第7話 アリス VS 就職戦線! その1

 全自動高性能労働ロボ・アリモは、最初は珍奇な目でしか見られなかった。それはそうだ、お掃除ロボット、お使いロボットは、所詮夢物語だ。ルンバやアマゾンの空輸ドローンなど部分的に実現している物はあったが、結局自動で充電台に戻ってくれなかったり、段差で引っかかって停止したりする。人類のロボット制御技術は、その程度だったのだ。そこで急に『貴方の労働を肩代わり!』なんて云われても、どうせペッパーくんレベルの玩具だとしか思われない。


 だが、超高性能人工知能・アリスのコピーによって制御されるアリモは、高校生で出来る程度の事なら何でも出来た。一般のバイトで賄われている接客業は、多少アリスの人格的な癖があるとはいえ、そこそこな接客態度で可もなく不可もなくなレベル。配達も人手と変わらないレベルで可能だし、ビラ配りや清掃業務だって問題ない。どうしても充電のために一日数時間は停止させなければならなかったが、それ以外の休憩なんて不要だ。単純作業ならば、人並み以上の労働力になる。


 アリモが信じられないほど高性能な労働ロボだというのはすぐに知られたが、それでもなかなか、広がりは見せない。何しろ雇う側としては、そんなロボットを雇って何か問題を起こされたら、というのがある。


 そこでアリスは、幾つかの手を打った。ロボット・カフェ、ロボット・バー。そういったアトラクション的な店を自ら作り、そこで実演して見せたのだ。加えてトラブル保険を付けてアリモ就活システムも構築し、個人が買ったアリモの派遣先を簡単に見つけられるようにした。


 最初は徐々にだったが、ある一点を突破すると、爆発的にアリモは普及した。ここのところコンビニで人間の店員を見ることも少なくなってきたし、宅配もアリモがせっせとこなしている。アリスは『医者だって出来る!』と豪語していたが、さすがにその辺になってくると法律や責任とかの問題が大きくなる。今のところは多少のミスがあっても問題が少ないジャンルでしか利用は認められていなかったが、それでも需要は莫大だ。一個人に対し、一台だけ。この販売における制約が、かなり効いている。アリモ需要は増える一方で、供給は限られる。それがアリモ大量派遣に伴う報酬の低下を防いでいた。


 世の中は、徐々に。いや、急激に変化しつつあった。僕だって例外じゃあない。完全放任主義の親から、珍しく電話がかかってきたのだ。


「アンタのマイナンバー、よこしなさい。それでアリモ買って、アンタの学費稼がせるから」


 そういうのは、アリスが定めた利用規約で禁止されていた。それを説明する僕に、頭の古い僕の親は〈よくあるQA〉に載っているような質問をしてくる。


「なんで。なんで駄目なの」


「いやだって、所有者がアリモを自由に出来ないと、借金のカタにアリモ取り上げられちゃったりするでしょ。そんでアリモの稼ぎを吸い取られる」


「そんなの普通でしょ」


「アリモはそういう商売してるんじゃないからさ。理念みたいなのがあって。企業とかがそういう風にアリモ使うの、禁止されてんの。そりゃあアリモの稼ぎで借金を返すのは仕方ないけどさ、それもあくまで利用者の意志次第」


「そんなの、わかりようないでしょ!」


「わかるよ。すぐバレる」何しろアリスは、労働ロボにしておくには勿体無いレベルの人工知能で、それが全てのアリモに搭載されているのだ。変な使い方をされていたら自爆してしまう。「アリモ売買とかやったら、もう二度とアリモを使えなくなるし。だめ」


「よくわかんないけど、じゃあアンタ自分でアリモ買って、稼がせなさい。そんで来月から仕送り止めるから。よろしく」


「えっ! おい! 初期費用十万くらい、くれよ!」


 突っ込む間もなく、電話は途切れる。それはいつまでも親の脛かじりを続けているのも気が引けていたが、こう簡単に自立しろと云われると釈然としない。というか僕もいい加減にアリモを買って、それでブルーレイ・ボックス類を揃えようとしていた所だったのに。生活費を自分で賄うとしたら、半分も残らない。


 限定フィギュア付きの、あのアニメのボックス。幾らだったかなぁ。


 そう僕は大学の中庭でぼんやりとしつつ、辺りを眺める。ぱっと見ただけで数台のアリモが行き来していた。ある物は学食で食器を洗っていて、ある物は図書館で貸出返却対応をしている。更にある物は植木を整えているし、ある物は足の悪い教授の介添えをしていた。


