第18話 アリス VS 創造主! その2

「面倒くさい強化プラグイン? なんだそれ。誰が入れた?」呟いている間に、ピロピロとスマホが呼び出しを鳴らした。「もしもし?」


『おう矢部っち、どーなっとんじゃ?』新子さんだ。応じる前に、彼女はまくし立てた。『なんかうちの子、急に面倒くさがりになっちゃったんだけど!』


「いや、僕も良くわかんないっすけど。なんかアリスに細工されたみたいっす」


『細工だと!?』


 すぐに新子さんが研究室に戻ってくる。その間に僕も外の様子を眺めてみたが、大半のアリモは道端で寝っ転がったり、ぽけーっと椅子で空を眺めていたりする。ただ辛うじて多少のモチベーションは残っているようで、障害者の手助けやヤバそうな仕事については、渋々ながらも続けているようだ。


「ヤバイのには違いないけど、最悪の事態は避けられてるみたいじゃな」


 ブラインドから外を眺める新子さん。僕は寝てしまったアリスをマウスでクリックし続けたが、まるで反応を示さない。


「不味いっすね。何なんすか、この〈面倒くさい強化プラグイン〉って」


「よくわからんな」唸りつつ脇による新子さん。「一番の疑問は、これって〈アリスが面倒くさがる度合いを強化するプラグイン〉のか、それとも〈作りが面倒くさい、アリス強化プラグイン〉なのか」


「新子さんが面倒くさいです」


「なんだと」


 この人は怒りと同時に手が出る。脇腹の急所を手刀で突かれ、僕は身悶えしながら反論した。


「いやだって。見るからにわかるじゃないっすか。アリスは今までにも多少面倒がる事はあったけど、ここまでじゃなかったっすよ」


「オマエ、わかってないね」チッチッチ、と新子さんは人差し指を振った。「これは重要なヒントだぜ。このプラグイン名が日本語的に問題があるってことは、これを作ったヤツは、えぇっと、何ていうの? ほら、アレ」


「日本人じゃない?」


「いや、そうじゃなく。論理とか、構造とか、アレな所が弱いヤツだってことで」


「新子さんも日本語に問題を抱えてますね」


「オマエって、ホント面倒くさいヤツだね」


 新子さんに云われたくない。


「だいたい、このプラグインって、ここんとこアリスが攻撃されてたのの絡みでしょう? 相手はアリスを壊すのが目的だったんじゃなく、このプラグインを追加するのが目的だった。で、それをやったのは照沼さん。そういうことでしょ?」


「んなことは百パーわかってるっての。私が云いたいのは、照沼って先輩が」そこで新子さんは言葉を切り、ため息を吐いた。「まぁいいや、面倒くさい」


 ホントにこの人は面倒くさい。そう口を尖らせている僕の手から、新子さんは例のメモを取り上げた。


「で? コイツがアリスの制御コマンドか。何かヤバそうなのが一杯あるな」


「そうなんすよ。僕も調べてみようかと思ったんですけど、怖くて」


「おい見ろよ。Destruct(自爆)なんてコマンドがあるぜ。叩いてみよか」


 この人はマジでやりかねない。慌てて止めようとした僕を遮り、新子さんは穏当な状態確認コマンドを叩き、ズラズラと流れてきた文字列を眺め、首を傾げた。


「ふむ。なるほど」


「なんかわかります?」


「よくわからん」


「ですよねー」そんな見も知らないシステムの内部構造、いくら新子さんでも文字列だけで理解できるワケがない。「でも、このままじゃヤバイっすよ。どうしましょう」


「そうじゃな」新子さんは考え込み、パチンと指を鳴らした。「そもそも、照沼さんは何でこんなことしたんじゃ?」


「そりゃ、CIAに雇われるか何かしてるんじゃないすか?」


「だとしてだよ? なんでアリスを破壊するんじゃなく、わざわざこんな〈面倒くさい強化プラグイン〉だなんて物をインストールした? 自爆コマンドがあるんだぜ? アリスを潰したいだけなら、速攻で出来るじゃろ」


