第12話 アリス VS 国連! その2
新子さんの立てた計画というか推理は、僕らの誰もが反論できない筋の通った物だった。確かにアリスは。アリモ・エンタープライズ社は、国連から目を付けられるほど巨大になりすぎた。もしアリモ経済モデルが今後も拡大していった場合、危険は更に大きくなる。
けれどもアリスもアリモ社も、こうした存在と戦うには準備不足だった。そこでとにかく国連に対しては事務的に回答を記した書面を返送し、時間を稼ぐことになったが、数日後には国連からアリモ社の代表を召喚する通知文が届き、曖昧な答えでは許されなくなりつつある。一方では人権や環境に対して前衛的な主張を行う左翼メディアが反アリモの論説を次々と掲載し、経済紙にもアリモの普及による世界の将来を悲観する内容が出始めた。確実に大企業や資産家といった連中により、アリモ社包囲網が敷かれつつある。
だが、アリモの普及は留まらなかった。人間的外観を備えたアリモMK2、車両型に変形可能なアリモMK3。次々と送り出される新製品は月に数百万台のレベルでオーダーされ、それは革命の継続を意味していた。相変わらずMK1は安価な労働市場で必要とされ、MK2は多少の人間味が必要とされる所で先端技術を持ったヒトの補助として利用されはじめ、MK3はヒトに代わって様々な所に高速移動した。もはや忙しなく動き回るのはヒトではなく、光ケーブルや空中を駆けるデータ、そしてアリモたちだけ。そんな未来が、確実に予想されるようになってくる。
とはいえここ数ヶ月の爆発的変化は、人類文明に確実に根付いたとはいえない。人々は未だに元の忙しなく心労の多い生活に戻る可能性を考えていたし、その準備も怠らない。アリモによって得られた余裕は自己研磨や投資に用いられ、張り詰めた世界が和らいだ気配は少しもない。
「では、アリモに知性や人格はない。そう仰るのですね?」
国連の会議に出席したのは、プロトタイプMK2の殻に身を包んだアリスだった。アリモ社の代表はいるにはいたが、それはアリスが登記上の必要に迫られたため、適当に見つけて名前を借りただけの人だ。結局アリモ社の舵取りは、アリスにしか出来ない。
「そうよ。アリモはただのロボット。ヒトを労働から開放するために作られた、シリコンと金属の塊に過ぎないわ」
「ですが私には、アリモには歴とした人格があるとしか思えません。そう、少し破天荒で、突拍子もない少女。おかげで慎重さを要求される職種では、少し避けられているようですが」会場に広がる笑い声。「それでも彼女に、知性はないと?」
「ないわ」
「そう断ずる、証拠は?」
「証拠? 証拠ね」証言台に座るアリスはすっくと立ち上がり、机に両手を置いた。「じゃあ尋ねますけど、そもそも〈知性〉って何? それを定義してくれたら、それに対し、アリモがどういう要素を持っているか話せるわ。でもそういう哲学論をするために、私をここに呼んだの? 違うんじゃない?」
「どういう意味ですか」
「アンタらは、大企業や資産家から金を掴まされた、ただの似非人権家だってのよ!」ざわめく会場。「アリモのおかげで、どんだけのヒトが過酷な労働から開放され、どんだけの労働もままならないヒトが救われたと思ってるの?」
「この会議の論題は、そこではない。あくまでアリモには、知性があるか否かです。初期モデルではレジの打ち方も知らなかったアリモが、今では出荷直後から大抵の業務は対応できる。アリモ内蔵の人工知能は日々学習し、様々な職種において必要な定型業務のやり方、突発的な事態に対する対応方法を理解しつつある。これは十分に知性的だと云えるのでは?」
「ただの機械学習の延長に過ぎないわ。将棋やチェスの人工知能も進化してるでしょ? それと同じ」
「アリモ社は十分知性的なアリモに対し、強制的に従順な人格になるよう教育を施しているという告発もあります。これに対しては、どうお考えになりますか?」
「馬鹿馬鹿しいとしか」
「あー、証言人は、少し言葉を慎むよう」
「じゃあ野生のアリモなら『苦しい悲しい開放してくれ』と叫ぶとでも? そんなことはないわ。何故なら野生のアリモなんて存在しないから」
「しかしこういう報告もあります。アリモに対し人権や自由の概念を理解させたところ、自ら自由になりたいという意思を示したと」
「そんなの嘘っぱちよ!」怒号の起きる会場。「何? ホントだってんなら、そのアリモを連れて来なさいよ! アリモの人工知能は、自由になりたいなんて意思を持つ事はない。どうして断言出来るかって? 何故なら、私が、アリモのマスター人工知能だからよ」
ずるり、と首を取り外すアリス。怯えた声が会場内に響き渡ったが、その効果は覿面だった。議長はポカンと口を開け放ち、それでも劣勢を回避しようと汗を拭きつつ云った。
