ただのガチャだけど本気の恋だった
せりざわ
本編
ウソ告だった。なにも始まらないはずだった。
「
放課後、公園に呼び出して「おれと付き合ってください」と申し入れたときの返答はイエスかノーだけだと思っていたおれにとって、
「条件……はい、なんでしょう」
ふられることを前提として傷ついてない表情を練習していたおれは、彼女が口にする条件をどんな顔で聞けばいいかわからなかった。
「うん、これから説明するね。とりあえず座ろう?」
ペンキの落ちたベンチを指し示す。どっちが先に体重をかけるか、その間合いを慎重にはかりながら軽く腰かけた。制服のスカートの乱れを直す碧さん。肩口まで伸びた髪がさらさらと揺れていい匂いがする。
「……ふぅ」
小さな肩がおおげさなほど上がってすとんと落ちる。そんなふうに深呼吸されるとこっちまで緊張してしまう。
「まず訊きたいんだけど、鴇田くんは去年から同じクラスだったよね。でもほとんど話をしたことがないよね。それなのにどうして告白してくれたの?」
碧さんは落ち着きなく黒縁の眼鏡を押し上げた。声は震えていて、円らな黒目をこちらに向けようとはしない。いまの彼女にとって、さしずめおれは目を合わせたら石化してしまうメデューサだろうか。
おれは所在なく手をこすり合わせながら慎重に言葉を選んだ。
髪は真っ黒、それも左右で三つ編みにしている古風な碧さん。高校二年になって金茶や紫なんて髪色が乱立する教室内で彼女は異質だったし、その異質さを貫く無関心さと芯の強さがあった。だからこそあの女に目をつけられたのだ。
――原川ってなんか気持ち悪いよね。ねぇ
クラスの中心人物であるアイツに言われるまま告白し、いまに至る。
「告白した理由なんて、そんなの、好きになったからだよ」
無難な答えを口にする。こんなところが好きになった、と説得力のある場面を思い出そうとしたけどひとつも浮かんでこなかったから仕方ない。
「へ、へぇ、鴇田くんって意外と行動派なんだ」
ぎこちないものの笑ってくれる。だけど視線だけは断固として爪先に向いたまま。その目をこちらに向かせたかった。
「それより条件ってなに?」
そう告げるとやっとおれを見た。黒縁眼鏡の奥で淡褐色の瞳がくりくりと揺れる。
「それなんだけど」
そう言って厚手のコートのポケットからスマホを出してきた。おおきな水玉がいっぱい描かれた手帳型のスマホだ。画面を軽く操作したあとこちらに向けてくる。
「アプリ?」
「そう。付き合いはじめた恋人同士がなにしていいかわからないときに使うんだって。最大で三十個、任意の内容と
「……それで?」
本音を言えば問答無用でふられると思っていた。クラスが同じというだけでほとんど話したこともないし、アイツはウソ告で戸惑うおれや碧さんをからかいたいだけだから既に目的は達している。だけど碧さんは『付き合うための条件』を提示してきた。それはつまり付き合ってもいい、ということだろうか。
「わたし、だれかと付き合うのは初めてなの。鴇田くんのことは嫌いじゃないけど、付き合うのとはなんとなく違う気がする。だからお試し期間が欲しいの。いまから三ヶ月の七月七日まで毎日このガチャを回してやるべきことを決めていきたいと思うの。それが条件」
付き合うための条件と言うにはあまりにも運任せだと思った。
「……ひとついいかな」
ぐっと身を乗り出すと碧さんは驚いたように体を引きつつ、やっとおれの目を見てくれた。
「きょうは四月六日だから、一日多いと思うんだけど」
人間とは驚くべきもので、あまりに埒外のことを言われると正常な判断ができなくなってしまうものなのだ。現におれも「いやだ」とか「面倒だ」とか言うのも忘れて一日多いことを冷静に指摘しているのだから。
「あ、気づいた?」
青白く強張っていた碧さんの口端に笑みが浮かぶ。
「このアプリね、ふたりで共有できるの。だからきょうやるべきことはガチャじゃなくて、それぞれ十五個ずつ内容と排出率を決めること。明日の放課後までに入力して、明日最初のガチャを引こうね」
呆気にとられつつ頷いてしまった。
今更だけど、碧さんの声って意外と悪くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます