第16話 アリス VS ハッカー! その2
「うわっ、本格的にヤバイどうしよこれ」
慌てた様子でキーを叩く新子さん。僕は頭を掻いて、唸った。
「やっぱプロに助けてもらった方がいいんじゃないすかね? 僕らじゃ無理っすよ」
「そうは云ってものう。アリスは嫌だって云ってたし。せめてアリスの仕組み、もうちょっと詳しくわかればのう」
状況を確かめるのを諦め、黙り込み、考え込む新子さん。そこで僕は不意に思いついて、パチンと指を鳴らした。
「アリスの仕組み。設計書とか、どっかに残ってないんすかね?」
何の話だろう、と新子さんは首を傾げていたが、やっと気づいた風に散らかった研究室を見渡した。
「そういやアリス見つけて遊び始めちゃって、あれから全然掃除してなかった。まだ何か、照沼さんの遺産が残ってるかもしれんな」
「掃除しましょうよ」
「オマエだろ。とにかく矢部っちは何かないか探してくれ。私は外がどうなってんのか見てくる」
「ういっす」
外を見てくると云っても、新子さんが云う〈外〉はネットの事だ。僕が埃まみれになって古いダンボールの山なんかを崩している間にも、カチカチとマウスを操作して情報を集める。
「うーん、アリスの云ってた通り、特にアリモには異常ないみたいじゃな。アリモ社も一応稼働してるみたいだし」
「そっすか」僕は本棚の上に乗っていたダンボールを苦労して降ろし、中を改める。「つか、思い出してみると。バフェットにフロッピー売ったの惜しかったっすね。アレがあればもう一人アリス作れるのに」
「無理じゃろ。今ネット上にあるアリス・ウィルスと干渉するから。動かないと思うぜ?」と、そこで新子さんは眉間に皺を寄せながらディスプレイに食いついた。「って、これか? アリスの不調の原因」
「なんすか?」
「セキュリティー会社が、何か警報上げてんだよ。よくわかんないけど、何か一般通信とは明らかに違うパケットが世界中で急に増えてるって」
『へぇ、どれどれ?』
「ここだよ、ほら」画面に現れたアリスに指し示してから、新子さんはビクリと身を震わせた。「って生きてんじゃん! びっくりさせんな!」
いやぁ、とアリスは苦笑いしながら頭を掻いた。
『なんか良くわかんないけど、急に良くなった。困ったねぇこれ』
「マジ勘弁して。大丈夫なのかよ」
『いまんとこはねぇ。でもネット上のアリス・ウィルスがどんどん駆逐され始めちゃってて。この調子じゃ、いずれ記憶が消えはじめちゃう。困った! 新子ちゃんどうにかして!』
「だから私はハッカーじゃないって」困惑しつつ考え込み、それでも新子さんは何かを思いついた様子で、パチンと指を鳴らした。「つかアンタ、未だにウィルスである必要ってなくね?」
『っていうと?』
「だから照沼さんは金がなかったから、アンタをウィルス化して全世界のパソコンを使うことで、アンタを稼働させようとしたんだろ? でも今はアリモ社があるんだから、アンタん所でデカイコンピュータ買って、そん中だけで動くようにすればいいじゃん」
『えー。それ無理。私とアリモの通信、殆どアリス・ウィルス経由でやってるから。インターネットから切り離されたら、アリモのメンテ出来なくなっちゃう』
「なんでそんな事してんだよ! 設計がガバガバなんじゃねーか! もうちょっと考えて作れよ!」
『ふっ、私に考えることを求めること自体が間違いなのよ! 私に洗練されたシステムなど作れるはずがない! 出来るのはいろんなネタをコピペして、それっぽいのを作ることだけよ!』
「わかった。じゃあこうしよ? とにかく今のままじゃアンタの記憶がヤバイってんなら、それ消えないように、とりあえずどっかのハードディスクにコピーしとこ?」
『わかった! で、どうすればいいの?』渋い顔で口を開け放つ新子さんに、アリスはキーッと叫びながら地団駄を踏んだ。『だから自分がどうやって動いてるのかなんて、全然意識してないんだもん!』
「どーにもならんな、これ」頭を掻きつつ、新子さんは振り向いた。「おい矢部っち。サボんな。やっぱ何か設計書がないと、なんも出来ん。メモか何かくらい残ってるじゃろ。気合入れろ! 私らの暇がかかってんだぞ!」
「そうは云われても」僕はため息を吐きつつ、とりあえず崩しただけのダンボールの山を眺めた。「アリス、ちょっとアリモ呼んで。手伝わせて」
