第13話 アリス VS 多国籍軍! その1

「おー、すげー! 矢部っち見ろよ! ほんもんのM4アサルトライフル持ってんぞ! うぉっ、あっちはSCARだ! 特殊部隊か?」


 興奮して中継映像を眺めるサボローさん。どうやら軍ヲタだったらしい。アメリカ国内にあるアリモ工場は輸送車から飛び出してきた歩兵たちに包囲され、加えて彼らの背後からはキュラキュラとした音とともに砂煙が迫ってくる。


「うおお、M1エイブラムスかよ! 戦車まで持ってきた!」さらには上空からは爆音が。「おい、今飛んでった戦闘機、A-10じゃねぇか? まだ現役なのかよ! あっ、オスプレイも来た! これ工場の監視カメラ? ネットに流せば千円は取れるぜ?」


「つか、オバマも本気出してるなぁ」ため息を吐きつつ僕は云う。「なんで民間の工場確保すんのに、こんな大軍を」


「いやー、それがさ、MK4の開発計画、プーチンちんが喜んでオバマにリークしたみたいでさ。アメリカにMK4が何体も潜入してるってブラフを仄めかして、ロシアには手出しすんなってカードに使ったみたい。相変わらず、おそロシアだよねー」


 苦笑いで云うアリスに、僕も苦笑いする。


「プーチンを〈ちん〉呼ばわりするアリスの方が怖い」


「あら。よく熊とかサメとかと戯れてる気のいいヒトじゃない。とにかくそれでMK4が工場守ってるかもしれないと思って、念を入れた作戦で来たんでしょうね」


「けど軍隊出すの嫌いなオバマにしては、思い切った手で来たよなぁ」と、サボローさん。「お、こっちのカメラはドイツか? G36は結局スコープ外して運用してんのなぁ。曇るとか何だよ。うわっ、これブラジルか? IA2もう運用されてんのな! けど連中、工場確保して自分らでアリモを生産するつもりなのか?」


「ま、設計図とかのデータを確保して、あわよくば、って所でしょうけど。アリモの工場は、普通の工場とは違うのよ」


 工場の扉が爆破され、銃を構えた兵士たちが突入してくる。中は巨大なアリモ製造ラインだったが、人間は一人もいない。動いているのは、無数のMK1アリモだけだ。


 遅れて司令官らしき男が現れ、内部の捜索を命じる。彼らもアリモ工場が自動化されていることは知っていたらしいが、技術者くらいいるだろうと思い込んでいたらしい。彼らの捜索と確保を行おうと散々内部を探したが、本当に人っ子一人いない。


 続いて現れた技術士官らしき連中がコンピュータ内部を改めようとしたが、その時、パン、と音がして工場中の電源が落とされた。何事か、と見渡す兵士たちの前で、無数のアリモが次々に火花を上げて崩れ落ちていく。自爆だ。


 苦々しい表情で、何処かに連絡をする司令官。


「彼らはこれから、何週間もかけてコンピュータの内部データの復元を試みるでしょうけど、まぁ無駄ね。だってそれは全部、私の頭の中にあるんだから」


「でもさ、プーチンも、アリモ社とあんな契約したら工場全部抑えられると思わなかったのか?」と、サボローさん。「もっと頭の回るヤツだと思ってたけど。これじゃあロシア用のアリモ生産が全然出来ねーだろ」


「いや、それは彼にとって重要じゃないのよ」首を傾げるサボローさんに、アリスは人指し指を立てながら誇らしげに云った。「彼にとって重要なのはMK4。でもMK4の生産は、アリモ社の工場じゃやってないから。ちゃんと納められるの」


「へぇ。そうなのか。何処で作ってんだ?」


「シベリアの秘密工場」


「シベリア!?」サボローさんは大声を上げ、詰め寄った。「アリス、んなとこで作ってたら、それだって速攻でプーチンに接収されるだろ? 何考えてんだ?」


「わかってないわねサボローちゃん。アリモのハードウェアは、ロシアだってアメリカだって、車が作れるくらいの技術力があれば何処だって作れるのよ。彼らに作れないのは、ここ」と、アリスは自分の額をトントンと叩いた。「アリモの内蔵人工知能。これがなきゃ、アリモはただの玩具よ。違う?」