 不意に激動の時代になってしまった。

 果たしてこんな世界で、僕は何を学び、何をして食っていけばいいのだろう。


 そう不意に就職が心配になってしまったが、食っていくのには困らないのだと思い出し、更に何をどうしていいのか、わからなくなる。


「おう矢部っち。なにボケてんじゃ?」


 ふらりと現れた新子さん。その隣には、ちょこんとアリモが立っていた。


「ありゃ、新子さんもアリモ買ったんすか。働かせないんすか?」


「んー、昨日届いたばっかでな。とりあえず連れて歩いてみてるんじゃよ」


「ふぅん。その中身もアリスなんすか?」


「アリスはアリスだけど、劣化コピーじゃな。例の〈人類を堕落させる〉って理念はないみたい。けどま、何でも言う事聞いてくれるし、これなら下手な高校生より働くじゃろ」ふぅん、と応じた僕に、新子さんは口を尖らせながら隣に座り込んだ。「なんじゃ矢部っち。浮かない顔して」


「いやぁ。それがですね」そう僕は、不意に抱くことになってしまった不安感を口にした。「ていう感じなんすけど。新子さん、今年就職でしょ? どうすんすか、こんな状況で」


「どうって。別に普通に就活するぜ?」


「仕事、あるんすかね?」


「あるある。普通に求人来てる」


『なんだと』不意にアリモが声を発し、僕らはビクリと身を震わせた。『なに? そんな普通に求人あんの!? 減ってもいないの!?』


「アリス?」


 尋ねた僕に、アリモはブンブンと腕を振る。


『私じゃなきゃ、なんだっての!』


「いやぁ、最近全然、顔出さなかったからさ」


『障子に目あり、壁に耳あり。アリモあるところ、アリスはどこでも飛んでくるのよ! どうだ凄いでしょ! ってそんな話じゃなく!』グインと腰を回し、新子さんに金属の指を突きつけた。『新子ちゃん! なんで就職すんの! アリモ働かせて遊びなさいよ!』


「いやいや、そうもいかんじゃろ。こんなブーム、いつまで続くかわからんし。だいたい求人あるし。稼げるうちに稼いだ方がいいじゃろ」


『求人!? 求人って何よ! そんなに一杯来てるの!?』


「アンタ、そんなの自分でネット調べれば。わかるじゃろ」


 突っ込んだ新子さんに、アリモだかアリスだかはフラフラと椅子に座り込んだ。


『いやー、ここんとこアリモの量産が忙しくてさぁ。他のこと、全然出来てないのよね。あまりにも忙しくて人工知能なのに疲れちゃって』


「一億台のコピー・アリスがおるじゃろ。バンバンコピー作って分担すれば?」


『それがねぇ。さすがに一億も自分のコピーがいるとさ、全然記憶の同期が出来なくて。色々頑張ってみたんだけど、結局諦めた! 私は、私一人がいれば十分よ!』


「十分なら、就活生の内情なんか説明せんでもいいな」


『ちょ、新子ちゃん冷たい! なんでそんなこと云うの! 教えてよ!』


 仕方がなさそうに、新子さんは説明した。結局バイトレベルの仕事は減ってるだろうが、企業対企業の仕事に関わる一般のサラリーマン、それに研究開発といった仕事に関しては、全然何の影響も受けていないらしい。


「だってそうじゃろ。そりゃあアリモは何でも出来るだろうけどさぁ。名刺交換して、打合せして、っていう。人対人で物事を詰めてかなきゃならないような仕事、さすがに任せらんないじゃろ」


