第14話 アリス VS 多国籍軍! その2

 多国籍軍によるアリモ社確保作戦は完全な失敗に終わった。彼らはアリモ工場の管理システムが、アリスで成り立っている事を知らなかったのだ。アリモを量産するための工場ライン、アリスが他の製造業を潰すために動かしていた電化製品ラインを再度動かすことは出来ず、途端に西側諸国は深刻なハイテク製品不足に陥った。


 とはいえ、インテルもソニーもシャオミも、完全に潰れてしまっていたワケではない。彼らはここぞとばかりに停止していた製造ラインの再開を目指したが、彼らが大量に解雇していた工員たちはアリモに仕事を任せていた生活に慣れて戻ってこず、新規供給が途絶えてしまったアリモの雇用費は上昇し、なかなかアリモ・エンタープライズ社からシェアを取り戻すくらいの生産が出来ない。更に一般市民たちはアリモ社の安価でそれなりな製品に慣れてしまっていて、旧来企業が押し付けようとする高価で高性能な製品には拒絶反応を示した。


 加えて数ヶ月もすると、アリモ社によるメンテナンス体制が停止してしまったおかげで、道端で稼働停止してしまったアリモを見かけるようになってきた。各国政府はここぞとばかりにそれを回収し、なんとかしてアリモOSの確保を行おうとした。アリスのデッドコピーであるアリモOSさえあれば、アリモの類似品を作ることも可能になるからだ。


 しかし、アリモの自爆システムは嫌らしいほどに完璧だった。ハードウェア的な問題から稼働が見込めなくなると、途端に彼らは即効で制御システムを焼き切ってしまう。各国政府は一般市民から高額(それこそ数千万円)でアリモを買い取り、何とか稼働中のアリモからOSを抜き出そうとしたが、それも無理。頭蓋カバーを取り外した途端、「きゃあ! 何処見てんのよ変態!」と叫んで、チップを焼いてしまう。


 一方のロシアは、好調だった。ここのところは資源価格の低下から経済的に伸び悩んでいたが、元々殆どの業種の労働効率やサービス品質が酷かった所だ。そこに諸事効率的なアリモが大量導入されたことにより、飛躍的な生産性向上を実現している。特に極東地方、アムール州やハバロフスクなどは、広大な肥沃な土地があっても地理的問題で労働力が賄えず、まるで開発が出来ていなかった。そこにアリモが大量に派遣され、せっせと畑を耕し、種を植え、それこそ二十四時間三百六十五日、休みなく農地化を行っている。この地帯が世界有数の農業地帯になるのは、もはや時間の問題だろう。


 それはアリモ社との独占契約に至った経緯から、西側諸国からの制裁は続いている。だが元々ロシア人民は、そうガツガツとした人々ではない。彼らはそう高望みせず、早々に労働から開放され、ウォッカを飲み、ピロシキを食って、独特の冷笑的な態度で全てを受け入れている。更にロシアの問題とされていた貧富の差にしても、ロシアの売りが資源からアリモによる生産性に変わっていったことにより、徐々に解消されつつある。プーチンはここぞとばかりに強権ぶりを発揮し、意に従わない連中を潰しまくってるらしい。


「いやー、ロシアはいいとこね!」アリスは独特な価値観で、そう云っていた。「日本並なサービスすると、もんの凄い評価されんの。今までどんなサービス品質だったのよって。おかげでロシア人、逆にもうヒトが店員な店には行かなくなっちゃった。医者も看護師もアリモ任せよ。どんどん街には無職増えてるし、こんな有望な市場があったなんてね!」


 ロシアの好調ぶりを見て、早々に国連を無視してアリモ社と提携する国が出てくる。主に反欧米だった国々だ。それらは相対的に見て貧しい国が多く、そんな所でこそアリモの威力が発揮される。アリモ社に革新的な技術など皆無だったが、それでもアリスには、今まで各国でアリモを動かして学んできた経験と技術がある。様々なノウハウがアリモを通じて各国に伝わり、遂にある国ではアリモMK2が経産省顧問として迎え入れられ、開発の指揮を取るようになってしまった。もちろんそれは、国民には秘密だ。


 追い詰められつつあるのは、西側諸国だ。アメリカの反アリモの姿勢は明確だったが、他の国々はアメリカに追従していたに過ぎない。次第にパワーバランスが微妙になってくると、アメリカと距離を置き始める国も出てきた。


 そして、最初にアメリカを裏切ったのは、なんと我が国、日本だった。


「えー、我が国は、ロシアと、いわゆる北方四島について、日露双方に主権があることに同意すると同時に、四島を日露共同開発地域として設定することに同意いたしました」


 会見場。無数のフラッシュが焚かれる演壇の前で、安部首相がプーチンと、硬い握手をした。この電撃会見はアリモ社については一切触れられていない。だが日本の思惑がアリモ陣営への参加にあることは明白だった。今ではアリモの主要工場の一つが、択捉島に存在していたのだ。


「アリモ社の巨大工場を択捉に作るって聞いた時は、ヤバイと思ったけど。これの布石だったのか」


 云った僕に、アリスは苦笑いで答えた。


「政治って面倒くさいよねー。でも共同主権ってことにすれば、そこで作られたアリモをどうこうするのは、曖昧な感じになるんだって。だからアリモ社が日本国内で活動するのは、黙認されるというかなんというか。だからそうしてくれないかって、日本に提案されたって。プーチンが云ってた」