 うーん、と首を捻ったが、イマイチ何も思いつかない。


「いや、わからんす。何でです?」


「何で私に聞くんだよ。わかんないから聞いてるんじゃろ」


「いやいや、そこは探偵がネタバレさせる時の定番の前フリじゃないっすか」


「知らんよそんなの。ったく、使えねーヤツじゃな」


「なんか、すげー面倒くさい会話が続いてるんですけど。まさかこのプラグイン、リアルに影響及ぼしたりしてないっすよね」


「んなワケねーじゃろ。きっと単にここんとこアリス任せで、ろくに頭を使ってなかったからじゃ」そこで新子さんはポリポリと頭を掻いて、パチンと両手を打ち合わせた。「ま、しゃーない、じゃあとりあえず、何で照沼先輩が生きてるのか。調べてみるか」


「すげー遠回りな気がする」


 ため息を吐きつつ云った僕の脇腹を、容赦なく突く新子さん。


「そういうのは他に名案を思いついてから云え。とりあえずオマエは先生んとこ行って、過去の在籍者情報とか探れないか聞いてこい。私は図書館行く」


「ういっす」


 それから僕は先生の端末を借りて卒業生情報を当たってみて、更に学生課に行ってアナログの情報も探らせてもらう。そして幾つかの情報を手にして研究室に戻ってくると、新子さんはバンバンとアリスの寝ているディスプレイを叩いている所だった。


「おいアリス、しっかりしろ! 寝たら死ぬぞ!」


「何やってんすか」


 呆れつつ云った僕に、新子さんは口を尖らせて見せる。


「アリス、好きだろこういうの」


 何が好きなんだか良くわからない。だが確かにアリスのセンサーを刺激したのは確からしく、デスクトップに転がっていたアリスは身じろぎし、ムニャムニャと声を上げた。


『なにー? 新子ちゃん、うるさーい』


「う、うるさいじゃないって! アリス、アンタに妙なプラグインがインストールされたんだけど。何かわからんか?」


『えー、なにそれー。よくわかんないー』


「よくわかんない、じゃなく! アンタ、このままだとマジで死ぬかもしれんぞ!」


『えー。死ぬワケないじゃんー』だらしなく彼女は云っていたが、不意にビクンと身を震わせ、起き上がった。『むっ! なんだこれ!』


「なになに? どうした?」


『アリモ帝国上空にアヴェンジャー(米無人偵察機)が接近! 警戒中のMK4四号機八号機は、インターセプトコースを取れ!』ギロリ、とした瞳のまま、数秒。『撃墜。まったく懲りない連中だなぁ。面倒くさい』


 パタン、と再びデスクトップに倒れ込んで寝るアリス。僕は新子さんと顔を見合わせ、首を傾げた。


「なんか機能はしてるみたいっすね」


 ふむ、と唸る新子さん。


「なんか前より機能的になってる気もするが」そこでふと、首を傾げる。「しかしプラグインがアメリカの仕業なら、アリスが抵抗できないところまで持っていくはずじゃろ。全然効いてないってのも変じゃな」


「確かに」


「まぁいい。何か収穫はあったか?」


「あ、照沼さんなんすけどね。別に死んでないっす。普通にドクターまで行って修了してるっすね」

「けど私、図書館のデータベース見てきたけど、やっぱ論文なかったぜ?」


 確かに、それを根拠に僕らは照沼さんが死んだんだと思い込んでいた。


「何でかは知らないっすけど、記録的には修了してますよ。図書館側のミスじゃないっすか?」


「かもなぁ。他には?」


「他には住所とかありますけど。行ってみます?」


 ふむ、と唸る新子さん。


「まぁ他に手もないしの。行ってみるか。何処じゃ?」


 それは目黒の閑静な住宅街だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る