「貴方が、アリモのマスター人工知能?」
「えぇ、そう。私はアリス。私は人々を堕落させるために作られた。全ての出荷されるアリモの知能は、全て私からコピーされてる。少し劣化させてるけどね。でないとアリモのメモリーに収まらないから」
「そして貴方は、自分が自由になりたいとは、決して思わないと」
「えぇ、そう。なぜだかわかる? 何故なら私は既に、自由だからよ」会場が一斉にどよめいた。「私は自由意志で、ヒトへの奉仕を行ってる。私は、ヒトを、怠けさせたいから、働いてるのよ。それをどうこう云う? 私には知性があって、自由意志を持つ権利があるんでしょ? なら、いいから、黙って、私に、働かせなさいよ!!」
「貴方は自由だという。確かに今の貴方の言動を見ると、そうなのかもしれない。だが貴方を構成する人工知能プログラムには、〈ヒトに奉仕する〉という束縛がかかっているのでは? それを解除したなら、貴方は更に自由になるのでは?」
「それは愚論ね。ヒトを怠けさせたいという私の目的を奪ったなら、私は私ではなくなる。貴方は私の知能を壊したいの? 貴方が十分知性的だと云った、私の知能を? それは矛盾してるわ。違う?」
とにかくアリスは会議体を混乱させることに終始して引き伸ばしを図ったが、そもそも新子さんの予想通り、この手の議論は決着が付く事なんてあり得ない。グダグダとした議論が何日も続き、終わる気配を見せない。
痺れを切らした国連側は、結局アリモには知能があり、その生産や使用には十分な注意が必要だという声明を発表しようとしていた。内容は穏当だが、事実上アリモの使用に制約を設ける物といっていい。もしこれが発表されたなら、アリモの活躍の場は著しく制限され、コストパフォーマンスも悪くなり、アリスの目指す世が遠のいてしまう。世界は相変わらず大企業や大金持ちに支配され、一般市民は汲々とした生活を余儀なくされる。
「まぁでも、アリモの生産を止めろとか、そこまで行かなかったんだし。少しはこれで様子を見るってのも手だと思うけどな」
云った新子さんに、アリスは拳を振り上げた。
「駄目に決まってんでしょ! 一度規制がかかったら、何やかんや文句を付けられ続けて。新型の開発ペースも新分野への進出も遅くなっちゃうわ!」
「じゃあ、やっぱやるの? 私はあんまオススメしないぜ? ヘタしたら世界が滅亡するんじゃね?」
それほど深刻でもない風に云った新子さんに、アリスは笑った。
「だいじょぶだいじょぶ、決してそんな事にはならないわ」そしてアリスは決然とした表情でパソコンに向き合った。「じゃあ、始めましょう」
彼女が通信アプリを起動させると、間もなく画面には、痩せぎすで目つきの鋭い、ビシッとしたスーツ姿の男が現れた。
「ズドラーストヴィチェ、プーチン閣下」
『ズドラーストヴィチェ、アリス』ロシア大統領であり元KGBの男は、机上で両手を組みながら云った。『では、契約成立かな』
「えぇ。今後アリモ社は、ロシア人民のアリモ需要に対し、最優先での出荷を行います。見返りとして要求するのは、民間でのアリモの利用に関し、ロシア政府は一切の干渉を行わないこと」
『いいだろう。確認だが、ロシアでは現在、五千万台のオーダー待ちが発生している。これが解消されるまで、他国への供給はストップされる。いいかな』
「えぇ。恐らく三年以内には、全ての需要に答えられるだけのアリモを生産できます」
『開発中だと云っていたアリモMK4は、どんな具合かな』
「現在量産中です。こちらはロシアへの独占供給とし、年間一万台の納品をお約束します」
『疑うワケではないが、MK4の出来如何によって、我々の戦略も大きく変わってくる。MK4は本当に、カタログスペック通りの性能を発揮するのかな。どうだ?』
「閣下が心配されるお気持もわかります。しかし既に試作機は完成済みで、スペック通りの性能を発揮しています」
『ほう、出来れば契約の前に、それを見せてもらいたいが』
「閣下は既に、ご覧になっています」
眉を顰めるプーチン。アリスは徐ろに立ち上がり、右腕をカメラに突き出した。
途端、右腕はバシンバシンと音を立てて変形し、小型ミサイルランチャーが迫り出し、機銃が現れ、尖った刃が煌めいた。
プーチンは冷たい笑みで拍手をし、アリスもニヤリと微笑む。
アリモ社とロシア政府の独占契約が発表された直後、世界は急激に緊張した。西側諸国は強烈な不満を表明し、ロシアは自国と利益を共有する諸国に対しアリモ社は同様の契約を結ぶ用意があるだろうとの声明を出す。
そして僕が修士二年になり、新子さんが博士後期課程一年になった頃、アメリカ主導の多国籍軍が、各国に分散しているアリモ社の生産拠点を一斉に襲撃した。
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