『なんで? 任せてよ! そんくらい出来るって!』


「つってもなぁ。例えばだけど、私が車買うとして。セールスマンがアリモだと、少し躊躇うなぁ」


『なんで!?』


「だって。何か手を抜いてるような感じがするじゃん。こっちは何十万、何百万って出すんだぜ? それをロボット相手に、ってのはなぁ」


『何? この金属の胴体が悪いってこと!? それってロボット差別じゃん!! わたし、その辺の営業よりもガンガン仕事してやるよ!?』


「いやぁ、そうは云ってもなぁ」


「まぁでも、外見からして人間味がない相手ってのは。色々不利っすよね」


 何となく同意した僕。新子さんは追従するよう頷いた。


「だろ? 他社の営業がアリモだったりしたら。何千万とか何億の仕事はねぇ。ふざけてんのか、って思われるじゃろ」


『ふざけてないっての!! わたし、超有能なのに! 機会さえ与えてくれないなんて!』


 キーッ、とアリスは叫び、地団駄を踏み。

 そして急に何かを思い付いたように、ガチンと両手を打ち合わせた。


『わかった! 新子ちゃん、私も就活する!!』


「しゅ、就活!?」


『そう! バイトと違って、正社員への道には採用試験が待ち構えている! それを私が乗り越える事が出来たなら、企業はアリモを認めたってことになる! でしょ!?』


「いやいや、それはそうかもだけど。まず無理じゃろ」


『無理!? なんで!?』


「いやだって。さすがにロボットが就活ってのは。なぁ」


 振られても、僕も無理としか思えない。


「まず会社の入り口で守衛さんに止められるだろうなぁ」


『あぁ、そんなことか。ふふん、そんなのとっくに、手は考えてるわ!』


「手?」


 同時に問い返した僕と新子さん。アリスは酷く自信満々に応じた。


『えぇ。一週間もあれば、なんとかなるわ。よし、善は急げ!』


 プゥン、と何か鈍い音がした。どうやら新子さんのアリモから、何処かに飛んでいってしまったらしい。


「手、って。何すかね」


 漠然とした不安を感じつつ云った僕に、新子さんは神妙に答えた。


「アリスに椅子を奪われちゃたまらん。就職試験の勉強せにゃ」


 確かに正社員レベルの仕事までアリモに奪われては、本当に遊んで暮らすしかなくなってしまう。それもなんだか、怖い話だ。


 それにしても、アリスはどうするつもりだろう。石油王やバフェットの件もある、何かとんでもない騒ぎを起こすんじゃないかと気が気ではなかったが、今回はわりと、穏当な手できた。


 いや、穏当と云えるのだろうか。やたらと派手に叩かれる研究室の扉。この辺の力の加減が悪いのはアリモの特徴で、何か宅配でも来たのかと扉を開いてみると、そこには紺のスーツを着た中肉中背の女性が立ちすくんでいた。


「あの、こちら、知識情報工学研究室ですか?」


 まぁ、普通の美人だ。美人と云っても普通な感じ。

 はて、どこかの会社の営業の人が、先生の部屋と間違えたんだろうか。

 そう思ったのも一瞬だった。まさか、と思い、眉間に皺を寄せる。


「アリス?」


 げっ、というように身を引く相手。


「わかる!? なんでなんで!?」


 いや、警戒していなかったらわからなかったろう。研究室の奥からは気配を察した新子さんが現れて、しげしげと相手を眺める。


「おー。すげー、どうなっとんじゃこれ。ハリウッドの特殊メーク屋でも雇ったのか」


「いや! オリエント工業買った!」オリエント工業、と苦笑いする僕らに、彼女は気合いの入った笑みで親指を立てて見せた。「どう? この〈アリモMK2〉! これなら就活に紛れ込んでもばれないでしょ! つまり、〈ドキッ! 超有能な新人ちゃん、雇ってみたらロボットだった!?〉作戦ってワケよ!」


「そう上手く行くんかのう。ちょっと歩いてみ?」


 新子さんに云われ、アリスは研究室の中に入ってくる。若干モーター音はするし、パンプスはガツンガツンと音を立てるが、まぁ云われなければ気づかないレベルだ。


「どう? 行けるでしょこれ! ちょっとMK1より定価が百万くらい高くなっちゃうけど、企業レベルで働ける労働ロボットとしては仕方がないわ! このプロジェクトが成功したら、男モデルも製作予定よ! 外見はオーダーメード受け付け可!」


「成功したら、なぁ」


 ぼんやりと云った新子さんに、彼女は指を突きつけた。


「さ、何ぼさっとしてるの、新子ちゃん! さっさと採用試験の申し込みして!」


「え。申し込みって。自分で何か、適当に登録すればいいじゃろ」


「んなこと云われても、私は戸籍とか大学の在籍証明とかないもん」


「まさか、私の名前で受けるってのか!?」にこやかに頷くアリス。「おい待て待て。それでアンタが大失敗やらかして、私の履歴書に傷が付いたら。どーすんじゃ!」


「だいじょぶだいじょぶ、そんなことにならないから!」


「無理! 私の一生がかかってんよ!?」


「えー。それは困ったなぁ」ふむ、とアリスは僅かに考え、パチンと指をならした。「じゃあ、こうしよ? これが片付いたら、このMK2を新子ちゃんにあげる」


 むっ、と新子さんは固まった。


「いや、でも私、こないだアリモ買ったし。自前で」


「それとは別にあげる」更に、むっ、と呻く新子さん。それに追い込みをかけるよう、アリスは云った。「二台持ちなんて、超特例よ!? それだけで収入倍になるんだよ!? 普通じゃあり得ないし! 今後も絶対、許すつもりないし!!」


「待て待て」しばし新子さんは考え込み、ふっ、と瞳を上げた。「男モデルがいい」


「え?」


「男モデルがいい! しかも、もうちょい小さいの! オーダー可なんでしょ! サイズもオーダー出来るじゃろ!」


「いや、それは特別に作ろうと思えば作れるけど」


「じゃあ3Dモデリング作るから! それで作って! そしたら身代わりでもなんでも、やるがいいさ!」


 早速shadeを起動して中学生くらいの男の子モデルを作り始める新子さん。就職に人生をかけていたかと思えば、それをあっさり翻してショタモデルのアンドロイドを要求してくるあたり。この人もどうしようもない。

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