1 出会いのハチミツ飴
賑やかな街の喧騒から離れ、のどかな町や村も通り過ぎてしばらくすると、やがて鬱蒼と木々が生い茂る森が見えてくる。
枝葉の隙間からしか日のささないその森は、昼間でもどこか薄暗い。
そんな森の奥深く、人気のない場所にポツンと、レンガ造りの洋館が佇んでいた。
造られた当初は大層立派であったろう外観は、今では蔦が絡まり放題で、レンガも所々ひび割れて崩れかけている。
館の周りだけポッカリと木々が開けているため、薄暗い森とは違って、そこからは青い空がよく見えた。
柔らかく降り注ぐ午後の日差しに照らされた屋根に向かって、森の方から賑やかに鳴き交わしながら鳥が数羽飛んでくる。
屋根の上で仲良くじゃれ合うその声を聞きつけたかのように、館の扉がゆっくりと開いた。
お盆に乗せた一人分のティーセットと、腕に引っ掛けたバスケットにはパン。
それを持って現れたのは、美しい白銀の髪の少女。
少女は青みがかった銀色の瞳で、屋根の上で鳴き交わす鳥達を眺める。
館の周りは上空が開けている為どこも柔らかい日差しに照らされているが、中でも特に日当たりのいい場所に、木製のテーブルと椅子が一脚置いてある。
長く使い込まれ、雨風にも晒されているため、古びて黒ずんでいるが、しっかりとした作りのそのテーブルに、少女は持っていたお盆を下ろした。
そして、バスケットからパンを一つ取ると、それを小さくちぎってテーブルの端にまいていく。
一つ分ちぎり終えて椅子に腰を下ろすと、それを待っていたかのように、鳥達がテーブルの上に舞い降りた。
パンを啄む鳥達を眺めながら、少女はティーポットをゆったりと揺らしてから中身をカップに注ぐ。
とぽとぽと音を立てて注がれる液体は、透き通るような赤い色をしていて、ベリー系の甘酸っぱい香りが立ち上る。
その香りを少女が胸いっぱいに吸い込んだ時、不意に鳥達がパンを啄むのをやめて顔を上げた。
少女もまた、すぐに同じ方向を見やる。
日の光がよく当たる館の周りと、薄暗い森との丁度境目辺りに、少女はその姿を見た。
縦に長い布製のバッグを肩に引っ掛けた、着古された旅装姿の青年。
その顔には、驚きと喜びと無邪気な好奇心が浮かんでいた。
「やあ」
軽い調子で片手を上げて、青年は少女に声をかける。
「キミは、一人でここに住んでいるの?それとも、他にも誰かいるのかな。もし良かったら、ちょっと話を――」
青年が一歩足を踏み出した瞬間、鳥達がそれぞれパンの欠片を咥えて一斉に飛び立った。
その羽音に青年が言葉を途切れさせた隙に、少女もまた椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、背中を向けて駆け出した。
スカートを翻して少女が館に駆け込むと、すぐさまバタンと大きな音を立てて扉が閉められる。
残されたのは、鳥達が食べ残したパンくずと、少女が手もつけずに置いていった紅茶に、パンが詰まったバスケット、それから――
「……ビックリ、させちゃったかな」
呆然と立ち尽くす青年が一人。
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