「じゃ、ようやっとウチの子もメンテしてもらえる!? なんか皮がペラペラ剥がれかかってんだけど!!」


 叫んだ新子さんに、人差し指を立てるアリス。


「うん。来週にはメンテアリモを派遣できるはずよ」


「やった! 来月のドールイベント間に合う! 新しい服、作らなきゃ!」


 鞄をひっつかんで、ダッシュで研究室を出ていく新子さん。それを僕はぼんやりながめ、呟いた。


「二台持ちの余裕だよなぁ。アリモをドール代わりにするとか」


「いやぁ、結構そういう需要も多いのよね」アリスが苦笑いしながら。「ま、追々二台持ちも許可するわよ。矢部っちにも美少女モデル作ったろか?」


「それより、このままオバマが黙ってるかなぁ」会見映像に目を戻す僕。「幾ら曖昧に誤魔化したっていっても、裏切りには違いないし。これ、択捉に攻めてくるんじゃ?」


「さすがに同盟国は攻撃しないじゃろ、って新子ちゃんは云ってたんだけどねー」


「そうかなぁ。いざとなったら何でもする国だけど。アメリカは」


「まぁ、その時の事も考えてのMK4よ。ようやっと一万台量産出来たんだけど、プーチンがすぐに択捉に派遣するって。相変わらずいいヒトよねー」


「いいヒト?」ワケがわからず、首を傾げる。「何処が。戦争する気、満々じゃん」


「ま、その時こそ、MK4が真価を発揮するわ」苦言を呈しかけた僕に、アリスはニコリと笑った。「だいじょぶだいじょぶ、アリモは人殺しとか面倒なことしないから。ロボット三原則、忘れた?」


 どうにも不安だ。そのことを僕は新子さんに相談したが、新しい服を作るのに忙しい邪魔すんなと怒られてしまった。相変わらずフリーダムな人で困ったものだ。けれども僕も修論が忙しくなってきて、世界の行く末を心配するのを止めてしまった。世界なんかより目の前の事の方が、余程重要だ。


 日露の曖昧なパイプが出来た事によって、反アリモを標榜していたはずの各国は、曖昧な感じでのアリモの流入を黙認してしまった。むしろ歓迎していた風もある。イギリス、フランス、ドイツといった国々は、日本経由でのアリモ輸入を『制裁の対象外の国だから』と云ってスルーする。この場合のアリモ輸出国は何処なのかという疑問についても、ことさらに考えようとはしない。


 追い詰められたのはアメリカだ。彼らは世界最大の既得権益を持つ国として、何としてもアリモを潰さなければならないという決意を持ったらしい。間もなく空母二隻を北方領土沖に進め、アリモの輸出を牽制しようとした。


「我が国は、共同主権という概念を認めがたい」オバマは演説で宣言していた。「北方四島は、国際的な不正のパイプとなっている。ここを遮断することこそ、世界秩序を保つために必要だ」


 強気なアメリカに対し、プーチンも安部首相も結構悩んだらしい。プーチンにはMK4があるとはいえ、今更世界最強の国家との戦争は、出来れば避けたい。日本としても、長年の同盟国と戦うなんて考えようがない。


 政治家というのは凄いものだ、結局共同主権という概念を逆手に取り、お互いにこんな声明を出す。


「日本国は、北方四島の主権に関し、主導的な役割を果たす立場にありません」

「ロシアは、北方四島の主権に関し、主導的な役割を果たす立場にありません」


「あらら」苦笑いで呟くアリス。「両方から見捨てられちった。プーチンも口ほどじゃないわね。結局ヘタレやがって」


「まぁ最後はそうなるよなぁ」ぼんやりと呟く僕。「で、どうすんの? またアリモ撤退するの?」


「いやね、新子ちゃんと石油王は、こういうのよ。ロシアを対抵抗勢力のために使うのはいいけど、結局どっかの国に縛られてる以上、こんな状態は続くって」


「って云っても、どっかに工場は置かなきゃいけないし、それはどうしようも」


 そこで僕は、はっとしてアリスを見つめた。


「まさか、そのためのMK4?」


 彼女はニヤリとして、呟いた。


「えぇ。もう国とか国連とか、そういうのに邪魔されるのはウンザリよ。私の計画は、今、この日のためにあったの!」


 そして世界中の動画サイトに、アリスが演説をする動画が即座に公開された。


『えー、本日、ただいまをもって、ロシア、日本両国が北方四島の主権を放棄したとみなし、ここを領土とするアリモ機械帝国を樹立することを宣言します。あ、他の国を侵略するとか考えてないから安心して? 単にウチの国は、アリモを派遣して働いてあげるってだけの国だから。国交樹立したいって国はメール頂戴ね! あとアメリカ! いい加減にしろ! 攻めて来るってんなら、ウチのMK4が相手になってやるぜ!』


 バァッ、と演台の後ろのカーテンが落ち、一万台のMK4アリモが現れた。三分の一が一斉に機銃を構え、三分の一がミサイルランチャーを装填し、三分の一が宙に飛んだ。


 アメリカは偵察中の無人機を尽く撃ち落とされ、軍人さんたちもロボットなんかに殺されるのは嫌だと集団サボタージュし、結局撤退した。


「勝った! 第一部、完!」


 アリスが宣言した頃、新子さんのTwitterには大量のアリモドール写真が投稿されていた。まさかその写真がアリスを追い詰めるきっかけになろうとは、その時の僕と新子さんは知りようがなかった。

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