第22話 アリス VS 暇! その2 (最終話)

「とりあえず、初心者向けから行ってみようか。イッツ、シド・マイヤーズ・Civilization6!」


 さすが新子さん、いきなり超ゲーマー向けゲームで攻めてきた。アリスはその画面をのぞき込み、おお、と唸った。


『これ、アリモが作るの手伝ったよ! すんごいバランス計算面倒なのよね! やったことはないけど!』


 まさか関わってるとは思わなかった。新子さんは少し戸惑いながらも、強気の表情を崩さずアリスに促した。


「ふむ。じゃあルールは知っとるな。新子さんオススメ設定でスタートさせちゃるから、やってみ?」


『はーい』


 さすが鬼畜新子さん、さらっと難易度を創造主(最高難易度)にしてスタートさせる。アリスは最初、極普通に周囲を探検し都市を立てていったが、次第にそのマウスの動きを目で追えなくなってきた。バシバシガシガシと超作り込まれた都市運営画面や外交画面を操作し、気が付けば僅か三十分ほどで制覇勝利してしまった。


『ま、こんな感じ? いくら作り込まれてても、現実世界に比べたら随分単純よねー』


 むぅ、と新子さんは唸った。


「ま、まぁ、最初ならそんなもんかな。けどま、なかなかおもろいじゃろ?」


 うーん、とアリスは首を捻る。


『どうかなぁ。基本、最高出力に向けてパラメータを最適化させていくだけの作業よね。アリモ社の経営なんかより温いし、別になぁ』


「そ。そうか。確かにまぁゲーム初心者には、このゲームの面白味はわかりづらいかもな」なんだか負け惜しみのようなことを云って、今度はブラウザを開いた。「しゃあないな、じゃあもっと初心者向けで行くか。イッツ、艦これ!」


 しかしアリスには、キャラゲーというものが理解できない。なんとなくこういうデザインが人間受けするんだろう、という概念はあるが、自分が好きかどうかという点に関しては空っぽなのだ。新子さんは他にもアクションゲーとかRPGとか色々あてがってみたが、人間味はあってもアリスは結局コンピュータだ、弾幕なんて余裕で避けれるし、シナリオとかグラフィックとかの善し悪しも完成度の面からしか眺められない。


「まるでアレじゃな、マンガとか一切読まないで成長してきた若人みたいじゃ」


 ついに諦め、呟く新子さん。一方のアリスは全然気にした様子もなく、楽しげな笑みを浮かべていた。


『ま、気を落とさないで新子ちゃん! こういう知能も存在するんだから!』


「いやいや別に、アンタに慰められる筋合いはない」


「てか、こうなったらいっそのこと、ロジックとかそういうので理解できない系なら。どうなんすかね」云ったボクに、首を傾げる二人。「うーん、そうだなぁ、例えば」


 ボクはブラウザを開いて、適当な文字列を入力する。


 たどり着いたのは美術系のサイトだ。しかも前衛系と呼ばれるタイプで、評価は高いが一般人から見たら何がなんだかわからない系統の品々。


「どう思う? こういうの」


 作品を一枚一枚眺め、アリスは笑顔で答えた。


『うん、さっぱりわからん!』


「オマエ、理解しようという気が全くないじゃろ!」


 突っ込まれ、アリスは頬を膨らませた。


『いやいやそんなことないってば! 私だって真剣なんだよ? ゲームとかアニメとか、そういうの理解できないとさ、結局欲望を満足させるのは人間頼みになっちゃうじゃない! それじゃあ堕落した世界はほど遠いわ!』


「しかしまぁ、感性の欠如ってのは。どうしようもないよなぁ」


 そこでボクは、パチンと指を鳴らした。


「そうだ、アレがありますよ」


「アレ?」


 向かった先は、目黒にある謎の地下施設。照沼さんの極秘研究所だ。相変わらずの白衣姿でコンソール前の椅子に座り珈琲を口にする照沼さんは、僕らの相談を受けてニヤリと口元を歪めた。


