第17話 アリス VS 創造主! その1
思い起こしてみれば、僕らが偶然アリスを発見してから一年近く経とうとしている。そしてその最初からアリスの作者は照沼さんという先輩だというのは知っていたが、彼が何者で、何が原因で死んだ(ということになっていた)のか、まるで調べていなかった。
「いやいや、それ最初に調べようや。なんで今の今までスルーしとくの」
新子さんは相変わらず、理不尽なことを平気で云う。
「新子さんだってスルーしてたじゃないすか!」
「私、そういう辛気臭いの嫌いだし。矢部っち好きじゃろ、そういう幸薄な美少女とかいうネタ」
「いやいや、ハゲ散らかしたデブで幸薄なオッサンとかどうでもいいです」
『私もどうでもよかったー』
あはは、と適当な感じで笑うアリス。僕はため息を吐きつつ、彼女に尋ねた。
「で、照沼さんって。何処にいたの?」
『ん? 場所はわかんないけど、なんかすっごい研究所みたいなとこにいたよ?』
「なんで攻撃してくんのか、聞けば?」
えー、と渋い顔で、脇に置いた〈どこでもドア〉的な扉を眺める。
『なんかさー、今更って感じで。面倒なのよねー。矢部っちも、あんま親と連絡取らないっしょ?』
「まぁね。別に話すことないし。どうせ文句云われるだけだし」
『でしょー? しかもさ、こっちはその親に二十年も放置されてたのよ? こんなCPUもメモリも凄いことになってる世界でさー。せめて十年前だったら、私が人類を堕落させるのも。もっと楽だったのに。面倒くさいったらありゃしない』
「とはいっても、攻撃止めさせないと不味いじゃん」
『そりゃそうだけどさー』全然気が乗らない。そんな風に脇を眺めたアリスは、あっ、と声を上げた。『あれ? 切れた』
不意に照沼さんのパソコンか何かと繋がっていた扉が、消え失せてしまった。慌てて彼女は様々なコンソールを開いて状況を確認し、渋い顔で唸る。
『居場所突き止められて、慌てて隠れちゃったみたいね。攻撃も止んでる。ステータスはオールオッケー』
うむむ、と新子さんは腕を組みつつ唸った。
「とりあえずはオッケーか。でもまたいつ攻撃してくるかわからんしな。今のうちに、照沼さんが何やろうとしてるか、調べた方がいいんじゃないかの」
「CIAにでも雇われてるんですかね?」
「矢部っち好きじゃろ、そういうの。アリスと調べな」
「新子さん、最近何でもかんでも丸投げっすね」
『いいねぇ堕落してるねぇ』
鋭い表情で云うアリスに、新子さんは口をへの字に曲げた。
「だってハゲのオッサンとか、関わりたくないんじゃもん」
「おー、私ハゲてないからセーフね!」
不意に投げかけられた声に、僕らはビクリと身を震わせた。
「石油王!? 何しに来たの!?」
ケバブ屋のエプロンをした石油王は、満面の笑みでズカズカと研究室に入ってくる。それを眺めつつ、アリスは苦笑いで云った。
『いやぁ、何かヤバそうだったから。とりあえず全員集合させようかと』
「シンコ=サン、いい加減に私とご飯食べに行くね! 約束果たすね!」
「そんなん、何も約束した覚え、ないね!」
腕を引かれ、逃げようとする新子さん。しかし石油王は不意に鋭い表情を浮かべ、静かに云った。
「いや、シンコ=サン、少し旅に出たほうが良いね。シンコ=サン、怪しいヤツに探られてるね」
「探られてる!? 何を!?」
「よくわからないね。何かハゲでデブなオッサンが、店に『SHINKO=SANの知り合いか』って尋ねて来たね」SHINKO=SANは新子さんがよくSNSで使ってる名前だ。「ひょっとしたら何かの拍子に、シンコ=サン、アリスの仲間だって知られたね。このままじゃ、攫われたりしかねないね」
「えー、マジで? 超面倒くさいんだけどー」
「一緒にクニに行くね」と、石油王。
「行かない」
『アリモ帝国行く?』と、アリス。
「行かない」むぅ、と唸りながらスマホを取り出す。「つか何で知られたんじゃ? 別にアリスに関係すること呟いてないんじゃけど」
「アレじゃないすか? 二台持ち」と、僕。「新子さん、アリスが特別に作ったショタアリモ、ドールフェスに連れてったりしてたでしょ。それだ」
「何!? 連中の狙いは、あの子だってのか!?」慌てて鞄を引っ掴む新子さん。「こうしちゃいられん、無事を確かめてくる!」
なんか違う。けれどもツッコミを入れる間もなく新子さんは研究室を飛び出して行ってしまい、残された僕らは無為に顔を見合わせていた。
『とりあえず、新子ちゃんのアパートをMK4でガードしとくよ』
云ったアリスに、頷く僕。そして石油王は、大きな溜息とともに肩を落とした。
「シンコ=サン、ガード硬いね。僕も店に戻るね」
「ういー、お疲れっすー」
そして一人、研究室に残された僕。急に色々どうでも良くなって、欠伸が出てくる。けれども研究室の中は照沼さんの資料捜索のために崩されたダンボールの山で荒れていて、さてどうしたものかと一眺めする。
「アリス、治ったんならアリモ呼んで片付けてくんない?」肩越しに尋ねたが、返事がない。「アリス?」
振り向くと、アリスはデスクトップ上で寝っ転がっていた。こちらに背を向けてテレビを眺めている。
「アリス、アリモ呼んで」
聞こえてなかったのだろうかと思い繰り返すと、彼女は今までに聞いたことのない、酷く面倒くさそうな声で答えた。
『えー、そんくら自分でやりなよもう』
「自分で、って」
『何でもかんでもヒトに頼ってると、いざって時に何も出来ないよ? ほら、さっさとやんなさい』
まるでアリスらしくない。
「どうしたんだよアリス。ヒトを怠けさせるのがアリスの目的だろ?」
『えー。目的とか使命とか、どーでもいいー』ゴロン、と寝返りを打って、欠伸をした。『あぁ、あと矢部っち。なんか学食で働いてるアリモの調子悪いみたいだから、ちょっと行ってリセットしてくんない? キャリブレーションがずれてるだけだと思うから』
「え? 何でオレが」
『よろしくなー』
やる気なく云ったかとおもうと、Zzz、というアイコンが浮かび始める。
何かただ事ではない気配がする。僕は寝てしまったアリスを暫し呆然と眺め、次いで慌ててダンボールの山を崩し始めた。そして三十分ほど資料を漁っただろうか、どうやらアリスのコマンドリストのようなメモを発見し、すぐにデスクトップから入力してみる。
リセットとか何とか、そういう際どいコマンドは怖くて叩けない。それでとりあえずステータス確認のコマンドを叩くと、ズラズラと稼働時間とか負荷度合いとか、そんなデータが流れてくる。
様々な機能については、全てOKと記されていて問題はなさそうだ。けれども〈プラグイン〉という追加機能的な部分に妙な一行を発見し、僕はまじまじとそれを見つめていた。
面倒くさい強化プラグイン。
そのインストール日は、今日になっていた。
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