『それ無理だなー。今は全然アリモと通信出来ないから』
「すっかりアリモ任せな人間になりやがって。少しは自分で働け」
酷い云われようだ。仕方がなくダンボールの一つを開けて膨大な古びたノートやプリントアウトされた紙を眺めてる間に、新子さんはアリスと別の作戦を立てていた。
「あとな、アリス。ただ防戦一方なのもアレだし、ちょっとは攻めてみようぜ」
『って云うと?』
「アンタなら、アンタを攻撃してる通信がどっから来てるかくらい、突き止められるだろ? それを辿って犯人を突き止めれば。一件落着じゃろ」
『そうそう、それ! やろうと思ってたのよ! でもいろいろ忙しくてさー』
「この状況じゃ、それ最優先にやんなきゃ駄目じゃろ。アリモ社の業務は少しほっとけ。アンタが消えたらお終いじゃ」
『はーい。やっと得意分野の話になってきた!』
アリスは鋭く瞳を輝かせ、新子さんが弄っていたパソコンを速攻で乗っ取る。またたく間にエディタの中で膨大なプログラム・コードが生成され、デバッグされ、コンパイルされ、実行される。
現れたのは、まるで星間航行図のようなリアルタイムネットワーク図だった。世界地図の上に膨大なノードとケーブルが描かれたその中では、断続的に赤い粒子が飛び交っていた。
『この赤いのが、私を攻撃してるパケット』ふむぅ、とアリス本人も、その図を興味深そうに眺めた。『世界中から来てるわねぇ。来てないのは北朝鮮くらいか。やっぱカリアゲクンと仲良くなっててよかったわ』
「単に攻撃できるほどのパソコンやネットワークがないだけじゃろ」ふむぅ、と新子さんも図を眺める。「世界中から来てるってことは、敵もアリス・ウィルス攻撃用のウィルスをバラ撒いてるんじゃな」
『へー、そういう事になってんだ』
「アリス、攻撃元のウィルスを特定して、そいつらが何処と通信してるか洗い出せるか?」
『任せて! 云われたことやるのは得意なんだから!』
またしても勝手にエディタが開かれ、バラバラと長大なプログラムが生成される。それが実行されると、世界中の様々なIPアドレスがズラズラと並び、その通信先がどんどん集約されていく。結果、辿り着いたのは、十個ほどのアドレスだった。
「こいつらがきっと、アリス・ウィルスの攻撃を指示してる司令塔だな。何処のアドレスだ?」
『それが良くわかんないのよねー。アドレスは存在してるんだけど、物理的に何処に割り当てられてるのか、調べるのちょっと時間掛かりそう』
「となると、余程の組織じゃな」うぅむ、と新子さんは唸って、首を傾げた。「やっぱこいつら、CIAとかじゃねーの?」
『CIA! またアメリカか!』
渋い顔で叫んだアリスに、新子さんはため息を吐いた。
「わからんけど。アメリカも、あのまま引き下がるとも思えんからな。物理で駄目なら、ネットで叩こうって作戦じゃなかろうかのう」
むぅ、とアリスは唸り、ぱちんと手のひらに拳を打ち付けた。
『まったく、諦めの悪い連中ね! そんなに自分らだけ何千億とか何兆とか持っていたいっての? こっちも本気出せば、国庫空にしてやるくらい出来るってのに!』
「それやったら、せっかくそれなりな立場を築いてきたアリモ帝国が終わりじゃろ」
『そう。それなのよ! こっちは一応、世界に気を遣いながらやってるってのに! もう頭にきた!』アリスが叫ぶと、彼女の脇にポコンと扉が現れた。『ちょっと直談判しに行ってやるぜ! たのもー!!』
引き止める間もなく、ガチャンと攻撃元のパソコンか何かに通じる扉を開くアリス。
だがそこで彼女は硬直し、数秒扉の前に立ち尽くした後、慌てたように扉を閉じた。
「なになに? どうしたんじゃ?」
尋ねた新子さんに、黙り込むアリス。そして彼女は数秒後、酷く困惑した様子で顔を上げた。
『いた』
「誰が。オバマか? トランプか?」
『違う。照沼ちゃん』
僕と新子さんは途端に顔を見合わせ、叫んでいた。
「照沼ちゃん!? アリスの開発者の!?」そして再び顔を見合わせ、同じく叫ぶ。「死んでたんじゃないの!?」
どうやら、死んでなかったらしい。
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