第11話 アリス VS 国連! その1

「よし! みんな考えるわよ! チキチキ! どうやったら国連を潰せるか!? 朝まで生討論!!」


 物理で訪れたサボローさんが、イエーイと歓声を上げながら拍手する。ネタが古い割にはノリノリだ。そして何故か呼び寄せられた石油王が、アラブ人独特な穏やかな笑みで手を打つ。


 一方の僕と新子さんは、早く研究室から出ていってくれないだろうかと思いつつ、仕方がなく追従の拍手をする。それを見咎めたアリスは、キッと表情を厳しくしながら指を突き付けてきた。


「ちょっと! 新子ちゃんに矢部っち!! ノリが悪いわよ!!」


「すいませんねぇ、理系のオタクなもんで」卑屈に肩を落としつつ、新子さんは続けた。「つか、もう明日でいいじゃろ。なんでこんな時間から。もう二十三時だぜ?」


「しょーがないじゃん、国連への回答期限が明日なんだから! それにサボローちゃんも石油王も仕事があるのよ! 新子ちゃんたちみたいに暇じゃないの!」


「おいちょっと待て! なんで働いてる人のが上位なんじゃ! アンタの理想的には逆じゃろ!」アリスが答える前に、彼女はリアルサボローさんに顔を向けた。「つか、まだ働いてるのサボローさん。辞めないの?」


 ぱっと見では普通のオジサン風なアラサーWebクリエイターのサボローさんは、苦笑いしながら答える。


「まぁセンスの商売だからよ。デザイン系はまだアリモには難しいみたいで。でも同僚は結構辞めてて、社長もヤバイと思ったみたいで。給料上がったわ」


「へぇ、どんくらい?」


「千円」


「時給? 日給? 月給?」


 えーと、と言葉を濁すサボローさん。更に問いを重ねようとした新子さんに、アリスが苛立ったように割り込んできた。


「ちょっと! サボローちゃんの仕事の事はどうでもいいでしょ! 今は国連よ!」そして鋭く、サボローさんに指を突きつける。「あ、でもサボローちゃん、後で話があるから。あ、やっぱ今。何? 何で辞めないの? そんなにアリモが信用ならない?」


「いやぁ、だってよ、今回みたいなこと、絶対あると思ったもんよ。金持ち連中が、そんなに簡単に自分らの支配してる世界が変わるのを許すと思うか? 結局アリモの利用は制限されて、アリモに払われる給料は減って、やっぱ働かないと食っていけなくなる」


「何それ! そんなの許せると思う!?」キーッ、とアリスは奇声を上げ、床を踏みつけた。「とにかく、国連よ! 国連を何とかしないと、私たちはお終いよ!!」


 それはここ数ヶ月、僕もアリモが喫茶店バイトで稼いでくれるお金のおかげで暮らせて行けている。それがなくなったりしても、親が元通りの仕送りをしてくれるとは思えないが。


「けどさ。国連をどうにかって。具体的には、どうしたいの」


「ふっ、出たわね、理系の得意な『具体的には?』って質問。そして! 当然! 具体論など何もない! そこから考えるのよ!」


 げんなりして項垂れる僕と新子さん。これでは真面目に、朝まで生討論になりかねない。こういう時、多少むらっけがあるとはいえ、新子さんの切り込み隊長具合は助かる。彼女はため息を吐き、頭を掻きながら云った。


「まぁ、アレじゃろ? 国連の人権なんとか委員会に、口を出せなくさせればいいんじゃろ? アリモ経済モデルに」


「ま、そういうこと!」


「違うネ。国連とか、大国や大企業の代弁機関の一つに過ぎないネ」それまで黙っていた石油王が、穏やかに云った。「アリモ経済モデル、もう一国が手を打っても、どうにもならない。クニによっては、もう労働力の三分の一がアリモによって賄われてるから、それを禁止しちゃうと、他のクニに経済的に負けちゃうネ。だからクニは、企業は、アリモ社に対して、グローバルで対応しなきゃならない。だから国連が出てきたネ。でも他に各国の意見調整機関としては、G7もあるし、上海条約機構、ASEANやTPPもある。仮に国連を黙らせたとしても、そうした場でアリモ経済モデルに対して、何らかのアクションが提起される可能性は残り続けるネ」


