ガチャのないデートがしたい
学校が休みになる土曜日のアクションは当日の朝にガチャを引くことにしていた。
最初の土曜日に引いたガチャは碧さんが入力した『図書館で読書』と出て、本に囲まれた図書館でろくに会話もできなかった。図書館を出たあと軽くお茶をして別れたけど、かなり味気ないデートになってしまった。
その次は『ファミレスで食事する』『公園を散歩する』と無難なデートに終始し、今日は四回目のデートだ。
待ち合わせの噴水前に座っていた碧さんはおれの姿を見つけて嬉しそうに立ち上がった。
「おはよう、鴇田くん」
「おはよう。あれ、眼鏡は?」
いつもの黒縁の眼鏡がない。それだけで随分と顔の印象が変わる。
「お小遣い貯めてね、今日はコンタクトにしたの」
肌色が白いから春らしい薄水色のワンピースや淡色のカーディガンがよく似合う。
おれと逢うためにオシャレしてくれたんだと思うと泣きそうだ。
「じゃあ、早速だけどガチャ回して」
笑顔で差し出されるスマホ。おれはなるべく優しくそのスマホを押しのけた。
「その前に少しだけ歩かないか?」
「ガチャは?」
あまりに無邪気に問いかけてくるから罪悪感さえ覚える。
「うん。あとで回すから」
答えながらごく自然に碧さんの手を掴んで歩き出した。
ガチャを拒否したのには理由がある。
何度か修正しているものの『一時間以上電話する』や『四千文字以上メールする』というアクションがまだいくつか残っているからだ。せっかく気合いを入れて会ったのにそれが出て即解散では悲しすぎる。
「今日しかやっていない企画展を見に行きたいんだ。先にガチャを回したら見られないかもしれないからさ」
「そうか。そういうこともあるよね」
納得して素直についてきてくれる。勢い余って掴んでしまった手が熱い。
「ちなみにどこへ向かうの?」
「隣町のプラネタリウムだよ。七夕の企画展示をやっているんだ」
今日しかやっていない企画展というのは単なる口実だ。近隣のイベント情報を片っ端から調べて「これだ」と見つけたのだ。
「素敵だね。でもごめんなさい」
碧さんは急ブレーキをかけて立ち止まり、おれの手を離した。
「恥ずかしいんだけど、コンタクトに使っちゃってあまりお金持ってないの。だから一緒に楽しめないかもしれない」
「そんなこと気にしなくていいよ」
おれのポケットには昨日前借りしたばかりの小遣いがある。
「でも、申し訳ないし」
ためらうのは碧さんの本心だろう。おれはそれほど頼りない存在なのだ。そう思うとプラネタリウムを楽しもうと思っていた気持ちが萎えてくる。
「……気乗りしないならガチャしようか」
どうして素直に言えないんだろう。碧さんの笑顔がもっと見たいって。
所在なさげにぶら下げていたおれの手を碧さんがぎゅっと握った。
「違うの、ごめんなさい。本当はすごくすごく嬉しいの。プラネタリウムなんて見たことないから。だから、今日だけご厚意に甘えさせてもらいます」
あぁその笑顔が見たかったんだ。
※
電車に揺られながら他愛ない話をする。学校のこと、部活のこと、好きな食べ物のこと、最近観たテレビのこと。
話の中で碧さんの両親が数年前に離婚していること、生活が苦しくて高校進学を諦めようとしたけど助成金などを利用してなんとか通えていることを聞かされた。
「じゃあ大学は?」
小さく首を振る。余計なことを聞いたと後悔したけど、碧さんの表情に憂いの影は微塵もなく、むしろ希望に満ちあふれていた。
「高校を卒業したらこの街を出ていくの。誰もわたしのことを知らない遠いところで働き口を見つけて、ひとりで生きていくの。いまからその日が待ち遠しくて仕方ない」
碧さんの情報や感情がどんどん溢れてくる。全部受け止めたい。一字一句もらさず聞いていたい。ずっとこうしていたい。そう願わずにはいられなかった。
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