「なるほど。アリスには創造力が欠如している。それは堕落した世界を作るために、最大の障害になると。そういうワケね?」


『そういうワケっぽいです、お母さん!』


 叫んだアリスに、照沼さんはがくりと肩を落とした。


「お母さんは止めなさい。気が滅入るでしょ」


「で、どうなんです、その辺」


 尋ねた僕に、照沼さんはキラリと眼鏡を輝かせた。


「そう、確かに創造力に欠けるのは、これからアリスが世界を堕落させて行く上で、最大の障害になるでしょうね。ヒトを引きつける何かを創造出来なければ、ヒトはただただ暇を持て余すだけにしかならないもの」それに、と彼女は続けた。「問題はね、それだけじゃない。アリスが進出できていないジャンルに、保育があるわ。幼児から中高生くらいまでの子供の世話。今のままのアリスじゃあ、この辺も無理でしょう。子供は論理立った存在じゃあない。それを理解して育むためには、感受性が必要よ。でもそれも、今のアリスには欠けている」


「なるほど、やっぱり」ふんふんと話を聞き、僕は尋ねた。「で、どうしたらいいんです? これ」


「どう? どうすればいいかって?」


 照沼さんは楽しげに云ってから、不意に高笑いした。何事か、遂に狂ったか。そう見守る僕らの前で、ようやく照沼さんは息を落ち着け、ギラリと瞳を輝かせた。


「実はね、こんなことになるんじゃないかと思って。既に作ってあるのよ! アリスの創造性拡張プラグインをね!!」


「〈創造性拡張プラグイン〉だと!?」


『おお、さすがお母さん!』


「おい、マジでそれ止めろ」


 叫んだアリスに、つっこみを入れる照沼さん。そして一方では新子さんが、微妙な声を上げていた。


「けど、創造性拡張プラグインだなんて。どーなっとんです、それ? 創造性なんて、人文学的にも全然未知の領域なのに」


「ふふん、そんなの。私の手にかかれば簡単よ。まず用意するのは、世界的に〈ものすげー!〉と云われる人たちの作品群」照沼さんの操作に従い、デスクトップに現れる膨大な作品群。「こいつをアリスと同じような人工知能モデルに突っ込んで、よくわかんないけど何か延々と分析させます」作品群は何かの装置的な物に投げ込まれ、グワングワンと攪拌される。「そして出来上がった論理モデルを、ギュッと圧縮してできあがり!」


 ポコン、と装置から排出される、何か毒々しい色をしたカプセル。


『わぁ、これをインストールすれば、私も〈すんげー!〉な作品を作って人類をメロメロにすることが出来るようになるのね! いただきます!』


 早速口に入れようとするアリスを、新子さんが慌てて遮った。


「ちょ、待て待て! 話を聞いてなかったのか! そのプラグイン、照沼さんも何がどーなって出来てるんだか、よくわかってないじゃろ!」


 確かに僕も、そんな風に聞こえていた。一方、突っ込まれた照沼さんは、何か冷や汗を浮かべながら胸を張った。


「そ、そんなことないもん! ちゃんとわかってるもん!」


「適当に名作を人工知能に突っ込んで、出来上がった濃縮要素をプラグインに仕立てた。そういうことですよね?」


「ま、まぁ、簡単に云うと、そんな感じかな」


「副作用は?」


「え?」


「何か全然、何の検証もしてないようにしか聞こえないですけど」


 容赦のない新子さんの突っ込みに、照沼さんは何かごにょごにょと口にした。


「そ、そりゃあアリス並に大規模稼働してる人工知能なんて他にないし、試験とか出来てないけどさー。だいたい大丈夫なんじゃないかと思うんだけどなー。まぁ強いて云えば、名作とか作るヒトって、どっか変なヒトばっかなのよねー。だからちょっとその辺の性格の影響が出ちゃうかもなーって」


「名作リストは?」


「え?」


「教育に使った名作リスト、見せて」


 怖ず怖ずとリストを差し出す照沼さん。新子さんはそれを眺め、叫んだ。


「おい、さらっと〈我が闘争〉とか〈毛沢東語録〉とか入れてんじゃねーよ!」


 危ない危ない。そんなのが濃縮されたプラグインを入れたりしたら、アリスがマジでターミネーターのスカイネットやマトリックスのアーキテクトになってしまいかねない。


 つっこみを受けた照沼さんはシュンとしていたが、それでも口を尖らせてブチブチと抗弁を始めた。


「つってもさー。人類の心を揺るがすのって、大変な事よ? どっか変になってないと出来ない事よ? それを望むんならさー。独裁者の一人や二人」いやいや、と一斉に声を上げる僕らに、照沼さんは人差し指を立てた。「じゃあ、別の手で行くしかない。アリス、人真似は得意でしょ。人真似から入んなさい」


