6 冷えた体にジンジャーレモン
今日も朝から相変わらずの雨。そんな中、ルウンはこれでもかというくらい頭を下げていて、下げられている側のトーマは、困惑した顔で何とか頭を上げさせようと奮闘していた。
「いいんだよ、全然。もともと、この家はルンのものなんだし、言ってみれば僕は居候みたいなものなんだから。ルンがこの家のどこでなにをしようと、それはルンの自由なわけで、だからそんなに……」
そんなに謝らなくても、と続けたかった言葉は、顔を上げてふるふると首を横に振ったルウンに遮られる。
「トウマ……昨日、寝てない。起きたら、机のとこにいた。わたしが……ベッド、取ったから」
「いや、あれはね……!」
自分で言いながら申し訳なさがこみ上げたのか、再びルウンの頭が下がりそうになったところで、トーマは慌てて口を開く。
ベッドはそもそも取られたわけではなく、トーマが進んでルウンを寝かせただけなのだが、それを説明したところで、ルウンの中での“取った”という気持ちは変わりそうもない。
家主であるルウンには、極力いつも通りに生活してもらいたいと思っているトーマだが、それが難しいことであるのはよく分かっていた。
何しろ、長く一人で暮らしてきたところに、突然見知らぬ旅の男が転がり込んできたのだ。この状態でいつも通りになどできるわけもない。
立場が逆だったとして、トーマができるかと問われれば、その答えは当然ノー。
それでも、申し訳なさそうに頭を下げる小さな少女を見ていると、そんな難しいことも願いたくなる。
「そう言えば、ルンは僕のペンをわざわざ拾いに来てくれたんだよね。まだお礼を言っていなかった。ありがとう」
少しでもルウンの中の申し訳なさが消えることを願ってかけた言葉だったが、その表情はどうにも晴れない。
これ以上“ごめんなさい”と頭を下げられるのは遠慮したくて、トーマは何か方法はないかと考えを巡らせる。
その間にも、ルウンの頭はどんどん下を向いていった。
「ねえルン、僕はもう“ごめんなさい”はたくさん貰ったから充分なんだけど、ルンとしては、まだ足りない?」
コクコクと何度も頷くルウンに、トーマは「それじゃあ」とついさっき考えついたことを告げる。
「僕のお願いを、一つだけ聞いてくれないかな。それでどうにか、この話は終わりにしたいんだけど」
“ごめんなさい”以外にお詫びを示す方法が思いつかなかったルウンは、トーマの提案に勢い込んで頷く。
トーマからのお願いを叶えることはつまり、そのままお詫びに繋がる。
けれどトーマとしては、自分で提案しておいてなんだが、内容を聞く前から了承の返事をくれるルウンに、まず心配な気持ちが湧き上がった。
自分がこれからしようとしているお願いにやましいことなど微塵もないが、いつの世も、他人の優しさにつけ込む悪意ある人間は少なくない。
「トウマ……?」
無防備に自分を見上げる、青みがかった銀色の瞳。その輝きが、今まで無事であったことが奇跡のように思えてならなかった。
「僕が言うのもおかしな話だけど、ルンはもう少し他人を疑うことを覚えたほうがいいと思うよ。自分の為に」
コテっと首を傾げるルウンに、僅かに肩を落として息を吐く。
「ごめん、話が逸れたね。えっと、僕のお願いって言うのは――――」
そのお願いは、おそらくルウンの申し訳なさを払拭するに足るようなものではない。
それでもトーマは構わず願うし、きっとルウンは不満げな顔で叶えてくれる。
それを思えば、やましさはなくとも、自分もルウンの優しさにつけ込むような人間の一人なのかもしれないと、トーマは自嘲気味に笑った。
「今日一日ルンのあとをくっついて回るから、ルンが普段していること、僕にも体験させてほしいな」
最初こそ驚いたように目を見張ったものの、その後は予想通り。ルウンは、とんでもなく不満そうな顔をしていた。
そんなのお詫びにならない!と、憤る心の声が聞こえそうなほどに。
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