第8話 アリス VS 就職戦線! その2

 アリスは僕らとも普通に話せるし、多少怪しいとはいえ肉体らしいものも手に入れた。結果ヒトにあって彼女にない最大の物は、遊んだりサボったりしたいという感情だけっぽい。それは就職活動においてはたいした障害になりそうもなかったが、問題はアリスの、多少破天荒ともいえる性格だ。


「人工知能がSPI受けたら。どういう結果になるんじゃろ?」


 新子さんは首を傾げつつ、アリモMK2の視覚映像が送られてきているパソコンを眺める。その会社は新子さんが適当に(本当になんとなく適当に)選んだ一流電機メーカーで、順番待ちの会議室では数人の就活生が座っている。


 プイーン、プイーン、と低いモーター音を出しながら、辺りの様子を窺うアリス。新子さんは舌打ちしつつ、マイクで彼女に云った。


「おいアリス、キョロキョロすんな! 落ち着きのない学生だと思われるだろ!」


『えー、何で? そんなの仕事には関係ないじゃん』


「まずその辺の認識から、どーにかせんとな。何をするにもバタバタ落ち着きのないヤツに、重大な仕事任せられるか? 危なっかしくて怖いじゃろ」


『そういう時は動作モード変えるから大丈夫だよ』


「だからヒトには、動作モードなんて無いんだっての!」


 ふむむ、と考え込むアリス。


『なんか良くわかんなくなってきた。重要な仕事を任せてもらうために、重要な仕事をする上で不都合の多いヒトの要素を真似しなきゃならないなんて』


 確かに矛盾だ。


 この日はグループ面接というヤツで、他の四人ほどの就活生と共に面接会場に入る。中には三人ほどの面接官がいて、とりあえず自己紹介を促されたアリスは普段の元気な調子で答える。


「アリ、じゃない、大沢新子です! 知識情報工学の研究をやってます! よろしくお願いします!」


 あまりの大声に少しびっくりさせてしまったらしいが、取りあえずそれはいい。あとは、大学で何をやっていたか、サークル活動は、といった質問が続き、その辺は新子さんから予め聞いていた内容をそそまま話す。


 ぶっちゃけウチの大学くらいのランクだと、一流電機メーカーへの就活は有利にも不利にもならない。良さそうな学生なら取ろう、という感じだろうから、ここから先はアリスの実力が試される。


 その実力とは。


「では、大沢さん、弊社に入られたら、どのようなことが出来ると思いますか?」


 問われたアリスは、胸を張って答えた。


「はいっ! 二十四時間三百六十五日、休みなく働けます!」


 状況を盗み見ているこちら側、そして向こう側にしても、完全に空気が固まった。


「えっと」と、人事担当者らしいヒトが、苦笑いしつつ口を開く。「凄い、ですね。いや、意気込みは凄いですけど」


「意気込みだけじゃないですよ! 私、特異体質なんです! お仕事大好きだし、寝なくても平気なんです! 休みとかいらないです!」


 ははぁ、と、困惑した表情を浮かべる一同。それでようやくアリスも何か場違いな事を云ってしまったと気づいたらしく、脳内回線を使って僕らに話しかけてきた。


『ちょっと! なにこの空気! 感じ悪いんだけど!』


「感じ悪いじゃねーよ」頭を抱えている新子さん。「んなこと云っても、ホラ吹きだと思われるだけじゃろ」


 最近の就活は、結果通知が早い。翌日には『残念ながら』というメッセージが届き、MK2で研究室に来たアリスは微妙な表情でそれを眺める。


「何でよ! 何で奴隷労働させられる有望な新人ちゃんを蹴るワケ!?」


「いやだって」と、新子さん。「アンタだけ二十四時間労働されたって。上司や同僚が困るじゃろ」


「何で?」


「何でって。『アリスは二十四時間働いてるのに、オマエラは何だ!』って社長に怒られるじゃん」


 うぅむ、と唸るアリス。


「つまり社員全体が抵抗勢力になるってワケね」


「そういうこと。社長がいきなり面接するような中小企業なら、アリスの売りも効果あるだろうけど。大企業だと無理じゃろな。だいたい労働基準法ってもんがあるし。ヒトに成り済まして働くなら、労働時間を売りにしても、あんまり効き目ないじゃろ」


