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「今日は、よく眠れそうだ……」
天井に向かってポツリと呟いたトーマの耳には、未だに屋根を叩く雨音が聞こえている。
昼間に比べて幾分、という事もなく、夜になってもその勢いが弱まることはない。
昼食を終えてから再開した掃除は、トーマの頑張りで何とか全ての物を下ろし終え、食器を片付けたルウンがやってくる頃には、ガランとした部屋のあちこちに分厚い埃が固まっているだけになっていた。
ルウンがせっせと箒で掃き、トーマが雑巾がけをした床に、寝床として設置されたのは、脚の壊れたベッド。
一本だけ壊れてしまっていた脚に合わせて、他の脚も同じ長さに切りそろえたので、だいぶ低くはなったが、野宿が基本のトーマは対して気にもしない。
むしろ、ベッドがあるだけで大変喜ばしい程だった。
想像以上に上等な寝床に、枕替わりはいつものバッグ。
ぼんやりと天井を見上げた姿勢で、トーマは明日のことを考えていた。
明日は、一階に下ろしたものを再び二階に上げるという作業が残っている。
けれどルウンは、この機会に壊れている中で木製のものは、解体して冬用の薪にすると言っていた。
となれば、二階に上げるものはきっとそう多くはない。
明日の工程を一通り確認したところで、トーマは天井から窓へと視線を移す。
月も雨雲に隠れてしまっているこんな日は、明かりを落としてしまえば、一気に部屋の中が暗闇に包まれる。
何も見えない窓から天井へ、再び視線を移して、トーマは小さく息を吐いた。
見慣れぬ天井、見知らぬ家、漂う匂いも嗅ぎなれず、背中に感じるのは、地面とはまた違った柔らかさ。
それが何だか落ち着かないなんて事もなく、トーマはベッドの上で存分に体を伸ばしてくつろいでいた。
旅人であるため、必然的に野宿が多いトーマではあったが、優しい人に出会えれば寝床を提供してもらえる時もあった。
その為、地面の上だって見知らぬ家の中だって、その気になればどこでだってくつろぐことができる。
けれど今は、体はくつろいでいても、その中は不思議な高揚感に満ちていた。
「外から見たのとは、全然印象が違うもんだな……」
外観はやっぱり少し廃れた寂しい感じがあるけれど、中には真逆の温かさがあった。
廃屋を思わせるような館の中は、生活感で満ち溢れている。
そのギャップが、堪らなくトーマを興奮させた。
しかもそこに住んでいるのは、これまた珍しい色の髪と瞳を持つ少女。
「こんな素敵な出会いがあるから、旅人はやめられないんだよな」
楽しげに笑って呟いて、トーマはそっと目を閉じる。
高まる気持ちを押さえ込むように深く息を吸って吐くと、昼間に溜め込んだ疲労が、じんわりと体を覆っていくのを感じた。
それに合わせて、ゆったりと眠気が近づいてくる。
トーマは、抗うことなく身を任せた。
程なくして、トーマは眠りの世界へ引き込まれていく。
***
同じ頃ルウンは、パッチリ開いた目で天井を見つめて、屋根を打つ雨の音を聞くともなしに聞いていた。
今日はいつもと違い、同じ屋根の下にトーマがいると思うと、心が妙にざわざわする。
それは嫌な感じではないのだが、妙に緊張するというか、ドキドキするというか、何とも言えない初めての感覚に、要は戸惑っていた。
雨が多くなるこの時期は、ルウンにとって憂鬱でしかなかったのが、今回はまるで違う。
まだトーマと出会って日は浅いが、誰かにご飯を作ってあげる喜びを知り、誰かとお喋りをする楽しさを知り、誰かと一緒にいることの温かさを知った。
今までずっと一人きりで、それが当たり前で、何の疑問も感情も抱かなかったルウンにとって、ここ数日で知ったたくさんの“初めて”は、全てが心躍るものだった。
パッチリと開いた目を何とか閉じて眠ろうと試みるが、眠気は一向にやってこない。
体の向きを変えてみたり、頭から布団を被ってみたりするが、やはり眠気は遠い。
布団の端に手を添えて、そこからちょこんと目だけを出して天井を眺めていると、不意に昼間の光景が蘇った。
――「美味しいよ」
少し焦がしてしまったお昼ご飯を、そう言って笑顔で平らげてくれたトーマの姿が頭に浮かぶ。
楽しかった午後の記憶に浸るように、ルウンはそっと目を閉じる。
眠気は依然として遠いが、今日は何だか素敵な夢が見られそうな――そんな予感がしていた。
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