「ほほう、なるほど」フンフンとアリスは頷き、ふと顔を上げた。「てか石油王、何かすんげー詳しいわね。何で何で?」


「クニでは、経済相もやってたネ。石油を売るのも、大変ネ。いろんなクニが値切ろうとするし、権利を買い叩こうとするし。おかげで詳しくなったネ」


「へぇ、すんげー! あと日本語上手くなったね? 凄いじゃん!」


「ずっとアキバにいるからネ! アリスのおかげネ!」アリスのおかげで石油王からケバブ屋に転落したというのに、恨むどころか喜んでるあたり、この人もかなりの趣味人なのだろう。「とにかく、国連を潰しても、他の国際機関が文句を付けてくるに違いないネ。潰すの意味ないネ」


 ふむぅ、と考え込むアリス。


「じゃあ、他の国際機関も全部潰す?」


 相変わらずアリスの発想は飛躍する。ウンザリとして新子さんが突っ込んだ。


「どうやって」


「え? 空爆とか?」


「おい! アリモ社は軍事力も持ってるのか!?」


「ないよ。でも必要なら作る」


「あぁ! オレ前から思ってたんだけどよ!」と、サボローさん。「アリモ変形させようぜ変形! モスピーダのライドアーマーみたいに、バイクに変形するとかさ!」


「ふふっ、実はそれは計画中なのよ。アリモの輸送の仕事多いからさ、バイクになって移動できたりしたらもっといいでしょ?」


「マジで? いいねぇ、バイク型で移動して、グワッと変形して人型で玄関に向かうのか。かっちょいい!」


「えー、でもバイクには車輪がいるじゃろ? 変形上手く行くんかのう」


 そこから新子さんも巻き込んで小一時間ばかり、アリモ変形談義が続く。


「あっ! 変形とかどうでもいいのよ!」新子さんがshadeで絵を描き始めた頃、アリスは気づいたように叫んだ。「国連よ国連! 今は国連の話しでしょ!」


「そうだった」新子さんはshadeを閉じて、うーん、と唸った。「つっても国連とかG7とか、それって組織ってより、ただの会議体じゃろ? 各国の指導者の」


「ま、そんな感じネ」と、石油王。


「そしたら、潰すっても潰せないじゃろ。実体がないんじゃから」


 ふむ、とアリスは唸って、首を傾げた。


「じゃあ、各国の指導者を潰す?」


「アンタ、そう簡単に何でもかんでも潰したがる癖を何とかしろよ!」


「んなこと言ったって、潰すのが一番簡単じゃん! 変革とか革命とかは、一度焦土から始めないと面倒なだけなのよ! それを私は、この地球で学んだ! アリモ・エンタープライズ社とか体面整えるの、面倒くさいったらありゃしない!!」


 うむ、とサボローさんが唸った。


「やっぱりシャアの云うことは正しいんだよ。地球に魂を惹かれた連中を潰すために、地球を潰す。それが手っ取り早い。地球は保たなくなってるんだ!」


「んなこと云っても、国の指導者を潰すって。暗殺でもする気か?」


 尋ねた新子さんに、アリスはあっさり答えた。


「うーん、ちょっとそれも考えたけど。ロボット三原則的に駄目だよね?」


「考えたのかよ! ってかロボット三原則とか関係なく駄目じゃろ! だいたい各国の指導者って、殆どは国民に選ばれた代表者なんだから。それを排除するのは」


「代表者ってもねぇ。私から見ると、妥協の産物にしか見えないけど」


「そりゃあ企業や投資家の意向は反映されるじゃろうけど、全部が全部、そういうワケじゃあ」


 そこで、新子さんは口籠った。


 なんだろう、と待ち構える僕ら。それに対し新子さんは不意に我に返った様子で、うーむ、と考え込んだ。


「なになに?」


 尋ねるアリス。新子さんは軽く人差し指を立ててそれを遮り、更に少し考え込んだ後、瞳を上げた。


「思ったんだけど。全世界の人たちって、アリモ経済モデルに賛成なのかな」


 むっ、と声を上げるアリス。


「それは賛成なんじゃない? 楽になるんだから。統計とか取ったことないけど」


「でも富豪とか。既得権益を持ってる人とか。仕事好きな人とか。保守的な人とか。そういう人たちからは否定されてる」


「何の話し?」


「要はさ、敵の敵は味方じゃない? って話し」


「ごめん、わかんない。どういうこと?」


 新子さんは再び考え込んで、鋭く云った。


「軍事力、必要かもしれんな、これは」


 新子さんが何を考えているのか、僕にはわからない。けれども酷くきな臭い計画なのは、この一言で証明されていた。

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