「じゃあ、何を売りにしたらいいの?」


「さぁ。私も企業で働いた事あるワケじゃないし。良くわかんないけど」


『会社で必要なもの? それはコミュ力!』


 急に声がして、ビクリと身を震わせる。丁度アリスが座っていた席のパソコンに、例の真っ黒い棒人形が現れていた。


「おー、いいヒトがいたわ。社畜のサボローさん」


 云った新子さんに、彼は人差し指を立てた。


『そう、会社で必要なのは、技術力でも発想力でもない。唯一必要なのはコミュ力! コミュ力さえあれば何とかなる!』


「そういうもん、なんすか? 大げさに云ってるだけじゃ?」


 疑って云った僕に、彼はチッチッチと人差し指を左右に振った。


『そう思うだろ? でもな、実際。コミュ力あれば何とかなるんだよ』


「つっても、コミュ力じゃWebページは作れないでしょ。サボローさんの仕事」


『ばっか、そんなのコミュ力のないオタクに振ればいいんだよ。そんで社員は元請けからもらった金を掠め取る』


「あぁ、サボローさんはコミュ力のないオタク側でしたね」


 ぐっ、とサボローさんは硬直し、床に膝を付いた。


『あぁそうだよ、悪かったな! どうせオレはコミュ力のないオタクだよ!』


「わかった、コミュ力ね」と、アリス。「じゃあ次はちょっと勉強して、そのコミュ力とやらをアピールしてみるわ!」


 数日後。またしても何処かの大企業の面接に潜り込んだアリスは、同じような質問を受けていた。


「では、大沢さん、弊社に入られたら、どのようなことが出来ると思いますか?」


「ハイッ! 私は以前からグローバルな視点を持って様々な製品についてコモディティ・ポイントを探れるよう常にチャレンジしてきました! そのため御社にジョイン出来たならば、様々なミッションに対して常にフレキシブルな対応をし、常に高いバジェットを持って社内のコンセンサスを取りながらベストプラクティスを」


「はいっ、ありがとうございます」


 あっさり人事の人に遮られ、結果は相変わらず『残念ながら』。


「もー、何だってのよー。コミュ力って、あぁいうのの事じゃないの?」


 またしても研究室のソファーに崩れ落ちるアリスに、僕らは苦い表情を浮かべるしか無い。


「あれはコミュ力ってか、意識高い系じゃろ」


 云った新子さんに、ガバッと起き上がるアリス。


「えっ!? 意識高い系って、コミュ力ある人の事じゃないの!?」


「ちがう。むしろ低い方」


 うぅ、と倒れ込むアリス。


「もー、コミュ力とか、ワケわかんない! 色々分析はしてみたんだけど、結局最終解がないっていうか」


「コミュ力の公式なんかあったら、就職活動なんて余裕じゃな。こう云われたらこう返す、って計算出来るんじゃもん。でもそんなもんはない!」


 新子さんに断言され、ふむむ、とアリスは考え込む。


「難しいなぁ。肉体労働と情報処理は自信があるんだけど。コミュ力ってさ、要するにヒトを喜ばせる話力とか、そういうのの事よね?」


「ま、そんな所じゃろな。人工知能には難しいかなぁ」


 むむむ、と更に考え込むアリス。そこにサボローさんが、パチンと指を鳴らしつつ声を上げた。


『そんな貴方に、うってつけの会社があります』


「えっ!? なになに!? どこ!?」


『ブラック企業です。奴隷働きするのが第一で、コミュ力とか二の次です』


 どーん、と暗くなるアリス。しかし不意に表情を固くし、鋭く叫んだ。


「ノウ! それはノウよ!!」ガタンと立ち上がる。「ブラック企業には、黙っててもアリモが普及するはず! 今、考えなきゃならないのは。対大企業戦略よ!」


「って云ってもさ」新子さんが欠伸をしつつ。「結局、最先端企業の営業職とか開発職とか、やっぱキャラって云うの? 人格って云うの? そういうのが必要なだけに、その辺の機敏がよくわかんないアリスじゃ難しいじゃろうし」


「ちょっと、新子ちゃん、諦めない!」


「いやいや、そもそもアリスの目的は人類を堕落させることじゃろ? みんながアリモのおかげでベーシック・インカムみたいな金を得られるんだからさ。それで随分楽になってんだから、その状況で好きで働く人の事は、放っておけばいいじゃん」


「ノウ! それもノウよ!!」ゴン、と机に拳を叩きつけた。「私はね、私を開発してくれた照沼ちゃんのこと、決して忘れられないのよ! あの人はね、他にやりたいこと沢山あったのに、何かヒトとしての使命みたいなのを感じちゃってて。ヒトを前に進めさせる研究を一番重要視していたのよ! そして結局、あれもこれもって無理しちゃって。身体を悪くして亡くなっちゃった。私はね、そんな圧迫感を抱えて死ぬヒトなんて、もう見たくないのよ! 私の理想はね、人類がみんな、ピザ食いながらテレビを見てるような。そんな世界よ。いいと思わない? 理想郷じゃない? 誰も彼も、何の不安も感じず、ただただ日々を無駄に過ごすような世界。いいと思わない?」


「いやぁ、それは何となくわかるけれども」と、僕。「でもなぁ、世の中がもうこんな風になっちゃってて。ブルーカラーの殆どはアリモで置き換わっちゃうだろうけど、それ以外は無理なんじゃない?」


「無理じゃない!」アリスは叫び、再び拳を机に叩きつけた。「わかった。どうしても働くことを止めない人々がいるなら。そいつらの場を奪ってやろうじゃないの」


「場を、奪う?」


 口を揃えて云った僕らに、アリスは瞳の中に炎を燃やしながら云った。


「えぇ。営業なんて全部Webで十分なのよ! 車だってスマホだって、今の性能で十分なのよ! そう、人類は上を目指しすぎ! その元凶は全て、大企業にあるわ! そう、わかった! 私は大企業を全部、ぶっ潰す!!」


 拳を振り上げるアリス。

 例によって僕らは、ポカンと口を開け放って眺めているしかなかった。

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