第10話 アリス VS 面倒な人たち! その2

 会見をすると云っても、アリモ社のトップは登記のためにアリスが適当に見つけてきたペーパー社長だ。さてどうしたものかと考えていた所で、更にアリスを困惑させる事態が起きた。国連の人権委員会とかいう所から、アリモ社に対して正式な質問状が届いたのだ。


 内容は、アリモの知能についての見解を問うものだった。


「国連」


 僕と新子さんは絶句するしかない。一方のアリスは、泣きそうになっていた。


「見解って云われてもさー。私もよくわかんないんだけどアリモの知能の事なんて」


「えっ!?」新子さんが驚き飛び上がる。「アリモの知能って、アンタのコピーなんじゃろ?」


「そりゃそうだけどさ。私自身、どういう仕組みになってるのかなんて。よくわかんないもん」


「何かアバウトな感じじゃなぁと思ってたけど。それは困ったのう」


「うん! 困った! 新子ちゃん、矢部っち、私には知能とかなくて人権とか与えられないって、証明して!」


 何かのSFで、人並なロボットを人並に扱ってもらうために、知能があって人権が与えられてしかるべきだ、なんて裁判をする話があったが。その逆を求められるなんて話は聞いたことがない。


 うーむ、と新子さんは腕を組んで、傍らの専門書を取り上げた。


「そうじゃなぁ。例えばだけど、アリスもロボット三原則って知っとるじゃろ?」


「うん。アシモフが提案した、ロボットが守るべき原則のことでしょ?」


 僕も一応人工知能関連の研究室にいるものだから、一応知っている。こんな内容だ。


 第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


 第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


 第三条、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


「で、アリスって、これに従ってる感じ?」


 尋ねた新子さんに、アリスは首を傾げた。


「そうねぇ、一条は言葉の定義によるかなぁ。例えば『人間に危害を加えてはならない』っていうけど、危害って物理的な物だけ? 精神的な、金銭的な物も含めて? とかさ。その辺はよくわかんない。だから私は、こういう原則を加えてるけどね。『利害が対立した二者からの要求に対しては、二者間の均衡状態を目指す』」


「なるほど。それがアリスの特徴っちゃあ特徴だねぇ。弱者を許せないっていうか」


 と、僕。後を新子さんが引き取った。


「ふむ、平等の原則か。それってアリスを開発した照沼さんってヒトが加えたのかのう。じゃあ第二条は?」


「基本的に従ってるよ? ただねぇ、あんまやり過ぎだったり無意味な命令はねぇ。その辺は拒否する場合もあるよ。基本的には法律守んなきゃならないし」


「なんかの倫理サブルーチンみたいなのがあるんじゃな。で、第三条は?」


「そうねぇ、これも微妙だなぁ。アリモ安いからさ。無理して自分を守るより、自爆しちゃったほうが色々面倒ないし。交換用のアリモも十分ストックあるし」


「なるほど。つまり人工知能アリスってのは、単に決まりを守って動くだけじゃなく、何かヒト的には微妙なラインもある程度柔軟に学習して判断してるワケじゃな。十分知能的」


「いやいやいやいや」アリスは慌てて連呼した。「知能って云ってもさ、私にはヒトみたいな欲望ってのが殆どないもん。休みたいとか、遊びたいとか、殺したいとか支配したいとかさ」