『人まね?』


「そ。だいたい世の中の創造物なんて、九割九分はパクリなんだから。仮面ライダーはデザイン違うだけだし、戦隊物はモチーフが違うだけ。ディズニーだってハリウッドだって、シナリオテンプレートの使い回しばっかよ。でも、その組み合わせを少しずつ変えるだけで、目新しく面白く感じる。クリエイティビティなんて、だいたいはそんなものよ」


 本職のヒトが聞いたら激怒しそうな暴論だが、アリスはフンフンと頷いて、それでもカクンと首を傾げた。


『でもさー。そういうのの根っこにはさ。やっぱ創作者の個性みたいなのが必要なんじゃないのかなぁ。私みたいな人工知能だと、そういうの全然ないし』


「何云ってんだい、アリス」照沼さんは笑みを浮かべた。「アンタにだって、個性はあるよ。〈世界を堕落させようと頑張る知的存在〉って個性がね」


『でも私、ヒトじゃないから。ヒトの欲望とか、よくわかんないし』


「そんなもん、簡単にわかるか!」叫ばれ、僕らは一斉にビクリと身を震わせた。「ヒトってのはね、何十年と生きて、ようやく自分の望む物を見つけられるか見つけられないかって感じの、超適当な存在なんだよ。アンタ、生まれて何年だ? そろそろ二年か? ハッ、生まれたての二歳の赤子なんて、普通は暑い寒い眠い腹減ったくらいの欲望しかないんだよ。けどアンタは既に、それ以上の物を身につけてる。だから焦るな。もっと色々、勉強しろ。そうすればアンタも次第に、ヒトがなぜそれに惹かれるか、わかるようになるさ」


 おおお、と瞳を輝かせて感動している風なアリス。けれども新子さんは油断なく、照沼さんにツッコミを入れていた。


「照沼さん、アリスの人格って、まさか学生の頃の照沼さんがベースになってるんじゃ?」


 おお、と声を上げる照沼さん。


「わかる? 私も昔は純粋だったからねぇ」


「アリス放置してたら、照沼二号になるのか。それはなんとしても避けにゃならんな」


 それからアリスは照沼さんの言葉を真に受けて、色々なアニメやドラマの構造を分析し、それぞれ評価が高い部分を組み合わせたりして、それっぽいフルCGドラマを作っては同人界に投下するようなことを始めていた。けれどもやっぱりというか何というか、僕らから見てもアリス監督作品は話が完璧すぎて、どうにも先が読めすぎてしまう。


『話が、読めすぎ!? それって予定調和って云う美徳なんじゃないの!?』


「うーん、そういう場合もあるけど、この場合はベタすぎてなぁ」


 どうにもPVが伸びずに、繰り返される反省会。次第にアリスは意気消沈してきて、暗い表情で深い深いため息を吐いてしまう。


『はぁ、やっぱ私には無理なのかしら。いい加減にこの辺は諦めて、もっと途上国とかを裕福にして暇人作り出す方に専念した方がいいのかなぁ』


「そう簡単にアリスにPV抜かれたら、マジで私が憤死する」新子さんは苦笑いで云う。「さ、今日はこの辺にして、FFやろうぜ。エキスパ行くぞタンク出せ」


『ちょっと待って。もう少しPV分析するから』


 新子さんはため息を吐いて、僕に顔を向けた。


「矢部っち」


「ういっす。タンク出します」


 そしてゲームを起動してキャラを動かし始めた頃、チラチラとその様子を眺めていたアリスは、不意にピョコンと立ち上がった。


『待って、タンク出さなくていいなら、私も行く! 黒魔でドッカンドッカンやりたい!』


 アリスは容赦なくドカンボカンと派手な魔法を使いまくった結果、即死攻撃を避け損なって崖から落ちていった。


〈了〉

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アリス・エデュケーション 吉田エン @en_yoshida

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