
コクっと頷いて見せてから、ルウンは急いで自分の持ち場に戻る。
さっさか箒を動かしていると、トーマが階段を上ってくる足音が聞こえた。
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