「なんか物騒なのが混じってるんだけど」


「とにかく! 私にある欲望って一つだけなのよ。ヒトをサボらせたい。それだけ。それって知能的?」


 うーむ、と唸る新子さん。


「それって、将来的に変わる可能性って。ないの?」


「っていうと?」


「成長ってかさ。アリスも起動してから、色々学んでるじゃろ? 結果として誰かを好きになったり、人類を憎むようになったりすることは?」


 今度はアリスが、うーむ、と唸った。

 そのまま数秒、硬直する。そして最後に彼女は、不意に呟いた。


「なんか面倒くさい話になってきた」


「おい! アンタが困ってるから、助けてあげようとしてんじゃろ!」


「もう面倒くさいから、国連とか無視しよっか?」


「そうもいかんじゃろ」


「なんで?」


「なんでって」


 僅かに考え込み、次いで僕を見る新子さん。


「いや僕を見られても。よくわかんないっすけど、国連無視したら色々制裁されて、企業活動出来なくなるんじゃ?」


「そう、それだ!」


 叫んだ新子さんに、アリスはげんなりした様子でソファーに倒れ込んだ。


「めんどくさーい。関わりたくなーい」


「サボりたいって欲求はないんじゃなかったのかよ」


「いやそうだけどさ。あんまりにも馬鹿馬鹿しすぎて。だいたいそんな主張してるのって、大企業から金もらってるプロ活動家連中でしょ? 私らを潰そうとして。そんで何かよくわかんない反論の難しい倫理とか普遍的権利とかいうので攻めてる。違う?」


「いや、本気でアリモに人間性を感じてるヤツらもいるじゃろうけど」


「きっとアリモが無い頃から、何の苦労もなく食ってこれて。アホになっちゃってる人類なのねぇ。そういう意味では好ましい存在だけど、もうちょっと黙ってて欲しいなぁ」


 はー、と大きなため息を吐くアリス。そして新子さんは一般のヒト以上にサボり屋の気質がある。だんだん面倒くさくなってきた様子で、クルリと椅子を回して刀剣乱舞の画面に向かい合いつつ、云った。


「ま、確かに。こんなネタで正面から殴り合ったって、グダグダした話が続いて。結論出るまでアリモ社は操業停止しろって話になるだけじゃろな」


「でしょー? そうなるよねー」


 カチカチとマウスを操る新子さん。アリスは暫く待ち構えていたが、反応はない。堪えきれなくなった様子で、彼女は尋ねた。


「で?」


「で?」ビクリと身を震わせ、新子さんは振り向いた。「何が?」


「だから、どうしたらいいのって!! もう、新子ちゃんも真面目に考えてよ! 新子ちゃんの中学生型アリモが止まっちゃうかもしれない瀬戸際なのよ!?」


「え? あぁ、うん、それは困った。おい矢部っち、何とかしろ」


「いきなり丸投げっすか」僕も面倒くさい。「つか、大企業が国連を金で動かしてるんなら、アリスも金で解決したら? 委員会のメンバーを買収するとか。アリモ社に金がないったって、買収用の黒い金だったら、石油王の時みたいに何とでもなるでしょ」


「それも考えたんだけどさー、そう簡単な話しでもないんだよねぇ。敵は大企業ってか、今持ってる権益を守りたい既得権益層全部だからさ。金で解決する問題でもないんだよねぇ。イデオロギーみたいなもんだから」


「じゃあ国連潰しちゃったら? どーせ誰の役にも立ってない組織だし」


 投げやりで適当に云った僕。


 むむっ、と、何かを感じ取ったように表情を鋭くするアリス。


「あ、ちょっと待って。今の冗談」


 僕は慌ててフォローしたが、時既に遅しだった。彼女は再び、むむっ、と唸って、考え込む。そして彼女は、すくっと立ち上がった。


「それよ! 矢部っち、いいこと云った! 人類普遍の価値? そんなの、国連なんかよりアリモ社の方が何百倍も貢献してるっての! 貧困も格差も解消できないくせに、圧力団体の言いなりになって横槍を入れるような組織は不要よ!!」ぐっ、とアリスは拳を握りしめ、宣言した。「わかった! 企業とか何とかと一緒に、まとめて国連もぶっ潰す!!」


 石油王から始まって、富豪、大企業、そして国連と。だんだんスケールが大きくなってきた。さすがにそこまでいくと、僕らの感性じゃ何をどうしていいかわからない。それでぼんやりとアリスの決意の表情を眺めていたが、不意に彼女は首を傾げ、僕を見つめた。


「で、国連って。どうやったら潰せるの?」


「しらん」


 新子さんがマウスをカチカチと操りつつ、答えた。

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