「そうか。アリスはネット上に散らばってる存在だから捕まえようもないし、上手い切り札だな」


「そう。とにかく、ここまでは想定通り。アリモの供給を独占的に受けられれば、他の国に比べて単純に成長力が倍になる可能性がある。シベリア送りにされたって文句言わないしね。それだけのメリットがあるのよ、人権とか何とかゴチャゴチャ抜かす国と違って、ロシアなら取引に応じると思った。プーチンなら既得権益層の保護より富国強兵を選ぶと思ったし、西側と対決することも辞さないから」そこで不意に、彼女はコロリと表情を変えて叫んだ。「って新子ちゃんと石油王が考えてくれたの! すんごいよねこの人ら! 政治家なったらいいんじゃねーの!?」


「私元々、半分政治家ネ」と、石油王が苦笑いで。


「そうだ忘れてた石油王、政治家だった! せっかくだしアリモ社の顧問になって、代わりに国連とかロシア行ってくんない!?」


「嫌ネ! もうスーツとか着たくないネ! ジャージ最高ネ!」


「うるせぇ静かにしろ。こっちは海外で論文発表しなきゃなんなくなって死にそうなんだよ!」自分の席で会話に加わらずにいた新子さんが、本当に死にそうな声で肩越しに云う。「アリス、ちょっとこの部分、訳してくれ。よくわからん」


「やだ! 自己研磨するヒトの手伝いは、する気にならん! 新子ちゃんそっくりアリモなら作ってやる! 代わりに発表から何から任せてよ!」


 なんだよ畜生、とブツブツ英文を呟き始める新子さん。だがすぐ、不意に気付いたように振り返った。


「石油王、暇だったら手伝ってくんね? 英語出来るじゃろ?」


「おー、私、もう英語忘れたネ。晩御飯付き合ってくれたら思い出すかもしれないネ」


 なんだよ畜生、と、再びブツブツ英文を呟き始める新子さん。それをぼんやりと眺め、サボローさんが云った。


「オレには聞かねーの?」


「え? サボローさん英語できんの?」


「イエス! 高須クリニック!」


「うるせぇ死ね軍ヲタ」


 死ねはないと思う。サボローさんは口を尖らせ、苦笑いしているアリスに向き直った。


「んで、こっからどーすんの?」


「何を?」


「いや、とりあえずロシアでアリモ経済モデルを続けることは出来るだろうけどさ。他の国は?」


「キンペーちゃんから連絡はあったんだけどね。何か信用なんないのよね、あの国」


「ロシアと似たりよったりだと思うけどな」


「ま、今のところ中国の工場は襲われてないけど、プーチンもどーしよっかなって云ってた。とりあえずアリモは中国の工場からロシアに出荷して、ロシアにも工場新設して、後は様子見ね。こっからは、持久戦よ。日本もだけど、これじゃあ今動いてるアリモのメンテも出来ないし、何ヶ月かで壊れ始める。プーチンはこれからアリモ使ってガンガンシベリア開発するって云ってたし、成長率に差が出始めたら、見ものね」


「じゃあ日本は放置? 困るなぁ、アリモなくなったら。西側が根負けしなかったら、どーすんの? それにMK4だけどさ。戦争にアリモ使うのって、アリス的にどうなの? 人殺しとか、不味いんじゃない?」


 云った僕に、アリスはニヤリと笑った。


「その辺は、考えてあるから任せて。悪いようにはしないわ」と、またしてもコロリと表情を変える。「ってこれも、新子ちゃんが考えてくれたの。すんげーよね、この人! ちょっと新子ちゃんの脳味噌、私に分けてくんない?」


「うるせぇ死ね」


 内弁慶新子さんは、外人の前での研究発表を控え、完全にテンパっていた。

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